ホールデン
「にしても、これがホールデンの邸宅ねえ。大層立派な門構えじゃないか」
呑気に呟くダレンの様子を横目に、俺は垣根の隙間から敷地内の様子を伺った。
「警備の姿は見えないな。不用心すぎやしないか?」
「こちらとしては好都合だよ。で、やっぱり奴の感知は出来ないのかい?」
ダレンの問いかけに、シャーリーは困り顔で頷いた。
「なんでだろう……。顔はちゃんと見たのに、何にも聞こえてこないの」
俺たちはまず、ホールデンの帰宅時を狙って彼を待ち伏せしていたのである。彼の姿をシャーリーに視認させれば、後は彼女のテレパシーで情報を引き出せる。……筈だったのだが。
「まさか、奴の能力か……」
「能力封じだっけ? でも他の人には能力使えてるんでしょ?」
「うん。ニックの声も、ダレンの声も聞こえる。ホールデンの声だけが聞こえないの……」
そもそも俺は、ホールデンの能力について全てを理解している訳じゃない。奴は自身の能力について詳しく語らなかった。入隊式典の共闘で、奴が語っているのを断片的に聞いただけなのである。
ホールデンの能力は恐らく『能力封じ』である筈だ。対象の能力を封じるだけでなく、奴は物質にまでその効力を付与することができると思われる。例えば諜報局が使っている能力封じの手錠、これもホールデンの能力によるものである可能性が高い。
「とりあえず、中に入ってみよう。奴が邸宅に入るのは確認しているからな」
俺がそう言うと、二人は同時に頷いた。ダレンがシャーリーを抱え上げ、俺の腕を掴みながらテレポートを発動させる。俺たちは瞬時にホールデン邸の敷地内へと侵入した。
(部屋の数はそんなに多くないよ。一つずつ潰していこう)
シャーリーの感知は人物の特定だけでなく、構築物の内部構造まで把握できる。現在ホールデンの位置は特定できていないが、邸宅の間取りは正確に把握しているのだ。ダレンは彼女の指示に従いながら、室内を虱潰しに移動してゆく。
そして寝室と思しき部屋に到達した瞬間、目の前に男の後姿が現れた。その姿は間違いなくホールデンのものである。彼は俺たちの気配に気が付くと、ゆっくりと後ろを振り返った。
「動くな。妙な真似をしたら撃つぞ」
俺はホールデンに銃口を向け、脅し文句を吐き捨てた。しかし彼は動じる様子もなく、悠々と付近の椅子まで移動して、ゆったりとその椅子に腰かけたのである。
「来ると思っていたよ。取り敢えず、お前らも座ったらどうだ?」
落ち着いた表情で葉巻を咥え、マッチに火を付けるホールデン。テーブルにはウイスキーの瓶と、氷の入ったグラスが置かれている。
(ニック、やっぱり彼の思考が読めない。どうしよう……)
するとホールデンはニヤリと笑みを浮かべ、シャーリーを指さして次のように語る。
「そこの女がテレパスだな? 他人の思考が読めるくせに、己の感情を隠すのは苦手なようだ」
ホールデンに視線を向けられた彼女が、怯えるようにダレンの背後へ隠れた。ダレンは俺とシャーリーの体に触れたまま、いつでも退避行動をとれるよう身構えている。
「彼女へ能力を掛けたのか?」
俺の問いかけに、またも愉快そうな表情を見せるホールデン。
「お前が聞きたいのはそんな話か? お前らは今極めて有利な状況下にある。その引き金を引けば、いつだって私を殺すことが出来るんだからな」
「……お前が知っていることを全部話せ」
「交渉が下手になったな。お前は私の命を握っている。私はお前の知りたい情報を握っている。一番手っ取り早いのは拷問だが、お前にその度胸は無いだろう?」
相変わらずホールデンは、全てを見透かすような気味の悪い目でこちらを見据えてくる。奴のペースに呑まれてはダメだ。俺たちは有利な立場を活かして、目の前の男から情報を引き出さなければならない。
「酒も煙草も止めていたんだがな、ここ最近またやるようになってしまった。妻に見られたら怒られる」
独り言のように自分語りを始めるホールデン。そう言えばこの部屋に来た時、彼はある写真立ての前で佇んでいた。少し視線をそちらへやると、若い女性の写真が棚の上に飾られている。
「敷地内には他に誰がいる?」
「誰もいない。私一人さ」
「妻がいると言ったな。通報されると厄介だ……。場所を移すか」
俺はこのままホールデンを拉致する選択を取ろうかと考えた。しかしホールデンは首を横に振り、グラスにウイスキーを注いでゆく。
「妻はとっくの昔に死んでいる。……そうだな。折角だから少し昔話に付き合ってくれないか?」
「時間稼ぎのつもりか? お前の手には乗らないぞ」
「せっかちな奴だな。まあいい、お前が聞きたいことは何だ?」
