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五人の皇女

 「皇帝陛下。ブルガール民族戦線という名に聞き覚えはありませんか?」


 皇帝は俺の質問に反応を示すと、しばらく考え込むそぶりを見せたのちこう答えた。


 「聞いたことは無いが、なかなか興味深い話を持ってくるじゃないか。詳しく聞かせたまえ」


 「こちらの宮殿へ向かう道中、群衆に紛れて不審な横断幕が掲げられていました。そこにはブルガール語で、アナスタシアを脅迫するような文言が記されていたようで……」


 「ブルガール語で? まさかそんな……」


 信じられないといった表情を見せる皇帝アレクサンデル。この反応を見るに、どうやら彼は何も知らないようである。


 「我が方の衛兵を使って調べさせたのですが、どうやらバット・ウギルというブルガール人が背後に隠れているようです。この者の名に聞き覚えは?」


 「いや、知らんな。道中何か異変は起きていたか?」


 「いいえ、横断幕が見られた以外に、これといった異変はありませんでした」


 「ヘルトの支配に反対するブルガール人の抗議活動であろうか。しかしブルガール人には優遇政策を採っているし、そこまで不満があるとも思えない。何よりも、皇帝の私ではなく、アナスタシアを脅迫するというのは……」


 皇帝の言う通りである。ヘルト帝国の支配に不満があるならば、その頂点に位置するヘルト皇帝に怒りをぶつけるべきだろう。それなのになぜアナスタシアを中傷し脅迫するのか……。彼らの目的が分からない。


 「こちらも警察を動かす必要がありそうだな。ありがとう、えーと……」


 「ニックです、皇帝陛下」


 「ああ、ニック君。引き続き我が娘の護衛を頼むよ。ちなみに気になったのだが、なぜ横断幕の文字がブルガール語だと分かった?」


 「アナスタシア様が、どうやらブルガール語に通じているようでして。ご存じなかったのですか?」


 「……そうか、そういえば」


 皇帝はまたも深く考え込む様子で、テーブルの一点をじっと見詰めだした。


 「……この件は我々が調査する。君たちは周囲の警戒を怠らないよう注意してくれ」


 「承知仕りました」


 皇帝は側近らしき男を手招きすると、何やら耳打ちで支持を出しているようである。その後側近らしき男は一礼し、つかつかと部屋を後にするのであった。


 俺はここらで、もう一つの質問を投げかけようと決意した。アナスタシア暗殺計画における、皇室関与の有無を問いただす必要があるのだ。


 「皇帝陛下、もう一点お聞きしたいことがあります」


 「何だ、言ってみたまえ」


 「……一昨年発生したアナスタシア暗殺未遂。あれにはヘルト帝国政府の人間が関与していた筈ですが。皇帝陛下はどのようなお立場であったのか、お聞かせ願いたい」


 皇帝の表情が曇り、周囲の護衛がこちらを一斉に睨みつけた。やはりこの話はタブーであったか。答えてもらえないどころか、二度と宮殿へ上がることすら許されなくなるかもしれない。だがそれでも、俺は皇帝の口から証言を得たかったのである。いや、彼の口から語られずとも良い。彼が暗殺未遂の件に思考を巡らせてくれさえすれば良いのだ。


