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消失と苦悩

 俺は全てを説明した。ジョシュアとの短い思い出から上書きで見た光景、そして過去戻りの直後に、彼の姿が消えていたことについて。


 「わたしたちはその……、ジョシュアってひとと、お友達だったんだ。でも今ニックがしてくれた話は、わたしの記憶には全くないの……」


 「僕も同様だ。ジョシュアという名前すら聞き覚えが無い」


 俺の頭がおかしくなっているのだろうか。最初からジョシュアなどという人物はいなかった。全て俺の見た幻であったとでも言うのだろうか。しかし、過去戻りの光景にははっきりと、彼の姿が映っていたのだ。彼は確かに存在した。存在したはずなのだ。


 「攻撃目標は諜報局本部! 進軍開始!」


 プロクターの号令と共にに、二百名の陸軍部隊が進軍を開始した。状況は俺を待ってはくれない。急ぎプロクターの下へと駆け寄り、俺は報告を行った。


 「先に諜報局付近へ向かいます。それと、一点報告があります」


 「何だ、言ってみろ」


 「王室衛兵は動きます。出来るだけ速やかに進軍を」


 「……君の情報はいつも出所が不確かで、どうにも信用ならないのだが。信頼に足る情報であると誓えるか?」


 「はい、誓って嘘は申し上げません。必ず王室衛兵は動きます」


 「承知した。我々が到着するまで戦闘は避けよ。もし衛兵が現れたら……、全力で対応する他ないな……」


 「こちらも警戒しつつ動きます」


 「ああ。武運を祈る」


 俺は二人の下へと戻り、作戦の変更を提案することにした。


 「恐らく王宮外西のビルには王室衛兵が現れる。ジョシュアも……きっと衛兵にやられたんだろう。作戦を変更したい」


 「作戦変更については僕も同意見だね。王室衛兵の恐ろしさはよーく分かってるから」


 皮肉めいた苦笑いを浮かべるダレン。王室衛兵の殆どは強力な契約者で構成されている。ダレンの能力も勿論強力なものであるが、複数名で掛かられれば打ち負かすことは難しいだろう。


 それに、この先俺の能力がどれほど役に立つか分からない。いやむしろ、もう二度と能力を使いたくないとまで考えている。救いたい命を救えないどころか、一人の人間の存在を消し去ってしまったかもしれないのだ。俺はきっと、ジョシュアの命を救うために能力を行使したのだろう。しかし結果は……この通りである。やはり俺の能力のせいで、ジョシュアの存在は消えてしまったのだろうか。


 どうにかして彼を取り戻したい。今から更に過去へ戻ってみるか? しかし、更に悪い状況になってしまったらどうする? ダレンやシャーリーの存在まで消えてしまったら……。今までこんなことは起こらなかった。アナスタシアを救った時も、リリアンを救った時も。


 もしジョシュアの消滅が能力に起因するものだったとしたら。例えばアナスタシアのケースを考えてみると、彼女が消えることはまずないだろう。彼女と精霊は表裏一体の存在である。単なる憶測に過ぎないが、アナスタシアが消えたらあの精霊も消えてしまうのではないだろうか。


 そう仮定した時、最も不可解なのがリリアンのケースである。ナブールのホテルにて、恐らく彼女はダレンに殺害された。別に今更ダレンを非難するつもりもないが、事実として彼女は殺されたのである。俺はきっと、彼女を救うために能力を行使した。ナブールへ向かう道中に戻り、俺は宿泊先の変更を訴えたのである。結果俺たちはナブールでの難局を切り抜け、誰一人として欠けることなくサリムの別荘へたどり着いたのだ。


 あの時のリリアンのケースと、今回のジョシュアのケース。この二例に一体どんな違いがあるというのだ。精霊の話を鑑みるに、彼女らは一定の法則に従っていると思われる。対価の内容は明かしてくれないものの、契約内容は無軌道なものではなく、それこそ一定の法則に従ったものである筈だ。例えばダレンは、能力を連発すると例外なく呼吸困難に陥ると語っていた。彼の研究施設時代の仲間たちも同様であったらしいし、やはり契約には各々、何らかの法則が存在する。ジョシュアが消えてしまったのも、何かの法則に則った現象であるというのだろうか。


 「ニック。とにかく、これからどう動くか決めた方が良いよ。既に部隊は移動を始めてる。王室衛兵が動くなら猶更急がないと……」


 「分かってるよ! 今考えてんだ!」


 正直冷静に考える余裕が無い。この際反乱の行方など知ったことではないのだ。ジョシュアを取り戻さなければ。

 ……一体どうやって? アナスタシアはきっとサリムの別荘にいるのだろう。いや、既に別地へ移動しているかもしれない。彼女に触れなければ精霊を呼び出せない。契約に関する情報を引き出すことが出来ないのだ。


 「……すまない。君にとっても、それにきっと、僕たちにとっても大事な友達だったんだよね。でも、僕たちは思い出せないんだ。協力してあげたいけど、何も分からない」


 サリムへ向かうか? それに、例えアナスタシアがサリムを離れていたとしても、シャーリーの感知があれば何とか居場所を突き止めることぐらい出来る筈だ。精霊から情報を引き出せれば、ジョシュアを取り戻す方法だって分かるかもしれない。


 しかしクーデターはどうする。ホールデンの思惑は? 彼は俺の目的を知った上で、命令に従えと言ってきた。今回の彼は少し違った。もしかしたら本当に、彼の言う通りにした方が良いのかもしれないのだ。今サリムへ向かえば、クーデターがどんな結末を迎えるか分からない。