未だにホールデンの真意が読み取れない。しかしシャーリーの能力が使えない以上、口頭で駆け引きする他ないようだ。
「王統革新党、及びピリアス騎士会の動向についてどこまで知っている?」
「クーデター計画のことか? この件は丁度お前にも伝えようと思っていた。どうやらお前も片足を突っ込んでいるようだからな」
驚くほどすんなりと手の内を明かしたホールデンに、俺は思わず面食らってしまった。一体こいつは何を考えているのか、皆目見当もつかない。だが情報提供の意思を見せていることは確かである。このままホールデンに語らせるべきであろう。
「何を話してくれるんだ?」
「クーデターの情報は既に我々諜報局が押さえている。現在諜報局長が王都警備司令部に掛け合って、反乱に備えるよう説得しているところだ」
「……それでは反乱は、失敗すると」
「いいや、王都警備司令部がまともに取り合ってくれないのだよ。クーデターなど発生しない、またいつものように青年将校の連中が勝手に盛り上がっているだけだろう、とね」
この情報を俺に伝えて、彼は何を期待しているのか。俺が王統革新党のメンバーにこれを伝えれば、彼らは益々勢いづくだろう。ホールデンは、クーデターの発生を望んでいるのだろうか。
「お前は反乱を望んでいるのか? 中央の王統派も黙認しているらしいと聞いたが」
「むろん、我々諜報局は全力で阻止するつもりだ。しかし内務大臣も事態を静観している状況で、まともに防衛することは難しいだろう。正直、クーデターは成功する可能性が高いと言わざるを得ない」
「……それで、その情報を俺に伝えてどうしようと言うんだ?」
「諜報局は全力で迎え撃つ。孤立無援の戦いを強いられた、我々諜報局からの意思表明といったところだな」
まるで、諜報局は迎撃態勢を取るから注意しろ、とでも言っていようではないか。こんなにも分かりやすいメッセージを、この男が簡単に伝えるとは思えない。まさか本当は軍も迎撃態勢を整えているのではなかろうか。王都警備司令部は動かないと見せかけておいて、反乱軍を油断させるための罠である可能性も捨てきれない。
「ニック、派手な動きは控えておけ。くれぐれも要人暗殺だけには手を出すなよ」
「……ホールデンお前、また俺だけに肩入れして、何かの英雄にでも祭り上げようとしてるんじゃないだろうな?」
入隊式典にてアナスタシアの暗殺を阻止した俺は、ホールデンの情報操作によってユトダインの英雄に祭り上げられた。ホールデンはそのまま俺をアナスタシアの側近衛兵に推薦して、俺に彼女の周りを嗅ぎまわらせようとしていたのだ。もしやホールデンはこのクーデターを利用して、あの時と同様の事を企んでいるのではないだろうか。
「ハハ、鋭いな……。どうせお前は王太子妃様に入れ込んでるんだろう? そこの二人を連れてサリムから脱走したのも、暗殺計画の内情を探る為ってところか?」
「その通りだ。お前が信用できなかったからな」
「今回ばかりは信用しておけ。今から最後の命令を下す。今までロクに聞きやしなかっただろうが、とにかく今回は私の命令に従え」
「はあ? 何言ってやがる?」
「まず要人暗殺には関わるな。そして、クーデターが始まったら諜報局に来い。どうせ諜報局も襲撃目標になってるんだろう? それに加わればいい」
やはり、俺を諜報局襲撃によこして何かさせるつもりなのだ。しかしそれが反乱阻止につながるのか、それとも反乱成功につながるのか、ホールデンの思い描くシナリオは見えてこない。
「お前がいてもいなくても、どうせ我々は反乱軍を防ぎ切れない」
「だったら俺が諜報局襲撃に参加して、何になるんだ? お前今度は何企んでんだよ?」
「サム、そろそろ出てこい」
ホールデンの呼び声と共に、隣室の扉が開き一人の男が入ってきた。入隊式典時に共闘した、あのホールデンの側近である。彼は一定範囲の生物の動きを、一定時間止めることが出来ると言う、強大な力を持った契約者であった。
俺とダレンは即座に身構えた。しかしここまでの間、サムは攻撃もせずただ隣室に控えていたのである。彼の能力を使えば、俺たちは一瞬で戦闘不能に追い込まれると言うのに。
何か考えがあることは確実であった。少なくともサムは、戦闘の姿勢を全く見せていないのである。
「テレパスの女。彼の思考を読み取れるか?」
ホールデンに呼びかけられたシャーリーはびくりと身体を震わせて、ダレンの陰から顔を覗かせる。そして口を噤んだまま、小さく首を縦に動かした。
「これである程度離れていても、意思の疎通が取れるようになったな」
「目的も話さねえで、また勝手に俺たちを利用しようってのか?」
