反乱計画
ピリアス騎士会本部の会議室で、俺たちは円卓を囲み席に着いていた。ピリアス側の出席者は騎士会長のアーネスト・ラドクリフ、騎士会重役のガブリエル・バーンズの二名である。陸軍側からは歩兵第3連隊第6中隊長のバーキン・ラングリー中尉、歩兵第1連隊付のスタンリー・プロクター中尉が参加した。
その中に俺とダレン、そしてシャーリーが入り込む。場違いに見えるだろうし、実際、陸軍将校は怪訝な目つきで俺たちを睨んできた。
「ラドクリフ先生。この者たちは?」
将校の一人が騎士会長へと問いかける。恐らく第一連隊のプロクター中尉であろう。
「一人は君たちと同じ、陸軍軍人じゃよ。いや、元だったかな?」
そう答えながら俺の顔を覗く騎士会長。俺は小さく咳ばらいをして、出来るだけ簡潔な返答を心掛けた。
「そうですね。恐らく今は除隊になっています」
すると今度は中隊長のラングリー中尉が、次のように口を開いた。
「どこかで見た顔だと思っていたが、王室衛兵のニック・ロビンソンだな? 君は王太子妃の側近を務めていた筈だが、どういう訳で除隊に?」
ラングリーの発言から察するに、やはり俺の逃走に関する情報は秘匿されているのだろう。ダレンとシャーリーの存在も知られていない可能性が高い。
「任務を放棄し、任地を勝手に離れました。今現在も逃走中の身です」
「ハッハッハ、そりゃ大層な。下手すれば死刑だぞ?」
ラングリーは満足気に笑い出した。俺が軍を離れた人間だと知って安心したのだろう。彼ら青年将校は、軍上層部への告発を最も恐れている。一体ピリアス騎士会と連絡して何を企んでいるのか知らないが、バレてはならない計画に身を投じていることは一目瞭然であった。
その内容を探る為、今回俺はシャーリーを連れてきたのである。これは一か八かの賭けであった。連絡係のジョシュアからは、会議には俺一人が招待されていると告げられていたのだ。
しかし騎士会本部に着いてみると、ラドクリフ会長は何も言わずに彼女を受け入れた。特に気にすら留めていない様子であった。
「それでは、会議を始めてもよろしいかな? まずは計画の再確認から。ニックさんとお連れのお二人は、まあ暫く儂らの話を聞いてくだされ」
禿げ頭に白髭を蓄え、痩せて腰の丸まったラドクリフの出で立ちは、騎士会長と言うよりは山に籠った思索家のようであり、威厳よりも知性を感じさせる老人であった。それでいながら彼の声には圧が籠っており、その語り口には妙な説得力が備わっているのである。
俺は会議の内容を聞くうちに、なぜラドクリフがダレンとシャーリーの随伴を許したのか、そのわけを理解した。すなわち、彼らの企む計画の全容を、余すところなく俺たちに伝えてくれてしまったのだ。もはや隠す必要も無いといった調子であった。
とにもかくにも、これでピリアス騎士会、及び王統革新党の狙いが明らかとなった。計画の内容は以下の通りである。
ラングリー中尉率いる歩兵第三連隊、プロクター中尉率いる歩兵第一連隊の一部を主力として武力蜂起、クーデターを断行する。総兵力は約1000名。占拠目標は国会議事堂、陸軍省、参謀本部、警視庁、各新聞社及び通信社。暗殺目標はマルコム・ラマナン首相、トレヴァー・サザーランド外務大臣、クリス・マッキントッシュ陸軍大臣、ラルフ・ジョーンズ陸軍軍事参議官、ラッセル・ブロムリー貴族院議員。同時にピリアス騎士会員約500名が騒擾を扇動、王都市街を混乱状態へと導く。
最終目標はランカスター王子の国王就任。そして国王を全ての頂点とした、完全なる平等社会の実現であると言う。
「さて、ニックさんもそろそろお話に加わりますかな? 何か聞きたいことがおありなら、ご遠慮なさらずに」
ラドクリフの勧めを受けて、俺は早速彼らへの質問を開始した。
「色々気になる点はありますが、私からは三点お伺いしたい。まず一つ、中央の王統派とあなた方王統革新党は、何か連携を取っているのでしょうか?」
この質問にはラングリーが次のように応じた。
「直接の関わりは無いが、参謀本部ヘルト班長のヘンリー・モロイが橋渡し役となってくれている。モロイによれば、既に陸軍の一部重鎮や内務大臣は反乱計画を察知しているようだ。しかし彼らはそれを黙認している節があるらしい。我々の動き次第では、中央王統派の協力も仰げるやも知れぬ」
