2600年6月28日
「やあイゴール。調子はどうだい?」
「いいわけ無いだろう。前外相の引継ぎで手いっぱいだ。ったく、リトラス外交問題の尻拭いを全部押し付けやがって」
受話器越しにイゴールの苛立つ声が聞こえてくる。しかしそんな彼の様子など、俺にとってはどうでも良いのである。彼がどれだけ大変な思いをしていようと、俺の目的はただ一つ。無論、その決意は彼とて同様であろう。
「まあまあ、これで君も晴れて外務大臣に就任したわけだ。今後の方針を語り合いたいところだがね」
「サシで頼むぜ? 下手したらウチの厄介な強硬派に殺されかねない」
「それはユトダインも同じだよ。しかし民意は変わりつつあるんじゃないか? ようやく本当の意味で、ヘルト皇室とユトダイン王室は一つになったのだから」
「いいや、まだ懸念事項がある。我が帝国政府の拡張主義者を一掃せねば」
「こちらはあらゆる協力を惜しまない。もう二度とあのような、悲惨な戦争は繰り返してはならないからな」
二度と繰り返してはならないのだ。俺の戦いはまだ始まったばかりである。世界情勢は未だ不安定で、いつヘルト帝国との戦争が勃発してもおかしくない。しかし俺はようやく、一国を動かす立場まで上り詰めたのであった。誓い通りイゴールも外務大臣の地位に就任してくれた。彼は俺がこれまで出会って来たどんな人間よりも気に障る男であり、そして俺が出会って来たどんな人間よりも心を通わすことのできる男であった。
「ニック……。今ここにいる俺は、君の語るほとんどの経験を知らない。当然君の言う、ヘルト=ユトダイン戦争とやらも含めて、何も知らないんだ。しかし俺は君を信用する。いや、今や信用せざるを得ない……」
「それでいい。俺たちは運命を共にする間柄だ。君だって、アナスタシアを死なせたくはないだろう?」
「もう恋慕の念はないさ。でも君の言う通り、死んでほしくはない。しかし君はどうして耐えられるんだ? そんなにまでして、君に何の見返りがあるというんだ? アナスタシアはもう……」
「見つけたのさ。新しい道を。イゴール、未来は俺たちが思っているほど、暗いものじゃない」
するとイゴールは一息置いて、憐れむような声色で俺にこう告げるのであった。
「君は……どうかしてる……」




