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精霊と契約

 「アナスタシア……」


 リリアンの瞳から涙が零れ落ちた。それも当然の反応だろう。衛兵の任より外された俺たちは、半年以上もの間彼女と面会することが叶わなかったのである。静かに歩み寄るアナスタシアの下へ、リリアンは一目散に駆け出した。


 「ごめんなさい……」


 その謝罪はアナスタシアに向けたものであり、同時に自分自身への戒めでもあるのだろう。これまで彼女は口に出さなかったが、強い責苦と後悔を感じていることは容易に想像できた。俺を助けるためにアナスタシアの元を離れ、結果として側にいられなかったことに。衛兵としての役割を果たし切れなかったことに。


 「……久しぶりに会えたんだから」


 そう語るアナスタシアの目元も涙に濡れていた。かつて二人は一年近くもの間、同じ宮殿内で毎日のように顔を合わせてきた友人同士なのである。両人とも再開を心待ちにしていたことだろう。俺は数歩下がったところで、何も言わずに二人の様子を見守っていた。


 「体は大丈夫? 無理してない? 王妃の公務は大変だって言うけど……」


 両腕で顔を拭いながら、アナスタシアの身を案ずるリリアン。


 「確かに忙しいけど、変わらず元気よ。リリアンは? 今どうしてるの?」


 「うん……。問題なく暮らしてる……」


 するとアナスタシアの視線が俺の姿を捉えた。俺は緊張で息を詰まらせながら、何とか言葉を紡ぎ出すのが精いっぱいであった。


 「久しぶり。……王妃就任おめでとう」


 「うん、ありがとう……」


 サリムに到着したあの日。俺たちは別荘の屋上で、互いに手を取り合って眼前の景色を眺めていた。半年という月日は短いようで長かった。あの日の記憶は遠い思い出のようであり、淡い青春の一ページのようであり、苦楽を共にした長い旅路の僅かな憩いであったように思い返される。再び彼女の笑顔を見ることが出来たというのに、胸中に沸き立つ感情は緊張と焦燥と、小さな違和感であった。


 俺はゆっくりと彼女のもとへ歩み寄った。そして、彼女の右手を静かに握った。驚きながらも、恥じらいの表情を浮かべるアナスタシア。


 


 ……しかしのそ表情はすぐさま一変し、目の前に、あの妖艶な微笑みが現れるのであった。


 「久しぶりじゃん。キミと会えなくて、ずーっと退屈してたんだから」


 黒髪をなびかせた、アナスタシアと瓜二つの精霊。俺に過去戻りの能力を与えた女。再会を喜ぶ前に、俺には確認しなければならないことがある。



 精霊との接触を果たすためには、アナスタシアの体の一部に触れる必要があった。彼女の体に触れ、なおかつ精霊に会いたいと強く望むことで、この黒髪のアナスタシアが現れる。


 また精霊との接触中は周囲の時間が停止する。これも久しぶりの光景であった。この世のありとあらゆる音が消え去り、ありとあらゆる生命・物体が動きを止めるのである。


 「説明してもらいたいことがある」


 「……なにかな?」


 俺が知りたい情報はただ一つ、友人ジョシュアの消失についてであった。俺は彼を助けるために過去へ戻った。しかし過去戻りの光景を見た次の瞬間、彼の存在そのものが消滅していたのである。どこを探しても彼の姿は見つからず、誰に聞いてもジョシュアの存在を覚えていなかった。また彼の存在を証明する一切の痕跡が、全て消え去っていたのである。


 俺の話を聞いた精霊は、珍しく顔を顰めながら次のように回答した。


 「あー、来ちゃったか~。ごめんだけど、それに関しては何も答えられない……」


 「つまり、対価に関わる話ってことか?」


 精霊は対価に関する情報を伝えてはならない。これは彼女ら精霊の世界における共通のルールであった。ジョシュアの消失について何も答えられないということは、つまるところ彼の消失は、対価に関わる出来事であると推察できるだろう。


 「代わりに、対価の支払い状況について教えてあげるよ」


 精霊は対価に関する情報を伝えてはならない。しかし対価の支払い状況については伝達することができる。これも精霊界の法則らしいのだが、正直この情報が役立った試しはない。


 確か前回の報告時は支払いが悪くなっていると聞いた。だがそもそも、俺が対価として何を支払っているのか分からないし、精霊も曖昧な報告しかしてくれないものだから、どう動いたら良いか見当が付かないのだ。


 「支払い状況か。前回はあまり良くなかったらしいが、今回はどうだ?」


 「ペナルティ付いちゃったね。ちょっと心配してたんだよ? まあキミが無事でよかったけどさ~」


 「……ペナルティだと?」


 「うん。詳細は対価の内容に踏み込んじゃうから勘弁してほしいけど。ま、能力の使い方を見直した方がいいかもね」


 まさかそのペナルティとやらと、ジョシュアの消失が関係しているのとでも言うのだろうか。俺が能力の使い方を誤ったから、彼の存在が消えてしまったとでも……。


 「……そのペナルティってのは、取り消せないのか?」


 「一度支払った対価は戻らないよ。残念ながらね」


 もし本当に、ジョシュアの消失と対価の支払いが関係しているのなら、もう二度と彼の存在は戻らない。そして精霊の口ぶりから察するに、恐らく彼の消失と対価は密接に関係しているのだろう……。


