宴
クーデターの決行日は3日後、10月26日に決定された。25日午後よりピリアス騎士会本部にて最終調整を行うとのことである。伝達を終えたジョシュアは、そのまま踵を返して出口へと向かい始めた。
「ちょっと、いいかな……」
呼び止められたジョシュアが、再び俺の前へと歩み寄る。
「何か本部へお伝えすることがありますでしょうか?」
「いや、計画の話じゃなくてな。……そうだな」
彼にシャーリーの事を聞きたかったのだが。こう儀礼めいた応対を取られると、軽い雑談もしにくいというものである。
「ピリアス本部からの命令もあるだろうけど……。俺、堅苦しいの苦手でさ。もっとくだけた感じで大丈夫だよ」
と言っても難しい話だろう。彼は崇高なるピリアスの騎士であり、己の役割に忠実な男である。だがシャーリーは彼の事を友だちと言っていたし、仲良くなることぐらい出来るのではないか……。
「あっ、いいんスか? いやー、俺もダルいなーと思ってたんすよ!」
「……おっ、おお」
あまりにも極端な変わり身に、俺は金づちで殴られたかのような衝撃を覚えてしまった。へらへらと笑いながら姿勢を崩すジョシュアに向けて、俺はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「いやね、ニックさん優しそうな感じだったから、いつ切り出そうかなーって思ってたんす。俺こういうの向いてないんすよマジで」
「……いや、むしろよくここまで隠してこれたな」
「他の人相手なら崩しませんよ? 俺けっこう人を見る目あるんすけど、絶対ニックさんは礼儀とか苦手なタイプだと思ったんすよ。なんつーか、俺と似たものを感じる?っていうか」
流石に似ているとは言えないが……。彼の言う通り、俺もこうしてフランクに接して貰えた方が有難い。
「……まあそれでな、折角だから君のことも知りたいと思って」
「いいっすね、決起に向けて一杯やりますか! 酒持ってきますんで待っててください」
「いや、俺酒は……」
「あー、この辺ドラッグストアあったかなー」
こうして俺の声も届かぬまま、ジョシュアは部屋から飛び出して行ってしまったのである。
不味いことになった。何しろ俺は、これまで酒を飲んだ経験がほとんど無いのである。未成年飲酒禁止法が制定されたのはつい最近のことであるが、俺の家族は両親ともに下戸であり、小学校時代より家で酒を飲む機会が無かったのだ。
その後陸軍幼年学校へ入ると、まれに不良めいた同級生が酒を持ち込んで、下宿部屋で酒盛りを開くこともあった。その場の空気を読んで多少飲んだりはしたものの、酔った感覚を覚えたことは一度も無かった。それに、あまり酒を美味しいとも感じられなかったのだ。
さてジョシュアが戻ってくると、彼の懐には二本の酒瓶が抱えられていた。加えて割り材らしきボトルも買ってきたようである。
「安物のジンっすけど。あとトニックは高いんで、ソーダ水で勘弁してください」
「ああ。何でもいいよ……。グラスがいるな、持ってくるわ」
ここで怖気づいては面子が立たない。俺は平静を装いながらグラスを手に取り、テーブルに並べたてる。ジョシュアの手でジンとソーダがなみなみと注がれ、手製の名も無きカクテルが完成した。
「ライムがありゃ完璧なんすけどね。それじゃ、反乱の成功を祈って!」
俺たちは互いにグラスを交わし、一杯目の酒を一挙に飲み干した。ジンの突き抜けるようなアルコール臭が鼻を刺し、強烈な刺激が喉を焼く。ジョシュアの配合のせいだろう。明らかにジンの配分が多すぎるのだ。
「カーッ! サイコーっすね!」
「お前配合メチャクチャじゃねえか! 喉潰れるっつーの」
「そっすか? 俺なんていつもストレートっすよ?」
生意気な調子で笑みを浮かべるジョシュア。俺は無言で酒瓶を手に取り、今度は割り材無しでジンを注ぎ込んだ。そしてまたも一気に飲み干して、グラスをテーブルに叩き付ける。
「俺だって余裕だぜ?」
「か~っ、やる気っすね。俺結構強いっすよ?」
それから一気飲みの応酬が続き、一リットルの酒瓶は瞬く間に半分を切ってしまった。ジョシュアの頬に赤みがさし、表情も大分緩んできている。
しかしこの男、言動やしぐさを抜きにしてみれば、やはりどう見ても少女にしか思えぬ顔立ちをしているのだ。体格も華奢で小さく、制服の袖から覗く真っ白な手の甲も、細くしなやかな指先も、軍人ばかり目にしてきた俺からすれば男のそれとは思えないのである。ダレンも同じく美青年ではあるが、彼の特徴がエキゾチックな男の色気にあるとすれば、ジョシュアの容姿は可憐な少女そのものと言ったところであろう。
「どしたんすか? 俺の顔になんか付いてます?」
「気になってたんだけどさ、お前ホントに男だよな?」
「神妙な顔して何考えてんのかと思えば。んなら脱いで見せましょうか?」
「ハハハ! いやいいって! ちょっと気になっただけだから」
