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親友

 俺たちを乗せた車が王宮外門を潜り抜けると、沿道にひしめく巨大な群衆が一斉に声を上げるのであった。両手にユトダイン国旗を握る多数の王都市民が、アナスタシアの出発を一目見ようと詰め掛けていたのである。車道にはみ出たカメラマンが一心不乱にシャッターを切る姿も、感極まって涙を流す婦人の姿も、目の前に広がる異様な光景全てが、アナスタシアの国民人気を表す指標となっているのであった。


 ようやく王都中心街を抜けると、民衆の数は次第にまばらとなっていった。幼子が、右手に握った小さな国旗をパタパタと降る姿が目に入る。その脇には幼子の両親と思しき男女が立っていて、必死に手を振りながら何かを叫んでいるのであった。


 「親父を思い出すな」


 俺は車の後部座席に腰掛けながら、自然とそう呟いていた。すると右隣に座るリリアンが、チューインガムを噛みながら次のように尋ねるのであった。


 「そういえば、家族の話聞いたこと無いかも」


 続けて助手席に座るアナスタシアが振り返る。


 「お父様は猟師をやってらしてたのよね? だからニックも射撃が得意だって」


 「よく覚えてるなアナスタシア。確か歴史の勉強教えてるときに話したんだっけ?」


 「う、うん!」


 普段は家族の話など他人に話そうとも思わないのだが、どうしてかあの時は、彼女に父の話を語って聞かせたのである。そういえば俺は王室衛兵になってから、これまで一度も故郷へ戻っていなかった。除隊処分を受け占い屋を営んでいたころなんて、時間はいくらでもあったはずなのに……。


 「へー、知らなかったな」


 隣で呟くリリアンの声にハッとなる。視線を右にずらすと、フロントガラスを見詰める無機質な彼女の横顔が目に入った。


 「聞かれたことないからさ。別に話すこともないしね」


 「あ、えーと、別に変な意味で言ったんじゃないのよ? あはは……」


 この頃リリアンの態度に感じる不思議な点。あれだけ気の強かったリリアンが妙に優しくなったというか、柔らかくなったというか、俺と話す時に愛想笑いが格段に増えているのである。


 いや当然、以前のように叱られることも悪態をつかれることも減った訳だから、俺としては有難い限りなのであるが……。何だかこう距離を取られているようにも感じられて、特に深い意味など無いのだろうけれども、何とも言えぬ違和感が胸中に残るのだ。


 「親父は熱心な活動家でさ。国家主義者っていうのかな、とにかく国家への忠誠心が異様に高い人だったんだ」


 「……ニックが王室衛兵に入ったのも、お父様の影響なの?」


 恐る恐る質問を投げかけるリリアン。まるで彼女らしくない反応に、俺も緊張を感じてしまう。


 「ああ、それもあるね。親父は俺を職業軍人にしたがってたから。俺も軍人が、この世で一番誇り高い職業だと思ってたしね」


 「……そうなんだ。ニックも大変だったのね」


 別に俺は大変と感じたことも無いし、父を恨んだことも無い。もともと学問が苦手だった俺にとって、結局は軍人が最も適切な選択肢だったようにも思う。陸軍幼年学校の試験勉強は大変だったけど、それさえクリアすれば職業軍人の道が開けるのだ。士官学校を諦めても王室衛兵という道があった。もし幼年学校に進まなければ、今頃俺は実家の農家の手伝いか、王都の工場労働者。それとも地方の炭鉱作業員にでもなっていただろうか。


 「大変でもないさ。もし軍人の道に進まなかったら、君と出会えてなかった」


 「え? ええ?」


 リリアンは顔を赤くしながら、あたふたと周囲を見回した。助手席のアナスタシアは前を向いたままであり、運転席のフットも何も語らない。……しまった。俺はここ最近になって、リリアンと良い友達になれたと思っていたのだが。あまりに馴れ馴れしすぎたかもしれない。


 「気に障ったなら謝るよ。でもなんつーかな。俺はリリアンのこと、友達っていうか、もう親友みたいなもんだと思ってるんだよな。何でも話せるし、下手に気使わなくてもいいしさ」


 「あ、親友ね! 確かに……」


 「マジでそう思ってるぜ? ちょっと言葉にするのは難しいけど。とにかく、君と会えたことは俺にとっての宝みたいなもんだ」


 「宝!? 宝……」


 リリアンの顔色がみるみるうちに青ざめていった。これはまさか……。


 「ヤバい、酔ってきた。次のパーキングで止まって頂戴」


 フットは無言で無言で頷くと、更に強くアクセルを踏み込むのであった。

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