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煙草の煙

 『――民友党は庶民院466議席のうち331議席を獲得、70パーセントを超える圧倒的な議席数を以て政権与党となりました。近日中に王宮内にて重臣会議が開かれ、次期首相の任命に関する審議が行われるとのこと。政党政治の理念に則るならば、大命はランカスター氏に下ること確実と思われます。世界史上初の、完全普通選挙により選ばれし総理大臣が誕生するのです。ランカスター氏は選挙戦勝利の報を受け、国民の為の政治を実現すると発言しました。今やユトダイン中で歓喜の声が湧き上がっています。王国の更なる発展を願い――』


 ユトダイン放送協会の流すラジオニュースでは、朝から庶民院選挙の結果公表を延々と語り続けていた。ランカスター率いる民友党は庶民院議席の約七割を掌握し、王国における政党政治の幕開けを告げることとなったのである。


 「そろそろ飽きたわ、チャンネル変えてくれない? これ以上聞いたって公営放送は選挙の話しか流さないわよ」


 リリアンの言う通り、俺もそろそろ政治の話にはうんざりしてきたところである。しかしチャンネルを変えたところで、どこの放送局も選挙の話題で持ちきりであった。仕方なく俺はラジオを切り、最近購入した流行歌のレコードを蓄音機にかけることとした。


 「あ、これすきなやつだ! アイスクリーム!」


 蓄音機のラッパより流れるヒットソングにシャーリーが反応した。彼女は軽快なスウィングジャズのリズムに身を任せ、楽しげに流行りのダンスを披露する。


 「随分上手いな。いつの間にダンスなんて覚えたんだ?」


 「いまどきみんな踊れるよ。ニックもいっしょに!」


 「いや、俺はいいかな……」


 下手に踊って恥をかきたくはない。ダンスなどこれまで一切触れてこなかった分野だし、こうした世間の流行りには疎いものだから、余計に気が引けるのである。


 「おしえてあげるから。ほら」


 シャーリーに手を引かれ、俺は基本ステップの動作を教わる羽目に陥ってしまった。主に重要となるのは足の動きと重心移動であるという。俺はぎこちない動作を見せながら、彼女の技術指導を甘んじて受け入れた。


 もともと身体能力には自信がある為、習得にそこまでの時間が掛からなかった。俺は程なくしてコツを掴み、三十分経つ頃にはある程度のステップを踏めるようになっていた。


 「それじゃあ一緒に!」


 スピード感溢れるスウィングのリズムに合わせて、俺とシャーリーは互いに手を取り合いステップを踏む。恐らくある程度の形にはなっているだろう。しかし俺は、未熟なダンスの技術とは別の気恥ずかしさを感じていたのである。


 「ちょっと距離が近いのよね。恋人でもない男と踊るもんじゃないわ」


 リリアンのボヤく通り、このダンスは互いの距離が実に密接なのである。俺とシャーリー、両者の間には数センチの隙間も無く、二人は体と体を密着させて踊りまわる。それに動きも激しいものだから、彼女の上気した顔が目の前に現れて妙にドキリとさせられるのだ。


 「あら。わたしはニックのことが好きだけど? 何か気に障ったかしら?」


 シャーリーは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、俺の頬にキスをした。俺は慌てて彼女の手を離し、数歩下がって距離を取る。するとリリアンは呆れたようにため息を吐き、同時に俺を睨み付けるのであった。


 「あのなシャーリー。あんまり年上をからかうもんじゃないぞ」


 「からかってないもん。わたしが本気だってこと、ニックも知ってるでしょ……」


 また誤解を招くような言い方をする。勿論シャーリーが俺を好いてくれていることぐらい、流石の俺も認識しているのだが……。十三歳の少女が語る愛の言葉など、四つも離れた十七の俺がまともに取り合っていいものだろうか。いや、そもそも俺にはアナスタシアという思い人がいるのだ。リリアンの誤解を解くためにも、ここはひとつ自身の思いを表明してしまった方が良いのではないか。


 (それはやめといた方がいいかなー)


 今度は脳内に直接語りかけてくるシャーリー。彼女はテレパシー能力を有する契約者であり、声を出さずとも相手に言葉を伝えることが出来るのだ。


 (分かりきっていることを言葉にして伝えられるって、けっこう残酷かもよ……)