「言っときますけど俺、そっちの気ないっすからね」
ジョシュアが疑るような目付きで俺を睨む。妙な勘違いをされそうなので、俺は慌ててお互いのグラスに酒を継ぎ足した。
「まだまだ足んないだろ? もっと飲もうぜ!」
「そっすね! やっとエンジン掛かってきたっすよ!」
こちらは既にかなり酔いが回っていた。些細なことが可笑しくてたまらず、事あるごとに手を叩いて大笑いしてしまう。アルコールとはこんなにも愉快なものであったか。
それから俺たちは更に酒を飲み進め、とうとう一本目の酒瓶を空にしてしまった。結局割り材のソーダ水には殆ど手を付けず、延々とジンのストレートを呑み続けていた俺たちは、とうとうタガが外れてどんちゃん騒ぎに興じ始めていた。
「んじゃそっちも見せてくださいよ! デカさ比べと行きましょう!」
「よーし分かった! 負けた方が一杯な!」
俺たちは同時にズボンを下げ、お互いのブツを見せつけ合う。
「なかなかやるじゃないっすか」
「そっちこそ。お互いに一杯だ」
その時であった。部屋の扉が開き、ダレンが顔を覗かせたのである。
「あ……、お邪魔しましたー」
「いや待て! 違うから!」
慌ててズボンを引き上げ、扉を閉めようとするダレンの腕を掴んだ。彼は苦笑いを見せながら振り返る。
「いやいや、大丈夫大丈夫。二人で楽しんでね」
「お前絶対勘違いしてるって!」
そう言いながらも俺は、自分たちが勘違いされている状況に笑いをこらえきれなかった。独りでに笑い出す俺を困惑の目で見つめるダレン。すると今度はシャーリーがやってきて、不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「わあ、なんか楽しそうなことやってる~」
俺とダレンの間をするりと抜け部屋に入るシャーリー。そして放置された俺のグラスを見つけると、残っていた酒を一気に飲みこんでしまった。
「コホッ……うええ、まずい」
「おいおい、大丈夫か?」
「のんじゃった……」
彼女はそう言って、俺とジョシュアの手を取った。
「二人だけで遊ぶのはずるいよ! みんなで楽しもう!」
「そっすね! 共有ルームでやりましょう! ダレンさんもご一緒に!」
俺たち三人に見つめられ、ダレンも観念したように笑みを零す。
「まー、せっかく新しい食料もあることだしね。今夜はパーッと行きますか」
共有ルームへ移動した俺たち四人は、ダレンの持ってきた食料をテーブルに広げ、各々大いに飲み食いした。ダレンは歌が得意なようで、俺たちが聞いていようが聞いていまいが、酔いに任せて軍歌や流行歌を高らかにを歌い上げている。
「おーい、ニック~」
シャーリーがふわふわとした足取りで、俺の体に抱き着いてきた。俺は不意に昨日の件を思い出し、酩酊状態ながらも鼓動の加速を感じ取った。
「おっと、どうしたんだシャーリー?」
思わず不自然な語り口になってしまった俺を見て、シャーリーは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あれー? わたしのこと、変な目で見ないんじゃなかったのかな?」
するとジョシュアが、興味津々といった様子で、勢いよく身体を乗り出してくる。
「え!? それどういうことっすか!? ニックさんもしかしてそーゆう感じっすか!?」
「ちげーって!」
俺はシャーリーの両肩に手を乗せ、抱き着く彼女を無理やり引きはがす。すると彼女は顔を伏せ、わざとらしく泣きまねをして見せるのだ。
「ひどいわ。昨日はキスだってしてくれたのに……」
彼女の台詞に、ジョシュアが唖然とした表情で俺を見る。
「ニックさん。結構やることやってるんすね……」
思い切り否定してやりたかったが、事実は事実なので言い訳が見つからない。それに加えて泥酔しているものだから、思考すらまともに働かないのである。
ダレンはダレンで神妙な面持ちで、何か思い悩むような態度を見せている。
「……なるほど、両刀使いってわけね。でも二股は感心しない。彼女と交際したいなら、そこの男とは関係を切ってもらわないと」
「君は何を言っているんだ……」
やがて夜も更け、宴は終わりを迎えようとしていた。ジョシュアとシャーリーは座ったまま眠りについており、俺にも激しい睡魔が襲いかかる。ダレンもうつらうつらと首を動かし、既に微睡の中にいるようであった。
俺は静かに瞳を閉じた。こんなに羽目を外したのはいつぶりであろうか。思えば入隊式典から一か月が経とうとしていた。あれから色んなことがあった。まさか王太子妃の側近になるとも思わなかったし、彼女を狙っていた暗殺者と手を組むことになるなんて、想像すらしていなかった。ましてや国家転覆を企むクーデターに肩入れしようとは、夢にも思わなかったのである。
深い眠りへと沈みゆく。今日の楽しさを胸に抱いて。




