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遊園地の悪夢

 ユトダイン最大の映画会社、ラクーン・スタジオの出資により建設された遊園地は、王都中の市民で大いに賑わいを見せていた。子連れの家族から若年のカップル、そして近頃王都でもよく見るようになったフラッパーガールたち。また俺の元同業者であろう、軍服を身に纏った陸軍軍人らしき青年の姿もちらほらと見受けられる。彼らにも休日を楽しむ権利が許されているのだ。これがランカスターのもたらした、自由主義の風潮というやつである。


 「ローラーコースターは一時間待ちだとよ。とりあえず他回るか?」


 シャーリーお目当てのアトラクションは、その話題性も相まって長蛇の列となっていた。彼女は残念そうに肩を落としながらも、空いてるアトラクションを探すべく一生懸命あたりを見回している。


 「あれ乗りたい!」


 彼女が指し示す方向に目を向けると、小型の汽車が発車準備を整えていた。所謂ミニSLというやつだろう。かつてはユトダイン国民の交通手段であった蒸気機関車が、今や子供たちの遊具となっているのである。


 「よし、行ってみよう」


 俺たちは売店でアイスクリームを購入し、機関車の発車を待つ列に加わった。この棒付きアイスは近年王都で大流行しており、栄養価の高い健康食品としても宣伝されているのだ。かつて貴重であった砂糖や乳製品も、精糖技術や酪農の発達により、今やこれほどまで手軽に手に入れることが出来るようになってるのであった。


 「んー! あまい!」


 顔をほころばせながらアイスにかじりつくシャーリー。その幸せそうな笑顔を見て、俺もこの上ない多幸感に包まれる。よくよく考えれば俺は今、とんでもなく贅沢な空間に身を置いているのではあるまいか。好意を寄せてくれる美少女と二人きり、遊園地でレジャーを楽しんでいるのである。


 「なーに? そんなに見つめてきて……」


 シャーリーが照れくさそうに顔を背ける。


 「いや、ごめん。何でもないよ」


 「ニックは、今楽しい?」


 「え? ああ、そりゃメチャクチャ楽しいよ。つか聞かなくても分かるだろ?」


 彼女がテレパシーを使えば、俺が今何を思っているかなど簡単に読み取れるのだ。たった今俺が抱いたよこしまな感情も、きっと彼女には筒抜けなのであろう。しかし女性経験の少ない俺である。こんな可愛らしい女の子と二人で遊ぼうものなら、こうした感情が生じるのも当然のことではないか。できれば少しは大目に見てほしいものであるが……。


 「こーゆーときは能力をつかいたくないのよ。だって、もしつまんないって思われてたらショックだもん。今だけは、夢のなかにいさせてほしいの」


 じっとこちらを見詰めるシャーリー。俺はまたしても、その愛の言葉に心を揺り動かされるのである。


 「その言葉もすごく嬉しいんだけど……」


 そう言いかけて、俺はシャーリーの台詞を思い出した。分かり切っていることを言葉にして伝えられるほど、残酷なことはない。彼女はそう語っていた。


 例えばアナスタシアが、いま本気でジェームスを愛していたとしたらどうだろうか。彼女は仮にも既婚者である。俺の恋だって、どうせ叶わないのかもしれない。それを分かった上で彼女から、ジェームスへの愛を打ち明けられたとしたら……。俺は果たして、冷静でいられるだろうか……。


 「ま、ニックがどう思ってようと、わたしの気持ちは変わらないけどね~。もうあと何年かすれば、他の女なんて見向きもできないぐらいナイスな女になってやるんだから」


 再びアイスにパクつきながら、意気揚々と宣言してみせるシャーリー。その純粋で無邪気な彼女の様子に、こちらも自然と笑みを溢してしまうのであった。


 「おっと、列が動いたな。次で乗れるみたいだぞ」


 「ほんとだ! やった!」


 案内に従い、俺とシャーリーは汽車の最善席に腰を下ろした。ウキウキの様子で発車を待つ彼女の顔を、隣に立つスタッフの女性が微笑ましげに覗き込む。


 「お兄ちゃんと乗れて嬉しいね」


 すると彼女はムスッとした表情でこう切り返すのであった。


 「いいえ、恋人です!」


 係員の女性はびっくりした様子で俺の顔を見た。その視線からは驚きの他に、何か俺を咎めるような非難の感情も読み取れたのだが、それはとんだ誤解というものである。


 「アハハ、いやね、近所の子なんですよ。いっつもこんな冗談ばっかり言うもんで、困っちゃいますねえ~」


 「そんな……あんなことまでしておいて……」


 視線を落とすシャーリーに、益々非難の色を強める係員の眼光。


 「おい! なに適当なこと……ッ!? おおお!?」


 発車の合図と共に、俺たちを乗せた小さな機関車が動き出した。思っていたよりも速いスピードに、思わず小さな叫び声を上げてしまう。視線を横に移すと、次の発車を待つ見物人たちが、愉快そうにこちらへ手を振っている。


 「いってきまーす!」


 シャーリーがそう声を上げると、列に並ぶ人々は歓声をもってそれに答える。俺もぎこちない笑顔を作りながら手を振り返し、彼らの歓声に応じることにした。


 汽車はやがて動物園のエリアに差し掛かった。サル山や鳥類の檻を通り過ぎると、次に本遊園地目玉の動物が姿を現す。


 「みてニック! ゾウだよ!」


 その二頭のゾウの親子は、はるか南方の国より連れて来られたのだろう。彼らの巨大な図体に比べると、檻の面積はやや狭いように感じてしまうのだが、それでも初めて実物のゾウを目の前にした俺は興奮を隠せなかった。