 分かりきっているとはどういう意味なのだろう。シャーリーは他人の思考を読めるからともかくとして、まるでリリアンまで、俺の気持ちに気が付いているような口ぶりではないか。


 (これ以上は言わないわ。ニックの鈍さは、わたしにとって都合がいいからね~)


 調子の外れた旋律に、ビックバンドの演奏が響き合う。ジャズ・エイジがこだまする。狂騒的なスピードで流れゆく音楽を背景に、シャーリーがじっと俺の目を見る。


 「誰にも負けないつもりよ。ニックと結ばれるのは、このわたし」


その声は俺にだけ聞こえるような、実に小さな呟き声であったが、彼女の瞳は真剣そのものであった。


 「騒々しい曲ね……あたしはルネスタンの音楽が好きなのよ」


 リリアンが不機嫌そうに立ち上がり、蓄音機のレコードを取り換えた。クラシック調の優雅な、それでいてどこか前衛的なピアノの調べが流れ始める。


 「あー! そうやってすぐ邪魔するんだから!」


 「邪魔って、何の事かしら?」


 「ニックとわたしの邪魔してる!」


 「……だーれが。それは勝手にしなさいよ」


 お互いに睨み合うリリアンとシャーリー。この二人は仲が良いのか悪いのか、いまいち良く分からない。二人で会話を交わしている姿もよく見るのだが、稀にこういった抗争を繰り広げるのである。


 そして二人の様子など気にも留めず、呑気に紙煙草を燻らせているのはダレンであった。これまで彼は喫煙者では無かった筈であるが、雑誌社からプロマイドの依頼を受けた際に、撮影用に煙草を咥える機会があったらしい。煙を吐き出す彼の出で立ちは、見た目だけならクールな紳士の様相そのものなのであるが……。


 「ダレン、買い物に行くわよ。テレポートで飛ばして頂戴」


 「ええ? 今火付けたばっかりなのに……」


 「煙草なんていつでも吸えるでしょ? デパート付近の路地裏までお願い」


 ダレンはテレポート使いの契約者であり、ある程度の範囲内であれば一瞬で、正確に目的地へと自身の体を飛ばすことが出来るのだ。また彼は、触れているものも一緒に移動させることができるのである。


 「二人も行くかい?」


 ダレンは俺とシャーリーにそう問いかけたが、代わってリリアンが回答する。


 「なんだか二人で盛り上がってるみたいだし、ほっときましょ。あたしたちも二人でデートに行くわよ」


 「ええ!? 僕ですか!?」


 何故か目を輝かせるダレン。するとシャーリーが、そんな彼の様子を訝しげに睨み付けた。


 「ダレン、何はしゃいでんの?」


 「あー、いや、いいじゃないかシャーリー。休日なんだし、君もニックと遊んでおいでよ。僕はリリアンとデートしてくるからさ!」


 そう言い残してダレンは、リリアンの手を取りテレポートで姿を消してしまった。


 「なんだありゃ。ダレンはリリアンに気でもあったのか?」


 「そうみたいなのよねー。ダレンは、昔っから気の強い女性が好きなの」


 それならばリリアンはうってつけの女であろう。彼女ほど気の強い女性を、俺はこれまで見たことがない。しかし、リリアンはどう思っているのだろうか。確かにダレンは美青年であり、事実多くの女性が彼のファンとなっている。リリアンから見ても、彼は魅力的な男なのだろうか……。


 「ねえニック、わたし遊園地に行きたい! さいきん王都にもローラーコースターができたんだって!」


 飛び切りの笑顔を見せながら縋りつくシャーリー。無邪気に笑う彼女の顔を見て、俺も思わず笑みを溢すのであった。たまには息抜きぐらいしてもいいだろう。俺も、新しく出来た王都の遊園地は気になっていたのだ。


 「せっかくだし行くか。いつも頑張ってくれてるからな」


 「やったー! それじゃあ準備してくるね!」


 シャーリーは嬉しそうに飛び跳ねながら二階の自室へと駆け上がっていった。俺は何の気なしに辺りを見回して、ふとダレンの残していた紙巻煙草を手に取った。その隣にはマッチ箱が無造作に放り出されている。そして興味本位で煙草を取り出し、恐る恐る火を付けた。


 試しに煙を吸い込んでみたが、苦しさのあまり俺は勢いよく咳き込んでしまった。やはり。こんなものを愛飲する大人の気が知れない。

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