ディナー
俺たちが案内されたのは、ナブールプリンスホテルのスイートルームであった。広々としたリビングに豪華絢爛な寝室。アメニティは全てルネスタン製のブランド品で統一され、使い放題である。夕食もルネスタン料理のフルコースが、わざわざ部屋まで運ばれてくるのだ。
「なんじゃこりゃ? ナイフもフォークもこんなに要らないだろ……」
皿の左にはフォークが三本、右にはナイフが三本。その他にも幾つかのナイフやフォーク、そしてスプーンが並べられており、一体どれを使ったらいいのか皆目見当もつかない。
「外側から使うのよ」
リリアンが呆れたようにため息をつき、中央の皿の上に置かれたテーブルナプキンを襟元から垂らす。俺も見よう見まねでナプキンを手に取り、四つ角の端を首元にねじ込んだ。
「テーブルナプキンは別に、どう使ったって構わないのよ。最近は膝の上に置く人も多いわね。あと奥にあるナイフとフォークは果物用。その奥のスプーンはアイスクリーム用ね」
思い返してみればリリアンは、一年以上もアナスタシアの側近を務めていたのだ。ルネスタン流のテーブルマナーぐらい習っていても不思議ではないだろう。
「俺も宮殿で教わっておけばよかったな。そんな暇も無かったけどさ」
「あたしは宮殿で習ったわけじゃないわよ? もともと知ってたから」
「……もしかして君、上流階級の出身だったりする?」
そういえばリリアンの生い立ちについて、俺はこれまで詳しい話を聞いたことが無かった。彼女は十五歳で一般公募枠の王室衛兵入隊試験に合格し、その戦闘能力を見込まれて、史上最年少で王族の側近に抜擢された逸材であった。むしろそれ以上の話を耳にしたことが無かったのである。
「別に上流でもないけど、幼い頃はそれなりに裕福だったわ。父はルネスタン帰りのファッションデザイナー、母は香水の調合師。洋服も香水も今ほど需要があったわけじゃないけど、当時から業界では有名な二人だったの」
なるほどどうりて……。彼女が服装に人一倍こだわっていた理由が今明らかになった。側近衛兵は擬装用に多数の一般服を与えられていたのだが、リリアンはいつだって、実に目を引く着こなしを披露して見せていた。流行にも人一倍敏感で、恐らくお洒落が好きなのであろうことは俺にも感じられていたのだが。まさか父親がファッションデザイナーだったとは……。
「そーだったんだ。むかつくけど、確かにリリアンはオシャレだとおもってたよ」
そう言ってシャーリーが頷いた。彼女とリリアンの間には多少の確執があるようだが、そんなシャーリーでもリリアンのファッションセンスを認めていたらしい。
「でもさ、なんで軍人になろうと思ったんだ? 洋服でも香水でも、どっちかの道を継ごうとは思わなかったのか? そりゃ何も無ければ、契約者であることを利用して軍人目指すだろうけど……。君の家は違うみたいだし」
契約者の全てが戦闘を生業としているわけでは無い。上流階級の中にも契約者は存在するが、ある程度生活が保障されている人間は、わざわざ能力を頼りにせずとも生きていけるのである。勿論今と異なり、俺やリリアンが軍に入った頃は金持ちの数もごく僅かであったし、多くの契約者は生活の為に軍人となるのがセオリーではあったのだが。
両親が身を立てていたリリアンの場合、無理に軍人となる必要など無かったのではないかと、俺は疑問を抱いたのである。
するとリリアンは俯きながら、自身の過去を語り始めるのであった。
「両親が死んだの。二年前、自動車事故でね。後部座席にいた私は助かったけど、運転席と助手席にいた両親は即死だった」
俺は初めて自動車に乗った時のことを思い出していた。リリアンは車酔いがひどく、ナブールへ向かう道中で車を止め、道路脇で嘔吐する羽目に陥っていたのだ。あれもまさか、自動車事故のトラウマから来るものであったのだろうか……。
「遺産の殆どは親戚に掠め取られた。洋服デザインや香水の権利関係は、両親と親しくしていた業界の連中が奪い取っていった。色々な権利関係の法律が、今ほど整ってなかったから……。その後私は父方の叔母に引き取られたんだけど、まるで厄介者のような扱いを受けたわ。うちの金をむしり取っておいて、よくもあんな態度が取れたものよ。だからあたしは一人で生きていこうと決意した。一刻も早く、叔母の家を出て行きたかったの」
「だからあの時、帰る家が無いって……」
クーデターの関与により軍から追放された俺たちは二人で一緒に暮らすことを約束した。その後ダレンとシャーリーも加わり四人暮らしとなったが、リリアンは何故実家に戻らないのだろうと、俺は不思議に感じていたのだ。
「叔母も王都市民ではあるし、会おうと思えば会えるけど……もう顔も見たくないわね」
「そう……だよな……」
俺はかける言葉が見つからなかった。両親は今でも元気に暮らしているし、勿論家族関係で悩んだことも無いではないが、比較的幸せな家庭環境で育ってきたと、少なからず自負しているほどである。
「ごめんなさい、こんな話してもしょうがないわね。ディナーを楽しみましょ?」
食前酒のシャンパンがグラスに注がれる。勿論俺たちは未成年であったが、敢えて遮ることはしない。既に酒にはある程度慣れているし、嫌いでもない。流石にシャーリーへアルコールが提供されることは無かったが、代わりに彼女のグラスにはブドウのジュースがつがれていた。彼女は嬉しそうに、並々と注がれたジュースを眺めている。
「まあとりあえず、乾杯と行きましょうか!」
グラスを高く上げ、俺たちは夕餉の合図を告げるのであった。