やや希望的観測の感を拭えないが、とりあえず中央の王統派は、この事態を様子見していることが分かった。王統革新党のクーデターには直接関わらないが、事態の進展によっては協力に移る可能性もある。逆に反乱が上手くいかなければ容赦なく切られる可能性もあるという訳だ。
「次にですが、ランカスター王子はどのような思惑をお持ちなのか。彼は本当に王位継承を狙っているのでしょうか?」
「殿下ご本人のお考えは分かりかねる。しかし殿下は野心の強いお方だ。国王就任を拒否する理由も無いだろう」
こちらも予測止まりであるが、まあランカスターの野心に関しては俺にも感じられるし、確かに彼が王位継承を拒否するとも思えない。
「それでは最後に。アラン・リッチーとジェイソン・ブロッサム。この二名を使って王太子妃を狙ったのは、もしや、あなた方ではないですよね?」
ここまで質問に答えてきたラングリーの口が閉ざされた。プロクターも顔を伏せ、沈黙の姿勢を見せている。すると騎士会長のラドクリフが、二人に代わって俺の質問に回答した。
「如何にも、アランとジェイソンは我々の同志じゃ」
遂に来た。アナスタシア暗殺未遂最大の謎が、ここに来てとうとう明らかとなったのだ。アランとジェイソンの裏ではピリアス騎士会、そして青年将校グループが動いていたのである。
「何故彼女を狙ったのです? またそれなのに、クーデター計画の暗殺対象に彼女が入っていないのは何故ですか?」
「あの女はヘルトの回し者だ。王室が汚れる」
今度はプロクター中尉が、吐き捨てるようにそう言い放った。俺の頭は瞬間的に沸騰し、無意識に手足が震え始める。
(待って、落ち着いてもう少し話を進めて)
シャーリーの言葉が頭に響いた。我を忘れていた俺は、ハッとして意識を取り戻す。
(いったん深呼吸。だいじょうぶだよ)
大きく深呼吸し、何とか平静を保てるようになった。そうだ、ここで手でも出そうものなら、青年将校グループとの接触はこれまでとなってしまうだろう。後で彼女には感謝しなければならない。
「……それで、クーデターでは彼女を狙わないのですか?」
「入隊式典での暗殺未遂後、ヘルト帝国が圧力を掛けてきただろう? あの一件で、彼女を殺すと戦争になりかねないことが分かった。むしろ君が暗殺を阻止してくれて良かったのかもしれない」
ラングリーはそう答えたが、プロクターは不満げであった。
「良かったなんてことは無いだろう。同志を二人も失った」
「お陰でヘルトの動向を知れた。必要な犠牲だ」
ラングリーとプロクター。二人の間に険悪な空気が漂い始める。どうやら王統革新党のメンバーも一枚岩では無いらしい。
「ここで争っている場合ではないじゃろう。儂らの目標は国家改造、クーデターの計画もほぼ固まっておる。後は決行のみじゃ。それでニックさん、貴殿はクーデターに協力してくれるのじゃろうか?」
ここでどう答えるべきか、俺の腹は未だ据わっていなかった。反乱軍に加わればいよいよ国賊となり、もし計画が失敗すれば命は無いだろう。しかし彼らが暗殺目標とする同盟派メンバーは、アナスタシア暗殺を企んでいる者たちである。このまま放っておけば彼女の命はいくらあっても足りない。いっそのこと、クーデターの成功に望みをかけてしまった方が良いのではなかろうか。
「……まずは一旦、私のお話を聞いていただけないでしょうか。価値のある情報を持っています」
「ふむ。お聞きしよう」
ラドクリフの了承を得て、俺は一部同盟派の陰謀について説明を始めた。枢密院議長カール・リットンを始めとした同盟派四名が、ヘルト帝国政府との裏取引を行っている。その情報を彼らへ伝えることにしたのだ。一部同盟派はアナスタシアを暗殺することで、ヘルト帝国政府に軍事侵攻の口実を与えようとしていた。そして彼らは、ユトダイン併合後の地位を保証してもらっていたのである。
「皆さんの見解は正しいものです。アナスタシア王太子妃の暗殺はヘルトとの戦争を引き起こします。彼らは我が王国を、ヘルトに売り払ったのです」
するとプロクターが怒りのあまり拳を振り上げ、テーブルを勢いよく殴りつけた。
