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盟約

 「何やら話し込んでいたみたいだね」


 席に着くなり、ランカスターが探るような目付きでこちらを伺った。ジェームスとの会話が聞こえていたのだろうか。俺は念のため、知らぬ風を装うことにする。


 「別に、大した話はしてませんよ」


 「どうせ忠告でもされたんだろう? いいさ、兄さんが私を良く思っていないことぐらい、幼少の頃より気付いている」


 そこに悲しみの感情は見られなかった。まるで実兄ジェームスの存在など気にも留めていない様子である。しかし兄弟でこうも性質が異なるものだろうか。ランカスターの性格は、情に深いジェームスとはまるで対極に位置するものである。彼の言動からは、他者への情や関心が一切感じらないのだ。

 

 「それで、盟約ってのは一体何なんだ?」


 「話が早くて助かるよ。私からの要求はただ一点、ホールデンの収集した情報を私に開示すること、それだけだ」


 「……見返りは?」


 「今後私は生涯にわたり、アナスタシア王太子妃の命の安全を保障する。君が最も望む見返りだろう?」 


 確かにその通りだ。ランカスターがもし本当にアナスタシアの安全を保障してくれるなら、この提案に乗らないわけにはいかないだろう。しかし約束を破られたらそれまでである。生涯にわたり彼女の命を保障するなどという大それた口約束、ランカスターが本気で守るとも思えない。


 「ホールデンの情報を使って何をするつもりだ?」


 「政敵を排除する。その上で、次期内閣の布陣を完璧なものにしたい」


 「……それは、国王親政を実現するためか?」


 国王親政。すなわち国王が自ら政務を掌る政治形態である。ピリアス騎士会及び青年将校の連中が盛んに口にしていた言葉であり、またランカスターが望む最終目標なのではあるまいか。


 「ハハハ、そんな時代錯誤な思想は有していないよ。……その逆さ」


 俺を試すように見据えるランカスター。その目は冷徹な決意に満ち溢れていた。


 「戦争を、始める為か?」


 ジェームス王太子の言葉を振り返りながら、目の前のランカスターへ更なる質問を投げかけた。ヘルト帝国との全面戦争。それはすなわち、ユトダイン王国の滅亡を招くかもしれぬ一大行動である。


 

 「その通りだよ。逆に、戦争以外に現状打破の方法が思いつくかい? 代案があるなら教えて欲しいぐらいだ」


 「それは……」


 確かにランカスターの言い分も一理ある。ヘルト帝国の拡張政策は留まるところを知らず、我がユトダイン王国への圧力は日増しに強まっている。同盟派はヘルトとの協調関係を模索して、何とか戦争を回避しようと行動してきた。しかしリットンやダンバースを始め、一部の同盟派はヘルト帝国と内通して侵略を受け入れようとしていたのである。そして今やその悪巧みも世に広まり、同盟派の信用は地に落ちた。


 今更ながらホールデンの苦労が理解できるような気がした。ヘルトとの対立を回避するには、同盟派の力が必要である。しかしその一部が相手国と内通し、王国を売り飛ばそうとしていたのだから。

 一部同盟派の背信行為を牽制しながら、何とか他の同盟派を支援する。現状維持路線を保ち続けるには、この方法しかなかったのであろう。


 だが同盟派の信用は地に落ちた。俺たちの引き起こしたクーデターによって……。


 俺にはこの選択肢しか考えられなかったのだ。同盟派の一部はアナスタシアを暗殺しようとしていた。彼女を守るためには、王国の現状をひっくり返す他選択肢が無かったのである。


 それはつまり、同時にランカスター率いる王統派の台頭を許すことに繋がる選択肢であった。ヘルト帝国の圧力を跳ねのけ、完全なる自主独立の路線を歩むという選択肢である。俺はアナスタシアを救おうと躍起になるあまり、俺の行動がもたらす外交的な影響にまで考えが及んでいなかったのだ。


 ……しかし、そんなことはどうでもいいのかもしれない。王国がどうなろうと、国が戦争の惨禍に巻き込まれようとも関係ないのではないか。それがアナスタシアを守る最善の策であるなら。


