経営者の見解
半年程度で街の様相とはこうも変わるものだろうか。列車を降り、タクシーにてナブール中心街に至るまでの道中、俺たちは既に二十以上の高層ビル建設工事の風景を目にしていた。
街路はかつてに比しても異様なほどの通行人で沸き返り、雑踏と喧騒、そして自動車のエンジン音が街中を包み込んでいる。ランズベリーとの会合は、中心街の南西に位置する『キングダム・ビルディング』の一室で行われる予定となっていた。高さ270メートルを誇る当ビルは、ユトダイン王国で四番目に高い高層建築物として世に知られている。
「このキングダム・ビルディングですら、もうじき四番目の座を失うんだよな……」
「ああ、あのビルのことね」
リリアンの視線の先には、現時点で二十階部分まで建設の進んだ『トリニティ・ビルディング』が佇んでいた。このビルは世界一高い高層建築物を目標に建設が進められており、計画によると高さ320メートル、階数75階といった、史上類を見ない超高層の建築が予定されているのである。
「こうも変化が目まぐるしいと、少し怖いような気もするな」
「分かるわ。でもあたしたちは今から、ランズベリー会長と会合するのよ。ユトダイン王国の経済発展を支える第一人者であり、王国を陰から操る大資本家のお爺さんとね……」
「果たしてそんな大層な爺さんなのかねえ……」
やがて俺たちを乗せたタクシーは、キングダム・ビルディングの地下駐車場へと潜り込んだ。運転手に料金を手渡し、一階ロビーへ上ると、目の覚めるような照明に照らされた壮麗な空間が目の前に現れる。すると、若く溌溂とした受付嬢が俺たちのもとへ歩み寄り、深々と頭を下げて次のように口を開いた。
「ニック・ロビンソン御一行様、お待ちしておりました」
そう語る受付嬢の笑顔は実に機械的であり、その洗練された所作も少し仰々しく感じてしまう俺がいた。彼女の案内するままに俺たちはエレベーターに乗り、五十階の会長室へと導かれる。
エレベーターを降り廊下を歩いていると、ガラス窓より地上の光景が見て取れる。幼少の頃、父と見た峠よりの光景に似た景色が広がっていることに、俺は不思議な高揚感を覚えるのであった。人の手による建築物が、ちょっとした山岳と同程度の高度を有するのである。
すると、窓のすぐそばを二人乗りの飛行機が通過した。恐らく民間人によるフライトなのであろう。俺はまだ一度も飛行機に乗ったことは無いが、上流階級の中には既に、自家用飛行機を所有する者も現れ始めている。かつて人は自由に飛び回る鳥を見て、どこまでも続く大空に夢を抱いたことだろう。地上の全てを手に入れた人類とて、空を支配することはできない。誰もがそう思っていたことだろう。しかし人類は進歩した。俺たちは羽が無くとも空を飛び、果てしない大空を我がものとすることができるようになったのである。
「ニックさん、リリアンさん、お久しぶりです。わざわざお越しいただき誠に感謝いたします」
会長室の扉を開くと、ランズベリー・フランツが丁寧な挨拶をもって俺たちを迎え入れた。半年の間に随分と老け込んだように見える。表情こそ明るいものの。顔に刻まれた皺の数が彼の苦労を物語っている。
「こちらこそ、わざわざ時間を作ってもらってありがとうございます。早速本題に……」
「労農党の件ですかな? 先に言っておきますが、私たちは無関係です。……しかし、話せることはあります」
ランズベリーは、脇に立つ秘書へ外に出るよう促した。秘書の女性は軽く会釈をして、そそくさと室外へ退出する。
「ラクーン・スタジオを始めとして、我が国の大企業は皆労働運動に悩まされています。待遇の改善と給料の引き上げ、福利厚生の充実を訴えて、労働者たちは時にストライキという強硬手段に打って出ることさえあるのです」
つい先週も地下鉄作業員が一斉にストライキを起こし、王都の交通機関が麻痺したことは記憶に新しい。しかしそれは経営陣にとって身から出た錆というものであろう。低賃金で職員を働かせ、社長並びに役員は巨額の富を手中に収めているのだから……。