「想像以上に腐っていやがる! 先生、暗殺目標の見直しを検討しましょう。少なくとも同盟派四名は確実に抹殺すべきです」
「うむ。しかしリスクが跳ね上がるのう……。どうしたものか……」
ラドクリフの意見にラングリーも頷く。プロクターはそんな二人の様子を見て、若干落ち着きを取り戻したようであった。
プロクターは随分と血気盛んな将校のようである。ここまで見る限り、王統革新党のリーダーはラングリー中尉、プロクター中尉はその補佐役といったところだろうか。ラングリーが慎重派ならプロクターは熱情型の行動派のように思える。
「私は引き続き情報面での調査を行っていきたいと思います」
するとプロクターが、またも怪訝な表情で俺を覗き込む。
「これだけの情報をどうやって集めている?」
「……私の隣に座る男、彼は名をダレンと言います。契約者であり、能力はテレポート。どんな場所でも自由に潜入することができます」
「なるほど。できればその力を戦闘に役立てて欲しいものだが」
「……出来るだけ協力したいと考えております」
プロクターは納得していない様子であったが、騎士会長のラドクリフがそれを窘めるように発言する。
「今すぐに決断を迫るのも酷じゃろう。ニックさんの状況を鑑みても、儂らに協力したい気持ちは強く感じられる。取り敢えず、情報面での協力をお願いできないかのう?」
「ええ、それならば喜んで……」
するとラドクリフは声色を変え、ドスの効いた声でこう告げた。
「ニックさん。貴方は個人的な信条のもと動いておられるようじゃが、儂らは国家国民の為に活動を進めておる。その辺りは、どうか履き違えないで頂きたい」
彼の顔からは、先ほどまでの柔和な表情が消えていた。まるで人殺しのような凄みのある目付きで見据えられ、俺は思わず悪寒を覚えるのであった。
かくして騎士会本部における作戦会議は終了した。事は重大な局面に差し掛かっていた。隠れ家に戻った俺たちは、次に為すべきことを話し合うため共同スペースに集まることにした。
「なーんか凄い話になってきたねえ。どうするニック? やっぱ反乱に協力するの?」
「いいや、まだ確かめたいことがある」
これ以上の調査に意味があるとは思えないが、まだ他にも確認したいことがあるのだ。
「ホールデンの動向を調べたい。奴が今何を考え、どんな手を打とうとしているのか。どこまで現状を認識しているのか」
「なるほどねえ、んじゃ明日にでも見に行こうか。諜報局に潜入するのはちょーっと難しいかもしれないけど」
「いいや、諜報局には入らない。奴の私邸を狙う」
ホールデンの私邸は、彼から電話番号を教わった際に同時に伝達されていた。彼は何かあったら会いに来いと語っていたが、まさかこんな形で訪問することになるとは思わなかった。
「ねえニック、一つだけ伝えたいことがあるの」
シャーリーが不安げな様子で俺を見る。また彼女を追い詰めてしまっているのだろうか。ホールデンの調査は後日に回した方がいいかもしれない……。
「調査は大丈夫だよ。ただ、あそこにいた人たちのことで……」
「会議場の連中のこと? 何か情報が得られたのか?」
「ううん、そうじゃないんだけど……。あの人たち、みんな死ぬつもりみたい」
死を覚悟の上で反乱を決行する意気込み、ということだろうか。彼らならそのぐらいの気概を有していても不思議ではない。もとから青年将校グループは義士的な観念を共有していることで有名だった。彼らは、革命の為に死ぬことを誇りにすら感じている。
「死ぬつもりってのはね、そうじゃなくて。計画が成功しないって思ってるの」
「……それじゃあ、何のために」
「分からない。とにかく熱に浮かされてるみたいな、そんな感じだった……」
計画が単なる破壊に留まったとしても、それでも決行しようというのだろうか。それは彼らにとって意味のあることなのだろうが、俺にとっては何の意味も為さない。俺はアナスタシアを狙う一部同盟派を告発し、国の体制を根本から変えなければならないのだ。成功の見込みがない限り、クーデターに参画する意味などありはしない。
やはり最終的な決断は、全ての調査が終わった後に下すべきだろう……。