「この私が、ここまで誠実に話をしているんだ。側近の思考まで読み取らせて、これ以上何が不足というのかね? 逆にお前から情報を提示してくれると言うのか?」
所詮俺が掴んでいる情報も、ホールデンは全て把握しているのだろう。他に提供できるものと言えば、俺の能力に関する情報ぐらいである。しかしこれは明かせない。過去へ戻れるという事実を知れば、彼はまたシナリオを書き直すに違いないからだ。
「分かった。お前の命令に従うと約束はできないが、一つの手段として考えておく」
「それでいい。あと、最後に一つ忠告しておこう」
「……忠告?」
「ランカスターには気を付けろ。奴は私以上の曲者だ……」
そう言って、ホールデンはグラスの酒を一気に飲み干した。
「これで最後になるやもしれん。どうだ、お前も一杯」
「遠慮する」
「ハッハ、それでこそ」
再びグラスにウイスキーを注ぎ、自ら飲み干すホールデン。俺は先ほど見た女性の写真、彼の妻の写真に視線を移した。
「なあ。お前は以前、人生をゲームに例えてたよな? 目的達成の為のゲーム、自分はプレイヤー、それ以外の人間は駒だって」
「そんな話もしたな。それがどうした?」
「お前にとって、亡くなった奥さんも駒だったのか? 自分の両親は? 必要とあらば家族すら切り捨てることもできるのか?」
「……今なら出来るかもな。その必要が訪れることは無いだろうが」
酔いが回っているのだろうか、先ほどより緩慢な語り口のホールデンを見て、俺は彼に対する興味が湧いていた。得体の知れない化け物だと思っていた彼も、酒を飲み、酔っぱらうことがあるのだと。初めて見る彼の人間らしい姿に、少しだけ彼個人の話を聞いてみたいと思ったのだ。
「今なら?」
「私とて、若かりし頃があった。青臭い理想に胸を滾らせる、世間知らずの若造であった頃がな。警視庁の幹部候補として始まった私のキャリアだが、あの頃は政治にも出世にも関心が無かった。ただ一件でも多くの事件を解決すること、それだけを考えていた頃が、私にもあったよ」
「その頃の思いは、もう無いのか?」
「優秀な人間は自ずと上に行く。上に行けば、当然政治に巻き込まれる。国家の政治だけじゃない、警視庁内にも、諜報局内にも政治は存在するからな。若き頃は思いもしなかったが、どうやら私には大局を見据える才能があったらしい。いつしか私は国家の大局を見据えるようになっていた……。少し話過ぎたな。こんなもんでいいか?」
「……ああ。少しお前という人間を知っておきたかった」
「ハッ、どうだ? 少しは印象が変わったか?」
「……まあな」
俺はそう言い残し、ダレンにテレポートを使うよう合図した。目の前の光景は一瞬で変化し、俺たちは三人は邸宅の敷地外に着地する。
「結局、シャーリーが思考を読めない理由は分からなかったね」
ダレンがつぶやくと、シャーリーは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「ごめんさい……」
「謝らなくていいんだよ。君のせいじゃない、奴は何らかの形で、能力封じを行使している筈だ」
彼女のテレパシーが通じないのはホールデンのみである。その上奴は、側近のサムを彼女に視認させた。何らかの理由で俺たちと連携を取りたいが、自分の思考は読ませたくなかったのだろう。自分のみに能力が通じないよう、何か限定的な効果を発動させたと考えることが出来る。
『狙わないのではなく、狙えないのだよ』
ふと、取調室で奴の尋問を受けていた時の記憶が蘇る。あの時俺は、過去戻りの光景でホールデンの死を確認したのであった。結果的にそれは共犯者アランの攻撃であることが分かったが、であれば俺が狙われていてもおかしくない。先にホールデンが狙われたことに、俺は違和感を感じたのである。俺はそのことを奴に問うた。すると奴は、あのように発言したのである。
狙わないのではなく狙えない。つまり、俺のみに能力が通じない……。
奴はこうも語っていた。
『これは能力封じではない、ただの手錠だ。彼には直接かけておいた』
あの時俺が能力を使えなかったのは、能力封じの手錠が掛けられていたからだと思っていた。しかし奴の台詞を言葉通りに受け取るならば、あれはただの手錠であった。ホールデンは直接、俺に能力を行使していたということになる。
奴の能力は能力封じ。対象の能力を封じることができる。俺はあの時、奴から直接能力を行使されていた。そして俺にはアランの能力が通じなかった。
奴の力は対象の能力を封じるだけでない。奴に能力を封じられた対象は、他の能力行使を受け付けなくなる。とも考えられないだろうか。
つまり奴は今、自分自身に能力を掛けているのではないか……。そうだとすれば、一体……。




