選挙法改正
『これからは民主主義の時代である! 諸君ら一人一人が、王国の命運を決する第一人者となるのだ! 全ては諸君らの一票にかかっている! どうか民友党に清き一票を! このランカスターに全てを任せて欲しい!』
ラジオから聞こえてくる選挙演説に、俺は大いなる時代の変化を感じ取っていた。10月26日の反乱からはや半年。ユトダイン放送協会の設立と共に全国各地でラジオ放送局が建設され、通信網の拡大が急ピッチで進められていったのである。
同時に各企業は廉価なラジオ受信機を大量生産し、国民はこぞってこれを買い求めた。今やラジオは全国民の主要マスメディアへと変貌したのであった。
「またランカスターの演説ね」
振り返るとそこには、身支度を済ませたリリアンが佇んでいた。久しぶりに見る彼女のドレス姿に、俺は何だか懐かしいような感じを覚える。
「そろそろ行くか」
俺は席を立ち、リリアンと共に階段を下っていった。
「ふむふむ、見えますよ。あなたは恋の悩みをかかえていますね?」
「……えっ? は、はい!」
一階にいるのはシャーリーと、彼女の占いを聞きに来た女性客であった。怪しげな衣装を身に纏い、来客相手に質問を投げかけるシャーリー。といっても彼女は相手の思考を読めるため、実際には占いと称した人生相談のようなものなのだが。
隣に佇むダレンも同様、遠い異国の呪術師のような衣装を身に着けている。流石に端正な顔立ちをしているだけあって、彼の扮装は実に様になっている。事実、来客の中にはダレン目当ての女性客も多くあり、それらの客は確実なリピーターとなってくれていた。中にはラブレターを携えて訪れる客もいるようで、その度にダレンは、困り顔で俺に相談してくるのである。
ガラス張りの玄関に目を遣ると、外には大勢の客が列を成して待機していた。ダレンとシャーリーが提案した占い商売のお陰で、俺たちは割と余裕のある生活を送れているのである。二人には本当に感謝しなければならない。
「行ってくる。留守は頼んだよ」
そうダレンへ声掛けすると、彼は手のひらを胸の前で合わせてお辞儀して見せた。まったく、実に徹底した役作りである。コンセプトはオリエント風の占い師だと言っていたが、その戦略も見事に的中していた。物質主義に偏りつつある昨今の世相に飽いた女性たちが、この店のエキゾチックで神秘的な店構えに惹かれてやってくるのである。意外にも、彼には商売の才能があったのかもしれない。
「にしても凄い反響ね。最初は反対だったけど、彼らと一緒に住んで正解だったかも」
最寄り駅へと足を進めながら、リリアンは感心するように呟いた。
「懐に余裕のある女性も増えている。ユトダイン国民の平均所得はここ半年で爆発的に上昇しているからな。……見てみろよ。また新しいビルの建設が始まったみたいだ」
目まぐるしく変貌する王都の様相に、俺はただ目を見張るばかりであった。王都の経済規模は今や、ユトダイン一の経済都市ナブールに迫る勢いで拡大しつつあるのだ。いや王都だけじゃない。このような光景はユトダイン王国の各都市で見受けられるという。王国全体が今、未曽有の経済発展を遂げているのである。
「これも全部ランカスターの功績……。今回の選挙、間違いなく民友党が勝利するわね」
「ああ。ランカスターの国王就任から全てが変わったと、大半の国民はそう感じている。それは半分、事実でもあるからな」
クーデターの後、国王に就任したランカスターは首相代理のランプリングと様々な改革に着手した。経済面ではユトダイン銀行総裁マイケル・パティンソンを内閣へ迎え入れ、パティンソン蔵相主導のもと通貨発行量を増大させたのである。結果としてインフレーションが起爆剤となり、停滞していた王国経済は瞬く間に復活したのであった。また外国資本の積極的誘致により各種産業を活性化させ、ユトダイン王国は産業革命以来の経済成長期へと突入したのである。
また政治面で着手された改革は、王室権限の縮小に関わるものであった。これには多くのユトダイン国民が困惑し、同時に賛辞の声を上げることとなった。
すなわちランカスターは自らの手で、国王の権限を大幅に縮小したのである。そしてつい一か月前、彼はラジオ放送で一時間半にも渡る大演説を行ったのだ。
『諸君ら国民の時代が訪れる。民主主義の時代だ。これまで諸君らは特権階級に支配され、彼らの意のままに操られてきた。しかしようやく覚醒の時が訪れたのである。諸君らは自覚せねばならない。我が王国は世界各国に先立って、新たな第一歩を踏み出した。全ての国民が、己の意思で政治を決する時代が訪れるのだ』
この演説は選挙法の改正直後に行われた。全ての成人男女に選挙権を認める完全普通選挙の実現。これは世界初の試みであり、ユトダイン選挙法改正の報は世界各国に衝撃をもたらしたのである。
そして、直後にランカスターは王室からの離脱を宣言したのだ。
『私の心は民と共にある。いや、民と共にありたいと強く願っている。ここに宣言しよう。今この時をもってして、私は、王室を離脱する……』
俺はこの時、リアルタイムで彼の演説を聞いていた。そして彼の思惑をようやく悟ったのである。
『我が兄ジェームスは元来、正当な王位継承者であった。彼こそユトダインの象徴たるに相応しい人物である。彼は礼節を重んじ、全ての者を慈しむ深い情愛を有している。だからこそ私は、彼に王位を譲るべきだと考えたのだ。今後私は諸君らと同じ一般市民として活動する。
私は兄の様に良い人間ではない。……しかし私には熱意がある。決心がある。王国の更なる発展に寄与する為、全てを投げ打つ覚悟がある。国民諸君、どうか私と共に戦って欲しい! 私と共にユトダインの未来を築いて欲しい!』
多くの国民がこの演説に熱狂し、また多くの国民がこの演説に涙したという。そして放送後間もなくランカスター国王は退位し、そのまま王室を離脱したのであった。
ランカスターの後継として、国王の座にはジェームスが即位した。空席であった王妃の座にはアナスタシアが就任し、遂に彼女はユトダイン王国の王妃となったのである。
「君はどこに入れた?」
「もちろん民友党さ。ランカスター内閣の発足をこの目で見たい」
「当然だよな。僕もランカスターに政治をやってほしい。彼は経済にも精通してるんだ」
地下鉄のホームで電車を待っていると、会社勤めらしき男らの会話が聞こえてきた。どうやら二人とも、ランカスターの所属する民友党を支持しているようである。
王室を離脱したランカスターはその後、民友党の党首に就任した。彼の狙いは政党政治の実現だ。もし今回の選挙で民友党が圧倒的多数の票を獲得すれば、ユトダイン初の政党内閣が誕生するだろう。恐らく彼は民主化のアピールを行いたいのだ。これまで築いてきた庶民派王子としての側面を最大限に生かしつつ、国民の圧倒的な支持を獲得する。その中で民友党員が議席を独占すれば、首相就任後には自らの政治手腕を如何なく発揮できるようになる。彼は更なる改革に着手する為、国家運営を己の手中に収めたかったのだろう。
「ニック……どう思う?」
リリアンにも彼らの会話が聞こえていたのであろう。俺は自らの右手に刻まれた紋章を盗み見て、彼女の疑問にこう答えるのであった。
「今は静観するしかない。それよりアナスタシアの状況だ。約半年ぶりに、彼女と会えるんだから……」




