王妃
目覚ましい発展を遂げる王都市街の様子とは裏腹に、王宮の外観は以前と変わらぬ姿を留めていた。中世より変わらぬ優雅な石造り建築の王宮は、ユトダイン王国の伝統を象徴するかのように堂々と佇んでいる。それはまるで、国王陛下を始めとした現王室一家の役割をも象徴しているかのように思われるのであった。
ランカスターの王室改革によって、国王権限は大幅に削られた。もはや国王権限は儀礼的な機能しか有しておらず、形式的な首相の任命・罷免権の他には、緊急時のストッパーとしての役割しか持たぬようになっていたのである。
すなわちジェームス国王は極めて権威的な存在であり、その実権はほぼ無いに等しかったのだ。
しかし王室を守る衛兵の存在は依然として健在であった。いや、それどころか王室衛兵の定員は拡大され、以前より多くの兵士が王室護衛の任に就くこととなっていた。
それは何故か。単なる憶測に過ぎないが、ランカスターは俺との盟約を守り切るつもりなのだろう。彼はホールデンの情報と引き換えに、生涯をかけてアナスタシアの安全を保障すると誓ったのだ。彼女の命が守られなければ、ランカスターも同時に死亡する。彼は何としてでも王室の護衛を増やさなければならなかったのだろう。これまで約150名であった王室衛兵の総員は、今や倍の300名に到達しているらしい。
「ニック! 久しぶりじゃねえか!」
王座の間へ差し掛かった俺は、背後から聞こえた懐かしい声に振り返った。だがその瞬間、俺の頬に強い衝撃と激痛が走るのであった、
「痛っ……!? 」
驚いて顔を上げると、やはり声の主は王室衛兵のフットであった。彼は右手の拳を握りしめ、豪快な笑顔を見せながら立っている。
「やっと借りを返せたぜ。これでも手加減してやったんだ、感謝しろ」
「……サリムのお返しってわけか」
俺は殴られた左頬に手を当てながら、サリム脱走の記憶を思い返していた。あの時俺は、襲撃犯の解放に反対するフットを黙らせる為、彼の顔面を思い切り殴りつけたのであった。
「これでお相子だ。その情けねえ面を王妃様に見せてやれ」
フットは俺たちの前に立って、宮殿内を案内するように歩き始めた。するとリリアンが不思議に思ったのか、彼へと疑問を投げかける。
「何であんたがアナスタシアの居場所を知ってるのよ」
するとフットは笑いながら、次のように答えるのであった。
「そりゃ、俺が王妃様の側近衛兵だからに決まってんだろ。お前らの後任ってところだな」
俺とリリアンは既に衛兵ではない。すなわち王室衛兵をクビになった俺たちは、当然アナスタシアに近寄る手立ても無く、これまで彼女を取り巻く状況がどのように変化しているのか知らなかったのである。
しかし馴染みの深いフットが彼女の側近に選ばれていたとは。俺は安堵を覚えていた。彼の実力はこの目で見ているし、何より悪い人間ではない。よく知る人物がアナスタシアの側近を務めていることに、俺は心から安心したのである。
「ふーん。ま、あんたなら任せていいかもね」
リリアンも俺と同意見のようだ。共にアナスタシア避難計画を乗り切ったフットなら、彼女を安心して任せることが出来る。
「随分上から目線で言ってくれるもんだぜ。二人して軍から追い出されやがって。……でもよニック、案外お前の言う通りだったのかもな」
「と言うと?」
「サリムの別荘で俺は、襲撃犯を逃がそうとするお前を全力で止めようとした。だが結果はどうだ? 黒幕は政府の同盟派、しかも奴らはユトダインの植民地化を企んでたらしいじゃねえか。お前の言う通り、上の連中を信用していたらアナスタシアは救えなかっただろう。その点に関しては、悪かったよ。俺は規律を優先するあまり、お前の話をロクに聞かなかった……」
俺は仲間の誰にも迷惑を掛けたくなかった。結果としてリリアンは俺に協力し、軍から追い出されてしまったが……。フットだけでも衛兵に留まることができて、本当に良かったと感じている。
「いや、いいんだ。フットの主張は軍人として当然のものだった。お陰で君は王室衛兵に留まり続け、アナスタシアの側近を担ってくれているんだから」
フットはニヤリと笑みを浮かべ、それ以上何も言わなかった。王座の間を過ぎた俺たちは、フットの案内でアナスタシアの待つ部屋へと向かうのであった。
「ここが王妃様の部屋だ。お前らも初めてだろう」
いよいよアナスタシアとの対面である。サリムの別荘を抜け出して、実に半年ぶりの再開だ。あれだけ仲良くしていたというのに、いざ久しぶりに会うとなると緊張する。額から汗が流れ、俺は思わず息を呑み込んだ。
やがて扉が開かれた。そして部屋の中央に佇む彼女の姿に、俺の心臓は高鳴るのであった。純白のドレスに身を包み、こちらを真っ直ぐ見据えるアナスタシア。この衣装には見覚えがあった。俺が初めて彼女と出会った時。あの入隊式典の場で着用していたドレスと同じものであろう。
今でも覚えている。彼女のあまりの美しさに、俺はとてつもない衝撃を覚えたのであった。
そして俺は今、またも一瞬で心を奪われたのである。久方ぶりの再会を演出するかのような彼女の立ち姿に、動揺のあまり、一切の言葉が出てこなかった。
「……二人とも、本当に久しぶり」
そう言って彼女は微笑んだ。俺は高ぶる感情を抑えるべく深呼吸した。また生きて会えたのだ。今はその喜びを分かち合おう……。