 その為の能力じゃないか。ダメだったらやり直せばいい。何度だってやり直せる。何度だって大切な人を救える。その為の能力だった。筈なのに、彼は消えた。


 もし精霊と接触できたとして、彼女が何も明かさなかったら? 精霊は対価に関する情報を話すことができない。もしジョシュアの消失が、俺の対価と密接に結びついていたとしたら……。全ての時間は無駄となり、俺はまた過去戻りを強いられるかもしれない。そして過去に戻ったとして、シャーリーやダレン、リリアンやロイド、フットもサマンサも、また誰かを失うことになってしまったら……。


 「たぶん、能力はつかわないほうがいいと思う。その……ジョシュアさんがいなくなっちゃったことと、ニックの能力は、きっと関係してる。だから今は、今すべきことをして、全部終わったら一緒に考えない? それからでも遅くないとおもうの」


 「ジョシュアを諦めろってことかよ……」


 「……そうじゃなくて。ニックがいますごく色んなことを考えてるのは分かる。つらいのも分かるし、必死なのも分かる。でもぐちゃぐちゃになっちゃってる。あのね、ちょっとおもったんんだけど。ジョシュアさんの消失がニックの能力と関係してるなら、今解決できることじゃないと思うの」


 「だったら後回しにして、解決できるのかよ。シャーリーはあいつのこと忘れちまってるから、そんな呑気なことが言えるんだ」


 「……うん、そうかもしれない。でも聞いて。今解決できないのは情報が無いから。ニックは精霊に会えば何かがわかるって思ってるでしょ?」


 「いい加減にしてくれ! 俺の思考を勝手に読んで、俺のことを分かったつもりか!?」


 「分かってないよ! 分かってないけど……。お願いだから聞いて? ニックの力になりたいの。聞いてから、違うっていっていいから……」


 涙を浮かべて訴えるシャーリー。俺は何も言えなかった。彼女はそのまま、必死に言葉を選びながら話を続ける。


 「ニックは精霊に会えば何かが分かると思ってる。その可能性は十分にありえる。でも何も分からないかもしれない。その可能性も十分にありえる。どっちにしても、精霊に会わなきゃどうなるか分からない。これがニックのひとつめの選択肢。精霊に会うっていう選択肢なの。それとはべつに、ニックは反乱の行く末も、ホールデンの思惑も気にしてる。これがふたつめの選択肢。反乱に協力して、ホールデンの意図を探る。反乱の行く末を確かめるっていう選択肢なの。このふたつの選択肢は両立しない。アナスタシアを探して精霊に会えば、反乱のゆくえはニックの手をはなれる。反乱に協力してホールデンの思惑を探れば、今すぐ精霊に会うことはできなくなる。それでね、大前提として、ニックは過去戻りを使うべきじゃない。ニックもそう思ってるでしょ? もしかしたらまた大事な誰かを失うかもしれないって。それでわたしはこう考えたの。精霊に会うのはいつでもできる、アナスタシアと会えればいつだって。でも反乱のゆくえは今しか分からない。もしクーデターの結果がまずいことになったとして、ニックはその時過去に戻れる? 何もわからないまま、リスクを冒してまで」


 「クーデターに協力する選択肢を取ったとして、君たちが死んだらどうすりゃいいんだよ? それこそジョシュアの件の二の舞になるかもしれないじゃないか!」


 「でも反乱の結果が大変なことになったら!? ジョシュアさんを取り戻すどころじゃなくなるよ! それに何よりもニックが考えなきゃいけないのは、アナスタシア王太子妃の安全でしょ!?」


 「そのために君たちまで犠牲にしろと!?」


 「わたしたちは戦えるよ! ダレンもいる! ニックもいっしょにいる! 王室衛兵が動くのも分かってる! どっちのリスクが高いとおもう? 反乱が失敗すれば、一部同盟派はアナスタシアを狙い続ける。わたしたちは指名手配犯になるでしょう。それで彼女を守り続けられる? ジョシュアさんを取り戻せる? わたしは今までいろんなひとの頭の中をのぞいてきた。いろんな陰謀をみてきた。ホールデンの思惑が、抜き差しならないものであることもわかる。ここが分かれ道、二度とこんなチャンスは訪れないよ!?」


 それでも二人が死ぬ可能性は捨てきれない。もう誰も失いたくないんだ。


 「わたしたちは死なない。一緒に生き残って、ジョシュアさんを取り戻す方法を考える。むかつくけど、アナスタシア王太子妃も守り切る」


 「……どうしてそこまで言えるんだ」


 「ニックが好きだから! ねえダレン!?」


 「まー、もちろんシャーリーの好きとは違うよ? でもこの子の言うことには従っといた方がいいかなー。後で怖いよ?」


 未だに何が最善かは分からない。でも、彼女の言う通りではあるのかもしれない。きっと、俺と二人の感情は全く異なるはずだ。ジョシュアを覚えている者と忘れた者。俺の直接的な感情を二人に理解してもらうことは難しい。だからこそ、シャーリーは合理的な判断を提示してくれたのだ。彼の消失が俺の能力と直結していることは明らかである。だとすれば、今すぐに精霊と接触しようが、この件を後回しにしようが、結果は変わらない可能性が高い。どちらにせよ、今の俺に能力を行使する選択肢は無いのだから。


 「作戦を一部変更する。ダレン、まずは王室衛兵本部の様子を確かめたい」

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