労働農民党
小型爆弾を使用したレールの破壊。人の集まる昼下がりを狙い、列車が最大速度に到達する地点で爆弾を炸裂させる。レールを外れたコースターは群衆を巻き込み暴走する。その後混乱に乗じて、実行犯は園外へと逃走する。以上が、シャーリーの読み取った計画の全容であった。
「まだ犯人は王都にいるのか?」
店に戻った俺たちは、二階の一室で事態の情報整理を進めていた。シャーリーのテレパシーを用いて、犯人の情報を出来るだけ収集しておきたいのだ。
「うん、でも移動速度がとても速いの。きっと自動車に乗って逃走してるんだとおもう。わたしの感知範囲から抜け出すのも時間の問題ね……」
「犯人は労農党の党員で、警察組織とも繋がっている。それは本当なんだな?」
「……うん。警察上層部は既に犯人を知っている。でも本気で捕まえさせるつもりは無いって。これには、ベネディクト・ランプリングも一枚かんでるみたい」
「ランプリングが?」
ベネディクト・ランプリング男爵。彼は昨年10月26日の首相暗殺以降、臨時内閣総理大臣として国政を担ってきた政界の重鎮である。臨時首相を務めながら内務大臣も兼任しており、いわば彼は警察組織のトップに君臨する男であった。もともと内務官僚であったランプリングは警視総監にも顔が利く。加えてランプリングは旧王統派の中心人物でもあった。同盟派が一掃された今、彼は元老をも凌ぐ影響力を有する、政界の首領へと成り上がっているのである。
そんなランプリングが何故、遊園地での一件に首を突っ込んでいるのか。その答えは簡単に導き出せる。
「ランプリングはランカスターと蜜月関係にある。王室の存在を前提とした民主主義を掲げるランカスターにとって、最も厄介な敵は……労農党をはじめとする社会主義勢力でしょうね……」
リリアンの言う通りである。労農党は、表向きには王室の存在を認めているものの、彼らの最終目標は社会主義体制の実現なのだ。無産政党は王室の存在を認めない。いやそれどころか、彼らはあらゆる私有財産を否定する。王室や貴族だけじゃない、実業家や投資家といった、資本主義社会におけるブルジョア連中までも彼らの打ち倒すべき敵なのである。
しかし国民の多くが資本主義の恩恵を受けている昨今、一体どうして社会主義などという思想が流行るものだろうか。現に労農党は庶民院46議席を獲得し、議会における第三党へと躍り出ることとなったのだ。
この答えも簡単である。ユトダイン王国の経済成長の裏には、低賃金で長時間労働にさらされれる多くの労働者が存在するのだ。また地方の農村は経済成長の恩恵を殆ど受けていない。中産階級が潤う一方で。資本主義の影は確かに存在するのである。
「労農党関係者の中に、ランプリングやランカスターの回し者がいたということだ」
ランカスターにとって、過激な社会主義思想を標榜せし労農党は邪魔者以外の何物でもないのだろう。しかし自由主義の建前上、彼らの活動を表立って阻害するわけには行かない。彼ら無産政党を糾弾するには、絶対的な理由が必要なのである。例えば労農党がテロ行為を実行に移したとすれば……。
「それだけじゃないよ。遊園地の事件には、ラクーン・スタジオやノースロップ社、それにランズベリー社の重鎮もかかわってるみたいなの」
シャーリーの言葉に俺はまたしても驚愕した。ランズベリー社といえば、経済都市ナブールで世話になったあの自動車会社ではないか。俺たちはアナスタシアの身を守る為、保養地サリムへの安全な移動を試みた。その時手を差し伸べてくれたのが、ランズベリー社の会長、フランツ・ランズベリーだったのだ。彼は俺たちの為に最新式の自動車を授けてくれた。サリムの別荘へ無事辿り着けたのは、言うまでも無く彼のお陰だったのである。
「まさか、フランツ・ランズベリーも今回の件に関わってやがるのか……」
「どうかしらね。でもあたしたちはランズベリー会長と面識がある。一度彼と会って話してみてもいいんじゃない?」
リリアンの意見に賛成である。確かに、ランズベリー会長から直接情報を引き出せるなら一度会っておくべきだろう。彼は経済界における数少ない繋がりであるし、一度は俺たちに協力してくれた人物でもある。それにシャーリーの言っていた通り、今回の件にはあまり深入りしない方がいい。市民の殺害は許し難い行為だが、ランプリングやランカスターといった政界の主要人物が関わっている以上、直接的に関わるような行動は控えるべきである。何しろランカスターはアナスタシアの安全を保障してくれているのだ。彼を敵に回すような行動は避けたい。やはり情報を得るには、王都から離れたナブールに拠点を置くランズベリーを当たるのが最適であろう。
「俺とシャーリーでナブールへ向かう。二人は留守を頼む」
するとリリアンが表情を曇らせ、たどたどしい調子で次のように訴える。
「……二人だけじゃ心配ね。たしかに、彼女はテレパスだし、情報収集には便利かもしれないけど。別に上手くやり取りすれば口頭でも情報を引き出せるだろうし。それに占い屋はシャーリーが居なきゃ成り立たないんじゃない?」
「けっこうです、わたしとニックだけでじゅうぶん。誰かと戦うわけじゃないんだし。占い屋はとりあえずダレンに任せればいいでしょ? それにランズベリーがもし本当に黒だったら、わたしのテレパシーが必要になるはずよ」
「……そうかもしれないけど」
悲しげな表情を浮かべ視線を落とすリリアン。するとその様子を見ていたダレンが立ち上がり、シャーリーの肩に手を乗せた。
「確かに、占い屋は僕一人いれば十分だ。ナブールは三人で行ってくれ」
「ちょっとダレン! なにを!」
「ランズベリーと面識があるのは、この中でニックとリリアンだけだ。ニックだけじゃなく、リリアンもいた方が色々都合がいいんじゃない? もちろんシャーリーのテレパシーも絶対に必要だから、三人で行くべきだと思うんだよね」
シャーリーは不満げにダレンを睨みつけながらも、彼の発言を渋々受け入れる。
「まあ、たしかにそうかもね。じゃあ三人でいきますか」
一方リリアンは、多少負い目を感じているような表情でダレンの様子を伺っていた。
「……あの、本当に、一人で留守を頼んじゃっていいのかな」
「問題ないさ。それよりシャーリーを頼むよ。この子も不安なはずだから」
ダレンに頭を撫でられ、迷惑そうに顔を顰めるシャーリー。いつもの適当な様子を見ていると忘れがちだが、ダレンは彼女のことを家族の様に思っているのである。一時的にとはいえ、いつも行動を共にしてきたシャーリーと離れるのは、彼にとっても心配なことなのであろう。
「決まりだな。とりあえずランズベリー邸に電話してアポ取って来るよ」
果たしてランズベリーは会合に応じるだろうか。俺は受話器を手に取り、期待と不安を胸にダイヤルを回すのであった。




