王統革新党
イアン・スペンディングは同期の中でもひときわ異彩を放つ男であった。幼年学校の卒業成績は13位。かなり優秀な男であったが、何より目立っていたのは彼の政治思想であった。俺は入学当初よりイアンを知っていた為、彼の国家に対する熱意は嫌という程耳にしてきた。
『内閣が何だ! 議会が何だ! 陸軍大臣が何だ! 奴らはヘルト皇帝の顔色を伺い、資本家連中の靴を舐め、国家国民を蔑ろにし、ただ暴利を貪らんとするのみの国賊である!』
奴らに国王陛下への忠誠心などありはしない。彼は口癖のようにそう語っていた。他の級友はそんな彼のことを疎んでいた。しかし同時に彼の信奉者も存在した。俺も一度だけ、イアン達の結成した『王統会』なるグループに招待されたことがある。俺の書いた作文が、ユトダイン・タイムスのコンクールで入選したときの事であった。
俺の作文は王室への賛辞を書き連ねたものであったが、それは父の受け売りであった。父はもともとマタギをやっていて、政治思想なんかとは無縁の男であったが、ある時から熱心な国家主義者へと変貌していたのである。ただ別に、王室を礼賛する人間はさほど珍しい存在ではない。むしろ片田舎の農村では国士として尊敬されるものだから、特段困ったことは無かった。陸軍幼年学校へ入ったのも父の勧めがあったからで、合格通知が届いたときなど、父は大喜びで村中を駆け回っていたものであった。
「先生の息子さんが士官候補生ですか。これも先生の教育の賜物ですな」
母と結婚してから農家の暮らしを始めた父は、元浮浪者というような扱いを受け、村では腫れもの扱いされてきた。狩猟生活を営んでいた父には学も無かった。まだ義務教育制度も確立していなかった時代である。父は小学校教育すらまともに受けていなかったのだ。
そんな父がいつの間にやら村の大先生となっていたのである。こうした周囲の評価もあってか、父は益々国家主義の活動にのめり込んでいった。といっても小さな農村の活動などたかが知れていて、付近の町の名士と交流したり、地元の活動家を招いて集会を開いたりと、その規模は決して大きなものでは無かった。しかし俺が幼年学校へ入学できたのも、そんな父の活動があったお陰だろう。王室衛兵試験に合格できたのだって、あの作文の評価によるところが大きい。
話を戻そう。俺の作文がユトダイン・タイムスに掲載されたことで、イアンは俺に勧誘を掛けてきた。
「是非君を同志として、我々のグループに迎え入れたい」
俺はその時、何となく話をはぐらかしていたように思う。特に成績優秀でも無かった俺は、なるべく問題行動を避けようと努めていた。既に二年次には士官候補生への道を諦めていて、代わりに得意の射撃と格闘スキルを活かせる王室衛兵を目指していたのだ。
しかしその後もイアンとの親交は続いていた。衛兵を目指す俺を、イアンは大いに評価した。ただ同時に、俺の王室衛兵行きを残念がってもいた。
「君は政治運動をやるべきだ。お父さんの話も聞いている、大層立派な国士であるようじゃないか」
卒業式の日、彼はそう語っていたと記憶している。俺はそんな彼の話を、いつものようにはぐらかしていた。
「君は熱意の男だと思っていたんだが、どうやら逆のようだったな。君には理論がある。しかし意思が無い。熱意が無い。そのうち熱意を持ってくれたら、君は素晴らしい逸材になるんだが……」
これが彼の口から聞いた最後の言葉であった。
そして今、俺たちはこうして騎士会本部の談話室で、互いに向かい合いながら座っているのだ。
「なるほど……、大層な話だ。しかし俺は嬉しいよ。ようやく君が覚醒してくれたことに、心から嬉しく思っている」
イアンは感涙にむせいでいた。俺は彼らの情報を引き出すために、出来るだけ彼らに取り入れるような話をでっち上げたのである。