 「あんだけ図体デカけりゃ、食費もバカにならないだろうな」


 「……もう、そういうひねくれた見方ばっかりしないの! かわいいでしょ?」


 「あ、ああ。言われてみれば可愛い気もするな」 


 確かに、子に寄り添う母ゾウの姿は人間とさほど変わらないようにも思える。無邪気に歩き回る子ゾウの様子も愛くるしい。こんな図体でもゾウは人間と同じ哺乳類であり、仕込めば芸も覚えるというのだから驚きである。ラクーン・スタジオは他に動物園の建設も進めているらしく、年内には開園にこぎつける予定であるという。


 汽車はやがて発車地点へと戻ってきた。「ただいま!」と叫ぶシャーリーに対し、待機する人々は微笑みながら手を振っている。見知らぬ人々にもこうした態度を取れる彼女の姿に、俺は尊敬の念すら覚えるのであった。


 「またコースターのところまでいこう! もしかしたら空いてるかもしれないから!」


 俺とシャーリーは手を取り合って、ローラーコースターの待ち時間を確認するべく速足で目的地へと向かった。


 到着してみると、コースターを待つ列はかなり減少しており、最後尾で整理を行う従業員の手元には、待ち時間三十分と書かれたパネルが掲げられているのであった。


 正直なところ、俺もローラーコースターには一度乗っておきたかった。最新のアトラクションに興奮しているのは彼女だけではないのである。


 「三十分ぐらいなら待ってみるか?」


 「うん! それじゃ並ぼう!」 


 俺たちは最後尾へと歩を進め、二人連れのカップルのすぐ後ろに並ぶこととなった。すると同時に俺は、目の前の男女二人組に対して妙な既視感を覚えるのであった。


 「あれ、二人とも……」


 俺の声が聞こえたのか、眼前の二人は一斉にこちらへと振り返った。ダレンとリリアン、まさかとは思ったが、偶然この二人も遊園地へと遊びに来ていたようである。


 「ちょっ、何でここにいるのよ?」


 「そっちこそ。デパートに行くんじゃなかったのか?」


 「いや、これはね……」


 そうリリアンが言いかけた時、彼女の後方から巨大な衝撃音が響き渡った。一寸遅れて周囲から悲鳴が巻き起こり、待機客の列が雪崩を起こす。


 逃げ惑う群衆めがけて、ローラーコースターの列車部分が勢いよく突っ込んできた。車輪がレールから外れたのだ。列車は多くの人々を巻き込みながら、轟音を立てて俺たちの真横を通り過ぎたのである。辺り一面に血飛沫が舞い、逃げ惑う群衆は四方八方へ逃げ惑う。

 

 「おいおいおい! まじかよ!」


 やがて列車は停止したが、現場は阿鼻叫喚の様相を呈していた。血だまりが辺り一面に広がり、列車に轢かれた人々の体は最早原型を留めていない。


 「……ニック、あれを見て」


 リリアンに促され視線を上げると、レールの一部が不自然に崩れ落ちていた。列車の重みで崩れたわけではないらしい。意図的に破壊されたかのように、レールが弾け飛んでいたのである。


 「……どうやら、単なる事故ってわけじゃなさそうだな」


 俺とリリアンは同時にシャーリーを見た。もし周辺に犯人がいるならば、彼女のテレパシーで炙り出すことができるはずだ。彼女も既に事の異常性に気付いていたのだろう。目を見開き、周囲の様子を注意深く見回している。


 「どうだシャーリー? 怪しい奴はいるか?」


 彼女は何も答えず、神妙な表情で一点を見詰めていた。確かにこの混乱状態の中、犯人を見つけ出すことは非常に困難であろう。既に園外へ逃走しているかもしれないし、そもそも単なる事故にすぎない可能性もあるのだ。


 「労農党……」


 やがてそう呟いたシャーリー。俺は彼女の言葉に驚きを隠せなかった。


 「労農党だと? 一体どういうことだ?」


 今回の庶民院選挙では、これまで禁止されていた無産政党の結成が合法化されていた。労農党はその中でも最大勢力を誇る政党であり、労働環境の改善と最低賃金の引き上げをマニュフェストに、46議席もの議席数を獲得したのであった。最大野党の座には及ばなかったものの、今回初めて参戦した無産政党がこれほどまでの支持を集めたことは、政財界の重役達に大きな衝撃をもたらしたのである。


 「犯人は捕捉した。……でも、この件にはあまり首を突っ込まない方がいいかもしれない」


 救急車のサイレンが鳴り響いた。嗚咽と絶叫に紛れて、救急隊員の怒声が飛び交っている。同時に到着した警察隊が辺りに散開し、不審人物の捜索に取り掛かる。


 「シャーリー、教えてくれ。犯人は今どこにいる? 警察と連携して捕まえよう」


 「……ニック、ダメなの」


 「何言ってんだ!? 周りを見渡してみてくれ! こんなにも沢山の市民を殺した殺人鬼を、野放しにするってのか!?」


 俺は感情を抑えきれず大声を張り上げていた。周囲の視線が一斉にこちらへ向き、俺は慌てて口を噤む。人々の視線は困惑と疑念、悲壮と憤怒に彩られ、様々な感情が交差しながらも、俺たちの姿をしかと捉えていた。


 (犯人は警察と繋がってるみたいなの。他にも、いろんな人と……)


 テレパシーで語られた彼女の台詞は、発展を続けるユトダイン王国に潜む新たな闇の存在を告げるものであることを、俺は確信するのであった。

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