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新内閣発足

 ユトダイン王国の経済発展は、その裏で貧富の差を拡大させる役割も果たしつつあった。王国民の平均所得は上昇傾向にあるが、それは多くの中産階級を生み出したという事実によるものであり、低所得層の生活が改善されたわけでは無い。むしろ金持ちが増えたことにより、貧民との経済格差がより目に見える形で浮き彫りとなっていた。


 更に自由主義の風潮は、生活苦を個人の責任と捉える世間的な共通認識を浸透させていった。彼らが貧しいのは努力が足りないからである。機会は平等に与えられているにも関わらず成功できないのは、本人の資質が足りていないからであると。


 「こうした風潮の裏で、労働運動が激化していることは紛れもない事実だ。しかし今回の選挙で多くの議席を獲得した労農党が、わざわざリスクを冒してまでテロ行為に加担するとは考えにくい。ランズベリー会長の証言を踏まえずとも、あの遊園地テロは体制側の自作自演と見るべきだろうな」


 ナブールで一夜を過ごした俺たちは、翌日早朝の特急列車で王都へと戻っていた。そして四人は一階の応接間に集まり、いつものように今後の展望を話し合っていたのである。本件に関わるか否か。アナスタシアの安全を考えるならば、無産政党の勢力は当然削っておいた方が良いだろう。何故なら労農党を始めとした社会主義政党は、究極的には王室の廃止を目標としているからである。すなわち事態を静観し、ランカスターの動向を見守る方針を取るべきなのだ。


 しかしこのまま全てをランカスターに任せていいのだろうか。ランズベリー会長はこう語っていた。彼らは『彼らにとって都合の良い』自由しか認めないと。労農党が崩壊すれば、議会はいよいよ民友党による一党独裁体制の色を強めることとなる。さすればランカスターは自由に法案を通過させることが出来るようになるだろう。彼はあらゆる手段を用いて戦争準備を進めようとする。しかしその先には本当に、輝かしい勝利が待ち受けているのであろうか。


 『――重臣会議の結果、首相の大命はランカスター氏に下ることとなりました。繰り返します、首相の大命はランカスター氏に降下。第25代内閣総理大臣はランカスター氏に決定いたしました。氏は早速首相官邸にて組閣の会議に入り、本日午後1時、新内閣の顔ぶれが内外に向け発表されました。ベネディクト・ランプリング内務大臣、マイケル・パティンソン大蔵大臣、クリス・マッキントッシュ陸軍大臣は留任。その他新閣僚は――』


 ラジオから流れる新内閣誕生のニュースに、一同は静かに耳を傾けた。予想通り、重臣達はランカスターを次期首相として指名したようである。ランプリングの内相留任も想定の範囲内であった。


 「内相と蔵相の留任は当然の結果だろうが、陸軍大臣まで引き続き残るとはな。マッキントッシュは元同盟派だったろうに……」


 昨年10月のクーデターにより、ほとんどの同盟派は政府中枢から駆逐された。恐らくマッキントッシュは、旧同盟派の中で唯一政界に残った男と言えるだろう。かつて王国の影の支配者と噂されていたダンバース家当主ですら、アナスタシア暗殺計画の関与容疑で死刑判決が下されたのである。


 「その点はフットから情報を貰ってるわ。元同盟派のクリス・マッキントッシュ大将。彼が引き続き陸軍大臣を務めることとなったその背景には、陸軍中央の派閥抗争が関係してるらしいの」


 「派閥抗争だと?」


 リリアンの発言は、厄介な陸軍内部の事情を伝えんとするものであった。もちろん俺とて、陸軍中央における派閥の存在は認知していたが、その詳細までは流石に知らなかったのである。


 「マッキントッシュはいわばお飾り大臣ってところね。彼はもともと同盟派だったけど、昨年のクーデター時には王統派に協力した。陸軍命令を出さず、反乱軍の動向を静観した。その結果彼は政界追放を免れたわ。でもね、彼が旧同盟派の一員だったという事実は変えようがないのよ。彼には後ろ盾が存在しない。そこでね、そんな彼の立場を利用して、陸軍中枢で大きな実権を握ろうとする若手官僚が台頭し始めたのよ」


 「……まさか、王統派の連中が」


 「その通り。参謀本部作戦課長のヘンリー・モロイに、陸軍省庶務課長のジャック・ブル。この旧王党派の二人を中心とした若手官僚が、今の陸軍を動かしている」


 ヘンリー・モロイとは、昨年十月のクーデター時に反乱軍と陸軍中央の連絡係を務めていた人物である。その当時は参謀本部ヘルト班長を任じていたのだが、反乱後の人事異動でモロイは作戦課長への就任を果たしていた。作戦課といえば参謀本部で最も重要な部署である。同課は戦争計画及び各種作戦の立案を一手に引き受ける組織であり、兵士の動員数から作戦内容の策定まで、戦争遂行の為の最も重要な『作戦』を掌る部門なのであった。


 またモロイは旧王党派の主要メンバーであることから、恐らくランカスターとの関りも深い軍人であると予想される。そんなモロイが作戦課長へ就任したという事実は、陸軍中央でも戦争準備が開始されているという予測を裏付ける十分な根拠となり得る筈だ。