 反乱を起こし、一部同盟派の動きを止めなければ彼女を守ることは出来なかったのだ。それは結果として戦争を招く可能性のある動きであったが、どちらにせよ彼女が殺されれば、ヘルト帝国軍の侵攻は免れられなかった。


 「ヘルト帝国は今、リトラス併合問題への対応で余裕を失っている。ヘルト軍はリトラス義勇軍の鎮圧に追われ、加えてルネスタン共和国がリトラスへの支援を開始した。……全て、私の目論見通りに事は動いている」


 「……お前、もしかして」


 「概ね君が想像する通りだよ。小国リトラスの義勇軍が、大国ヘルトの陸軍相手にまともに戦えるわけがないだろう。しかし義勇軍蜂起から約一週間経った今、ヘルト側は苦戦を強いられ続けている」


 「資金提供か。リトラス抵抗運動の扇動も、まさかお前が……」


 「もちろん私一人でやった訳じゃない。国内の一部協力者や、ヘルト拡大主義を危険視する各国要人とも連携してる。ルネスタン政府の説得には少々手こずったがな」


 10月22日に始まったヘルト=リトラス紛争は、リトラス義勇軍の奮戦により泥沼の様相を呈していた。またヘルト帝国と肩を並べる軍事大国、ルネスタン共和国がリトラス支援を表明したことにより、戦闘は長期化の兆しを見せ始めていたのである。


 「これで当分の間、ヘルト帝国はユトダインへ干渉できないだろう。二年だ。あらゆる外交手段を用いて、最低でも二年の猶予を稼ぎ出す。その間に陸軍改革と装備の近代化を推し進め、ヘルト帝国に対応可能な軍事力を手に入れるのだ」


 少なくとも一部同盟派と異なり、ランカスターは戦争に勝利しようと考えている。もし彼の計画が上手くいくならば、もしやヘルト帝国に一泡吹かせることもできるかもしれない。


 だが俺にとって、本質はそこではないのである。ヘルト帝国に勝てようが勝てまいが、アナスタシアの安全が守られなければ意味が無い。ランカスターは生涯にわたり、アナスタシアの命の安全を保障すると持ち掛けた。その約束を完遂してくれるのか。そこが問題の本質なのである。

 

 「どうやってお前の言葉を信じればいい? 本当にお前は、約束を守ってくれるのか?」


 「……確証が欲しいか?」


 ランカスターが、握手を求めるように右手を差し出した。そして、次の瞬間発せられた台詞に、俺は愕然としたのである。


 「私は契約者だ。能力の名は『盟約』と呼んでいる。と言っても、これまで一度しか使ったことが無いのだがね」


 ユトダインの歴史上、王族の契約者は判明している限りでも数例しか類を見ない。王位継承権を持つ王族で、確認できる最後の契約者の存在は約二百年前にも遡るのだ。ちなみに国王経験を有する契約者の存在は初代国王のみ。もしランカスターの言葉が本当なら、彼は史上二人目の、精霊に選ばれし国王だということになる。


 「盟約……それは一体……」


 「お互いが心から同意した盟約を結ぶ時、私の能力は発動する。盟約を結んだ双方は、互いにそれを破棄することが出来なくなるのだ」


 「破棄することが出来なくなるって……」


 「例えば君が今、私の提示した条件に心から同意してこの手を握ったとしよう。すると能力が発動し、私と君はお互いに約束を破れなくなる。私はアナスタシアの安全を保障する。君はホールデンから受け継いだ情報を開示する。もしその約束を破ったら……その者には死が訪れる」


 契約者自身にも死のリスクが伴うという、実に風変わりな能力である。もちろん対価の支払いが死に繋がる可能性も囁かれているが、それとはまるで異なる話である。ランカスターの能力は、発動させた時点で自身にも死のリスクが伴ってくるのである。例えばもし今ここで、俺がランカスターと盟約を結んだら。それでもし、彼がアナスタシアの命を守り切れなかったとしたら。自動的に彼の命も失われることになるのである。