どうやらランズベリーもそのことは承知であるようで、彼は次のように話を続けるのであった。
「経営側は出来るだけ低い賃金で従業員を扱いたいと考えています。だからこそ労農党のような、労働者の権利を訴える政党が勢力を伸ばしているのでしょう」
「つまり、資本家たちにとって労農党ら無産政党は、邪魔な存在であると?」
「当然そうなります。我々資本家だけじゃありません、政府の人間や官僚たち、そして現在資本主義の恩恵を受けている中流階級以上の国民全員が、無産政党の伸長を少なからず脅威に感じているでしょう。今回の遊園地事故も、無産政党を嫌う政治家たちの陰謀であると考えられます」
あの遊園地事故は、現在成長を続けるラクーン・スタジオへの脅迫であり、また遊園地まで遊びに来る余裕のある中産階級以上の市民を巻き込むことで、資本主義社会における成功者たちへ怒りの鉄槌を振り下ろすものであった。全ては労農党を始めとした無産政党の暴走であり、社会主義を標榜する団体は善良な市民を狙う凶悪犯罪集団である。そう国民へ印象付けるための、自作自演の事故であったということだ。
「やはり黒幕はランプリングか?」
「恐らくそうでしょう。私の下にも内務官僚がやってきましたよ。労働運動の取り締まりに力を貸してほしいと……」
「それは、受けなかったのですか?」
「私は健全なる資本主義の発展を信条としております。労働者の作業効率を最大限に引き出すためには、彼らの労働に見合った報酬が必要です。近頃の企業にはその考えが欠けている。目先の利益に気を取られ、労働者の扱いを誤るから労働運動などというものが発生するのですよ」
そういえばランズベリーは、キングストンファミリーの孤児たちに職場を提供したり、孤児の救済の為にゴードンへ資金援助も行っていた。食えない資本家だと思っていたが、存外良識のある人物だったらしい。
「ランプリング及びランカスターは、これからどう動くとお考えか?」
「ニックさんの想像通り、無産政党の取り締まりに動くでしょう。しかし、その先に何が待ち受けているのか……我々資本家はよく考えなければなりません」
「と言うと?」
「ランカスターは自由主義を標榜していますが、その実彼らは、『彼らにとって都合の良い』自由しか認めません。例えば我が社の方針が、次期政府とって都合の悪いものであるならば、我が社は容赦なく潰されることでしょう。我々経営者は常に国家の方針を見定める必要があるのです。今回我が社は労農党絡みの陰謀から距離を置いていますが、いずれそうも言っていられなくなる時が来るでしょうね。……例えば、戦争とか」
「やはり戦争は……」
「今後ランカスターが政権を握る限り、戦争は必ず起こります。現在噂に出ているノースロップ社の新型戦闘機計画はご存じでしょうか? それだけではありません。銃火器メーカーのトムソン社は自動小銃の量産化に着手、また海軍筋によりますと、港湾都市では戦艦五隻の建造が進められているようです。海岸の少ない我が国が五隻もの戦艦を新たに必要とする理由が、戦争以外にありますでしょうか?」
既に歯車は全速力で回転を始めているということか。俺がふと、契約直後に見た謎の光景を思い出した。あの光景、廃墟と化した王都の様相は、もしや戦争の災禍によるものだったのではあるまいか……。
「実は我が社も、陸軍の依頼で輸送トラックの増産に着手しています。また新型戦車の開発も進めており、近いうちに試用テストへ入る予定です。これは国家の機密事項に関わりますので、くれぐれも他言なさらぬよう」
こうしてランズベリーとの対談は幕を閉じた。その後俺たちは、ランズベリーの計らいで王都中心街の最高級ホテルへ案内されることとなったのである。時刻は午後三時を過ぎたばかりであり、特急列車に乗り込めば日帰りできる時間帯であった。しかし折角の機会なので、俺たちは彼の計らいに甘んじることとしたのだ。秘書が用意した自動車に乗り込んで、俺たちは再び、経済都市の喧騒へと飲み込まれるのであった。