 「でもキミの能力は特別だ。思い出してごらん? キミは一度だけ、全ての制約を解除して過去に戻ることが出来るんだから」


 俺の能力には二つの制約が課せられている。一つは、過去戻りの際に記憶が消去されるという制約だ。俺が過去に引き継げる情報は、能力発動の直前に見た光景のみである。


 そして二つ目の制約は、精霊との契約以前に戻ることができないというものである。もしそれ

以前に戻れてしまえば、契約そのものを無かったことに出来てしまうからだ。それは精霊の掟として許されないことであるらしい。



 しかし一度だけ、俺はこの二つの制約を解除して過去へ戻ることができるという。



 「たった一度だけ、全ての記憶を引き継いで、どんな時間にだって戻ることが出来る。しかしそれを行えば、俺はその後、二度と能力を使えなくなる……」


 「そうそう、よく覚えてるね~」


 「でも、その後も対価の支払いは続くんだろう? むしろ能力を失ってからの方が、対価は重くなるって言ってたよな?」


 「そうだよ」


 「良く分かんねえな。もしかして、それまで支払ってきた対価はチャラになる。って話なのか?」


 「これ以上は言えないねー。とにかくキミは、能力の使い方を見直した方がいい。よーく考えるんだね」

 

 能力の使い方と言われても、前回の過去戻りはさほど特殊なケースでも無かった筈だ。俺は恐らくジョシュアの命を救おうとして能力を行使した。大切な人を助けるために過去へ戻った。これまでと同じ使い方であった筈だ。



 これまで見てきた過去戻りの光景は五回。そのうち四回の光景を振り返ってみても、特にジョシュアのケースとの違いは見いだせない。


 最初に現れた光景はアナスタシアの亡骸であった。アラン・リッチーの空間転移能力で殺害されたであろう、血濡れの彼女の姿……。俺はきっと、殺害されたアナスタシアを救うために過去へ戻ったのだ。


 二度目に現れた光景は、取調室のデスクに突っ伏すホールデンの死体であった。その光景を見た俺はホールデンに忠告した。次に狙われるのはお前だと……。結果、俺たちは共犯者のアランを逮捕することが出来た。


 三度目に見た光景は、ダレンにサーベルを突き立てられたリリアンの姿であった。俺はリリアンを救うため、そしてナブールホテルの襲撃を避けるために過去へ戻ったのだろう。


 そして四度目の光景は、襲撃犯のダレンを解放せよとのメモ書きであった。結果として俺は王室衛兵を離脱し、ダレンとシャーリーを連れてサリムの保養地から脱走した。それまで俺達を狙ってきた暗殺者と行動を共にし、アナスタシア暗殺計画の内実を探ることになったのだ。


 四回の過去戻りの中で、俺はペナルティなど一度も食らったことが無かった。なぜジョシュアだけが消えたのか。彼の命を助けようという動機が問題であるならば、リリアンやホールデン、そしてアナスタシアのケースも同様の筈である。しかし三人とも存在が抹消されるなんて羽目には陥っていない。


 なぜジョシュアだけが消えたのか。これ以上精霊から情報を引き出せないならば、こちらで根気強く考える必要がある。このまま彼の存在を諦めることなどできやしない。


 ……そう言えば、一度目の、アナスタシアの暗殺現場が脳裏に過る直前、不思議な光景を見た気がする。あれも過去戻りの光景だったのだろうか。


 見るも無残に崩落した王宮。廃墟と化した王都の街並み。まるで天災の後のような、荒廃した王都の様相が脳裏に過ったのだ。あれは一体何だったんだ。まさか……。


 「なあ、もう一つ聞いていいか?」


 額から脂汗が流れ落ちる。精霊はそんな俺の様子など気にも留めぬ調子で、妖しげな笑みを浮かべて見せた。


 「どうぞ。答えられることなら、何でも答えてあげるわ」


 「俺はこれまで、どのくらい能力を使ってきたんだ? もしかして……俺が知らないだけで……」


 すると彼女の表情から微笑みが消えた。そして憐れむような目付きで俺を見て、次のように答えるのであった。


 「そうだね……。制約を解除しなければ、キミは記憶を引き継げない。例えばキミが、今から契約直後まで戻ったとしたら……」


 精霊と契約を交わしてから、ここまで歩んできた道のりは全て無かったことになる。あの廃墟と化した王都の光景が、もし何度も何度も、過去戻りを使用した末に行きついた未来の光景であったとして、その結果、契約直後まで戻ったのだとしたら、失ったことすら気付かない未来がいくつもあった……ことになる……。


 「……質問に答えてくれ。俺はこれまで何回能力を使ったんだ」


 「キミは、これまで八十三回の過去戻りを経験してる。そのうちペナルティは前回の件を入れて二回だけ。とっても……頑張ってくれてるよ……」

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