王室衛兵に入隊した俺は、アナスタシア王太子妃の側近を務める中で、王室を取り巻く数々の腐敗を目にしてきた。そして王太子妃暗殺を避けるため、俺たちは極秘裏にケープタウンのホテルへと身を隠した(本当はサリムの別荘である)。しかし秘密裏に命じられた隠密作戦に嫌気がさした俺は、アナスタシア護衛の任務を放棄した。そのまま王都へ逃げ帰り、今は王都の貧民街に潜伏している。
以上がイアンへ語った話の概要である。
アナスタシアの避難計画の存在は語らざるを得なかったが、その他の情報は彼に明かさなかった。もしサリムの別荘にアナスタシアがいることを知られれば、どんな行動を起こされるか分からない。また同盟派メンバーの暗殺計画関与についても語らなかった。未だ情報が錯綜しているし、何より王統派とピリアス騎士会の活動も分かっていない。情報の手札はなるべく隠しておきたかったのである。
(ホールデンに毒されたかな……)
奴のおかげで、交渉事にいやらしさが出るようになってしまった。大事なのは真実の中に嘘を織り交ぜることだ。旧友を騙すのは忍びないが、こちらにも事情がある。
「君たちの活動についても聞かせて欲しい。内容次第では、協力できるかもしれない」
するとイアンは涙をぬぐい、俺の目を真っ直ぐに見据えた。決意の籠った瞳である。
「俺は王統革新党の一員として、現在国家改造運動に携わっている。党の中心は陸軍第3連隊第6中隊長のバーキン・ラングリー中尉だ。ピリアス騎士会は民間の協力者ってところだな」
「その、王統革新党の目的は何なんだ?」
「もちろん国家改造だ。でも詳しくは俺から話せることじゃない。ただし、今の君の様子を見るに、我が党に迎え入れてもいいと思っている。いや迎え入れたい。是非同志として一緒に戦ってほしい」
熱の入った発声に、俺は圧倒されかけていた。しかしここは彼の熱意に応えるふりをしなくてはならない。俺は出来るだけ真剣な眼差しを意識して、彼の勧誘を受け入れることにした。
「ああ。俺も君たちと共に戦いたい」
「ありがとう。近々ここピリアス騎士会本部で作戦会議がある。ラングリー中尉始め、王統革新党のメンバーが一堂に会する会議だ。ピリアス会長のアーネスト・ラドクリフも出席するから、そこで是非話をしてくれないか?」
話が見る見る間に進んで行く。俺はこの状況に不安と焦りを感じながらも、このチャンスを逃すまいと姿勢を崩さなかった。
「分かった。しかし日取りの連絡はどうしたらいい?」
「そうだな……。少し待ってくれ、騎士会の幹部に相談してくる」
そう言ってイアンは談話室を後にした。その後彼は一人の騎士会員を連れて戻り、俺はその重役らしき会員からいくつかの質問を受けた。特にしつこく聞かれたのは、俺が未だ王室衛兵に所属しているのではないかといった疑問であった。その疑問を解消するには多少の時間が掛かったが、イアンの助言もあり最終的には納得させることができた。
「我が親愛なる騎士を一名、伝令として君へお貸ししよう。連絡事項は彼を通してくれたまえ」
重役らしき騎士会員はそう言って、一人の男を紹介した。華奢で小さく、色白の瑞々しい肌艶が目を引く少女のような少年である。
「ピリアスの騎士、ジョシュア・ペンバーです。御用向きが御座いましたら、何なりとお申し付けください」
ジョシュアはそう言って、深々とお辞儀をして見せた。その華麗な所作と美しい表情に、同性ながらドキリとさせられる。
「よ、よろしく……。俺、廃墟に住んでるんだけど、大丈夫かな」
出来ればダレンやシャーリーの存在を知られたくなかった。しかしジョシュアは満面の笑みで、次のように答えるのであった。
「私も元は孤児ですので、問題ございません」
こうして俺は、ジョシュアという男と共に隠れ家へ戻ることとなった。ダレンにどう説明しようかと頭を悩ませながら、俺は騎士会本部を後にするのであった。