 俺の頭には、とある疑問を思い浮かんでいた。彼の契約に関する素朴な疑問である。


 「お前が契約を交わした精霊は、もしかして……。言葉を話せたりしないよな?」


 するとランカスターは差し出していた右手を引っ込め、珍しく神妙な顔つきでこう問いかけた。


 「何故そう思った?」


 答えは簡単である。俺の契約相手の精霊が人間の言葉を話せるから、その一言に尽きるのだ。彼の能力は俺の過去戻り同様、解説無しで理解できる代物ではないだろう。


 「精霊は人間の言葉を操れない。だから契約者は、経験を通して己の能力を知ることになる。……しかしお前の能力は実に特殊だ。発動条件が複雑で、とても一度の使用で理解できるものでは無い。にも関わらずお前は、これまで一度しか能力を使っていないと語っていた。そもそもおかしな話だろう。お前が約束を破れば、お前自身に死が訪れる。その条件をどうやって知ったんだ?」


 ランカスターは少しの間沈黙を続け、やがて次のように言葉を発した。


 「……君は、ユトダイン民族の発祥についてどう考えている?」


 彼の質問に俺は困惑した。一応国史によれば、ユトダイン王室の発祥は約二千三百年前に遡るという。しかしそのレベルの話になると最早神話の世界のおとぎ話であり、資料も散逸して確かな歴史など分からない。近年様々な学説が出ているものの、その全てが憶測の域を出ないのである。


 「初代国王は神であり、その威光をもってユトダイン王国の基礎を確立した。学校ではそう教わった」


 「神話の話ではない。君も幼年学校を出ているんだ、歴史学会の見解ぐらい耳にしたことがあるだろう。ヘルト皇室とユトダイン王室の関係性についての話だよ」


 ヘルト皇室の家系が、ユトダイン王家と深い関係性にあったという学説のことだろう。端的に言えば、ユトダイン王家とヘルト皇族はもともと一つの家系であったという話である。しかしこの説は根拠に乏しく、学会でも一部の学者のみが支持する異説であるのが現状だ。


 「もちろん聞いたことはあるが……。俺の質問に答えて欲しいな。お前の契約相手の精霊は、人間の言葉を操れるのか? でなければどうやって、その複雑な能力の詳細を理解できたんだ?」


 するとランカスターはため息をつき、含みのある表情を見せながらこう告げた。


 「……まあ、そんな話はどうでもいいだろう」


 彼は再び右手を差し出した。この手を握れば、本当に彼の能力が発動するのだろうか。本当に、彼は全力でアナスタシアの命を守ろうとしてくれるのだろうか。


 「もし私が嘘をついてたとしても、君には過去へ戻れる能力があるだろう?」


 出来れば能力は使いたくない。しかしランカスターの提示する条件は、ホールデンから受け継いだ情報を開示すること。ただそれだけなのだ。それさえ果たせば俺にリスクは降りかからないのである。対してランカスターは、生涯を通してアナスタシアの命を守らなければならない。それが果たせなければ、彼にもとには死が訪れる。そこまでのリスクを冒してまで、ランカスターは俺と盟約を結ぼうとしているのだ。


 「分かった。お前の提案に乗ろう」


 俺はランカスターの右手を強く握った。お互いの右手の甲に、見慣れぬ紋章が浮かび上がる。一羽の鳥が羽ばたこうとする、その瞬間を描いた古代絵画のような紋章であった。


 「盟約の印が刻まれた。この印は、お互いの責務が果たされるまで消えることは無い。私の責務は生涯にわたりアナスタシアの安全を保障すること。つまり、私が死ぬまでこの紋章は消えぬということになる」


 ランカスターは感慨深げに、自らに刻まれた紋章を眺めていた。


 俺は再び泥船に乗り込んだ。全てはアナスタシアを守る為、大切な仲間を守る為の行動である。心の中で何度もそう言い聞かせた。俺は大切な人のために進み続ける。その為なら、どんな手でも使うことが出来るのだと。

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