 「僕は軍のこととか良く分からないんだけどさ。そのヘンリー・モロイとかジャック・ブルって人は、言っても課長なわけでしょ? たかだか課長レベルの二人が、陸軍全体を動かせるとは思えないんだけどなー」


 ダレンの疑問も最もである。普通に考えれば、一課長が陸軍という組織全体を動かせるはずもない。作戦課で立案された計画は作戦部長、参謀次官、そして参謀総長と陸軍大臣の承認を経て国王へ上奏される。そして国王陛下の承認を経てようやく現実のものとなるのだ。


 「陸軍大臣のマッキントッシュは旧同盟派の中心メンバーであり、多くの同盟派が失脚した今、彼の陸軍内部における影響力も地に落ちた。加えて参謀総長も政治色の薄い王族軍人。陸軍大臣と参謀総長という、陸軍を束ねる二人のトップが、揃いも揃って自身の派閥を有していないのよ。そこに目を付けたのがヘンリー・モロイら旧王党派系の軍閥ってわけ。彼らは立場の危ういマッキントッシュの後ろ盾となり、また派閥を持たない参謀総長を陰から支えた。大臣も総長も、モロイら旧王党派のお陰でトップの地位に留まっているのよ。だからモロイらの立案した作戦計画を却下することなんて出来ないし、庶務課長のジャック・ブルによる人事案も拒否することが出来ないの」


 ジャック・ブルもモロイ同様、旧王党派の主要人物である。彼の任じる庶務課長というポストは、陸軍省内の人事を一手に引き受けるものであった。ブルはその権限を最大限に利用して、陸軍省内部に多くの身内を引き入れていたのである。


 「もし本当に戦争を止めるなら、陸軍内部の勢力関係をひっくり返さなきゃいけないのか……」


 「ええ、恐らく不可能でしょうけどね。クーデターが発生した時点で、王統派系軍人の台頭は既に決定されていた」


 「これも全部、ランカスターの思惑通りってか……」


 実に恐ろしい男である。彼は政界だけでなく、軍部にまで自身の影響力を浸透させていた。全ては己の理想を現実のものとするため、彼の言うところの世界平和を実現するためであったといいうのだろうか。


 「ニックのその、右手の紋章……ランカスターとの盟約だったわよね? 彼は本当に、アナスタシアを守ってくれるのかしら……」


 「……盟約を破ればランカスターは死ぬ。少なくとも彼の野望が果たされるまで、アナスタシアを死なせるような真似はしないだろう。万が一のことがあれば、俺が能力を使って過去に戻るさ」


 俺はあの日以来、クーデターのさなかに友人ジョシュアを失って以来、一度たりとも能力を使っていなかった。平穏が訪れ、能力を使う必要性に迫られなかったというのもある。しかしそれ以上に、あの精霊の語っていた『ペナルティ』の存在に怯えていたのである。


 「とりあえず政府の動向を見守ろう。もし大きな動きがあったなら、場合によってはランカスターと面会する必要もあるだろうが。取り敢えずは様子見で良いだろう。……俺は部屋に戻るよ。少し疲れた」


 俺はそう言い残して、二階へ続く階段を上って行った。自室に入り、そのままベッドへと倒れ込む。


 思えばここ半年は、比較的平穏な暮らしを楽しむことができていた。、アナスタシアとは会えない日々が続いたが、ダレンとシャーリー、そしてリリアンとの共同生活は、兵士としての責務も命の危険も無い、ごくごく平凡な毎日であったように思う。勿論占い屋の経営や情報収集といった、ある程度の仕事は存在したものの、大切な友を失ったり、命がけで戦ったりすることなど一度たりとも有り得なかったのである。


 「……ここにアナスタシアがいたらなあ。みんなで平和に暮らせたら」


 情勢は刻一刻と戦争に近付いていた。国内では労農党をめぐる陰謀が不気味に蠢く。未曽有の経済発展の裏で、回転する歯車が悲痛な叫びを上げている。


 俺はこのままでいいのだろうか……。情勢に身を任せ、自ら運命を切り開くこともせず、ただのうのうと日々を生きる。本当にそれでいいのだろうか……。


 「ニック、入るわよ」


 扉の外からリリアンの声が聞こえてきた。彼女はゆっくりとドアを開け、俺の寝そべるベッドの縁に腰掛ける。


 「ガム食べる?」


 「いや、大丈夫」


 「そ、じゃあキャンディは? 戻ってから何も食べてないでしょ」


 「昨晩たらふく食ったからな……」


 ナブールのホテルでの夜は実に快適で楽しいものだったが、王都に戻った途端、俺は不意に現実へ引き戻されるような感覚に陥ったのであった。王国の情勢も、アナスタシアの身辺も、そして、俺の能力についての様々な懸念も、全てが重くのしかかってくるようで、気持ちが酷く落ち込んでいたのである。


 「ニック、あんまり抱え込まないで。あなたは過去戻りの能力を持ってるから、何でも自分で解決できると思ってるでしょ。でもね、あなたには味方がいることを忘れないで」


 「……心配かけてすまない」


 「あたしは何があっても、あなたの味方だから……」


 彼女の指先が手のひらに触れる。俺はその温もりに、何故だか妙に安心させられるような気がして、そっと彼女の手を握るのであった。

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