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新たなる旅

 11月も中旬に差し掛かっていた。冬の到来を感じさせる、冷たい風が肌を刺す。戒厳令下の王都中心街は活気を取り戻しつつあり、街路は人で溢れ、商業活動も順次回復しているように見受けられた。来るべき冬に備え、薪を担いで帰路に就く若き婦人の姿に、昼間から酒をあおる労働者達の笑い声。その光景は反乱発生前と何も変わらず、国を揺るがす大事変など、どこ吹く風といったように日々の生活を送っているのである。


 「これからどうするの?」


 街路のベンチに座り込み、俺とリリアンは呆然と街の様子を眺めていた。時刻はもうじき正午である。巨大なトランクを脇に置き、二人並んでベンチに座る俺たちの姿は、まるで駆け落ちのため地方から上京してきた無宿人のように映ることだろう。特に考えの無かった俺は、彼女の質問を受けこの先の進退に思考を巡らせた。


 「軍は除隊になったし、新しい仕事でも探さないとな」


 「そうね、あたしも。……バスガールでもやろうかしら」


 「大丈夫か? 君は女子なんだし、一旦家元に戻ればいいじゃないか」


 近年職業婦人などといった存在が注目され始めているが、未だ社会とは女性にとって厳しい世界である。それこそバスガールのような、一見華やかに見える職業でさえも薄給で、また軍人のように世間から評価されることもない。酔った客から冷やかしの言葉を受けることも少なくないし、何より彼女は気が強すぎる。とても客商売が出来るとは思えないのだ。


 「帰る家も無いのよね。適当に男でも捉まえて、養ってもらうのもアリかなー」


 「それだけは止めとけって。だったら俺といればいいじゃないか」


 「……何それ、プロポーズ?」


 彼女にじっと見つめられ、俺は慌てて次の台詞を考える。


 「いやそうじゃなくて。何にせよ、王都を離れるつもりは無いからさ……」


 すると彼女は目線を外し、空を仰いで小さく笑みを溢した。


 「最初から、ニックの側に居るつもりで考えてたわよ。勿論アナスタシアのこともあるしね」


 そう語る彼女の姿に、心臓の鼓動が少しばかり早まるのを感じた。まれに彼女は、俺の心を乱すような態度で接してくることがある。その真意は掴めないが、不思議と悪い気はしない。ただ妙にドキリとさせてくるので、出来ればこうした含みのある対応は控えてもらいたいものである。


 「そうだリリアン、君に言わなきゃいけないことがある」


 「なに、能力のこと? まだ何か説明があるわけ?」


 俺は先ほど、ようやく彼女へ俺の秘密を全て打ち明けることができたのであった。俺が契約者であることは薄々気付いていたようだが、過去へ戻れるという能力には流石に驚かされたらしい。それから俺は、これまでの経緯を全て語ってみせた。サリムの別荘を逃げ出して、王統革新党のクーデターに参加するまでの軌跡を、余すところなく説明したのである。


 しかし俺はまだ、最も大事な言葉を彼女へ告げていなかった。彼女が予想に反して友好的な態度を取るものだから、ついついそれに甘んじてしまっていたのである。


 「いや、その……。サリムでのことだよ。あの時君の気持も分からずに、自分勝手に怒ったりしてすまなかった。これまで君に隠し事をしていたことも、君に何の説明もなく姿を消したことも。全て悪かったと思ってる」


 「……いいえ、こちらこそ……あの時はごめんなさい」


 彼女は視線を落とし、思い詰めた表情で小さく頷いた。いつものように怒ってくれればいいのに。またも予想と異なる反応に、俺は胸を締め付けられる思いであった。


 「謝らないでくれ。王室衛兵との戦闘時も、君が来てくれなかったら危なかった。本当に助かったよ。でもそのせいで、君まで除隊処分になってしまって……」


 本来なら彼女まで除隊になる必要は無かった。俺を助けに来なければ、彼女は今でも王室衛兵の一員だったはずである。だが彼女は俺を助けに駆け付けてくれた。彼女が来なければ、俺は今頃どうなっていたか分からない。


 「ニックが姿を消した後、私はずっと後悔し続けてた。あんな形でお別れして、もう二度と会えないかもしれないと思うと涙が止まらなかった。だからホールデンからの連絡を受けた時、本当に安心したのよ。同時に今すぐ駆け付けなきゃと思って、サマンサを連れて王都へ向かったの」


 そう言えばリリアンはあの時、ホールデンの命令で戻ってきたと語っていた。サマンサも同様であったという。


 「一体、ホールデンは何と……」


 「ニックが反乱に加担しようとしてるって。彼の身が心配だから、すぐに王都へ来て欲しいと言われたわ。連絡があったのは、ちょうど反乱前日の早朝だった。それで私たちは運転手に命じて、一日中車を走らせ続けたの。何とか間に合って本当に良かった……」


 リリアンの瞳に涙が見えた。そこまで彼女を思い詰めさせてしまっていたことに、俺はひたすら反省の気持ちを抱くのであった。


 「もう何も言わずに消えたりしないよ。君に隠し事もしない。約束する」


 しかしリリアンは首を横に振った。そして彼女は涙を拭い、いつもの調子を取り戻すようにこう告げたのである。


 「いいの。ニックのそういう約束は、もう信用しないから」


 「本当に約束するよ。信じて欲しい」


 「いや信用しない。その代わり、どこまでも付き纏ってやるから。あんたが何考えてようと関係ない。勝手に消えさせやしないから」


 決意したようにそう言い放つリリアン。俺は少し困惑しながらも、彼女の言葉をありがたく受け止めることにした。 


 「ありがとう。ちょっと怖いけどね……」


 王宮の時計台が正午の鐘を鳴らした。陽が高く上り、空は雲一つない秋晴れの模様を見せている。何故だか気分が軽い。不思議なことに、これからどんなことだって出来そうな気がするのである。

 課題は積み上がるばかりだが、俺は一人じゃない。仲間と共に歩んでいけば、これからどんな困難だって乗り越えて行けるのだ。

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