 「その件に関しては少し複雑でな……、回答できない」


 「……そうですか、分かりました」


 「こちらからも尋ねてよいか?」


 皇帝の険しい表情にドキリとさせられる。只の護衛である俺に一体何を聞こうというのだろうか……。


 「え、ええ。何なりと……」


 「君たちは平和の使者か? それとも、我がヘルト帝国を欺かんとする道化か?」


 「……当然、貴国と友好関係を結ぶために参りました」


 「近頃ユトダイン王国は軍備の増強に力を入れているそうではないか? ランカスター首相の支持層は、反ヘルト主義者が多いと聞くが」


 疑るような目つきでこちらを見据えるアレクサンデル。俺はその視線に慄くと同時に、どの口がほざくのだと、目の前の皇帝に僅かな怒りを覚えるのであった。


 「それはお互い様でしょう。どうやら貴国の政府中枢にも、我がユトダイン王国を虫けら同然に考える政治家がいるようで」


 「……君は、なかなか面白い人間だね。どうりでアナスタシアの側近に任じられる訳だ。……あの男に似ている」


 「あの男、とは……?」


 「こちらの話だ。気にしなくて良い」


 すると応接間の扉が開き、賑やかな笑い声と共に皇女たちが戻ってきた。


 「ねえお父様、アナスタシアは暫くこちらにいるんでしょう? 久しぶりに家族みんなで、ネルスクスの保養地に行きましょうよ!」


 第五皇女のリディアがせがむように父親へしがみつく。アレクサンデルはそんな彼女を抱き上げて、頬にキスしてこう言った。


 「良い提案だなリディア。ユトダインの護衛の方々にも、我が国の自然を味わってもらおうか」


 しかし皇后はそんなアレクサンデルを不安げに見詰めながら、躊躇いがちに彼へこう告げるのであった。


 「あなた、お仕事があるんじゃなくて? 外務大臣の交渉もあるのですから……」


 「なに、我々皇室が仲良くやっていればアピールにもなるではないか。アナスタシアも家族と過ごしたいだろう?」


 「え、ええ。でも無理に旅行なんてしなくても、私はここで、みんなと会えればそれでいいわ」


 すると見かねたエレナが口を挟もうと前へ出た。


 「まだ交渉も始まってないんだから、経過を見てからでもいいんじゃない? リディアも我儘言わないの。お父様も、ちょっとリディアに甘過ぎよ」


 「……エレナの言う通りだな。ひとまず交渉の経過を見守るとしよう」


 父の言葉に頷くエレナは、ふと俺たちの方へ向き直り、つかつかとこちらへ歩み寄って来た。椅子に腰かけていた俺は立ち上がり、彼女へ向かって一礼する。


 「第三皇女のエレナです。妹をどうか、よろしくお願いします」


 容姿の若さから長女では無いだろうと感じていたが、第三皇女ということは、アナスタシアの一つ上の姉ということになるのか。姉妹間を取り仕切っているように見えたので、てっきり第二皇女あたりかと思っていた……。


 「よ、よろしくお願いします」


 「ほら、みんなもご挨拶を」


 続いて残り三名の皇女と一人の皇子が俺たちのもとへとやってくる。流石に皇室の、アナスタシアの兄弟姉妹というだけあって、皆華々しく美しい顔立ちを見せていた。


 「第一皇女のタチアナです。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」


 そっけない表情で挨拶した彼女が、ヘルト皇室の長女タチアナであるらしい。理知的な顔付に聡明な口調から、噂通りの女性であることが伺える。彼女は学問を愛する、ヘルト皇室一の妻女であるという。その代わり、世間では美に欠けると語られている第一皇女タチアナであるが、こうして対面してみると全くそんな風には思えない。だがしかし、愛想に欠けると言われればその通りかもしれない。


 「第二皇女のダリヤです。よろしくね?」


 ダリヤと名乗る皇女は、先ほど俺に向かってウインクを投げかけてきたあの妖艶な彼女であった。個人的には、この人が長女であるとばっかり思っていたが……。


 するとダリヤは右手を差し出して、握手を求めるようなそぶりを見せた。恐る恐るその手を取ると、彼女はすかさず左手を添えて、俺の右手を包み込むように覆うのであった。


 「話したいことがあるの」


 辛うじて聞き取れるほどの声量で囁いた彼女は、両手を俺の右手に絡ませて、小さく折りたたまれた用紙を掌中に残していった。俺は驚きと高揚で胸を高鳴らせながら、その用紙をポケットへ仕舞い込むのであった。


 その後第五皇女のリディアと皇子のウラジーミルも挨拶に続いた。ようやく彼女らの顔と名前を覚えたところで、皇帝が執務の為に席を外すことになった。俺たちは皇帝との初対面を終えて、間もなく宮殿を後にするのであった……。

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