ヘルト拡大主義
『ヘルト帝国、リトラス王国を吸収合併――リトラス王退位! 王国の命運愈々尽きぬ――』
10月15日午後3時。ヘルト帝国政府及外務省の声明に於て、ヘルト=リトラス併合条約の内容発表されたり。条文左の如し。
一、リトラス国王は自ら位を退き国を挙げてヘルト皇帝に捧げ、ヘルト帝国政府の統治に任ずる事。
一、リトラス王室はヘルトの准皇族たるべき事。
一、リトラスと諸外国との条約及び関税はヘルト政府に於て其の儘継承する事。
ユトダイン・タイムスの一面記事は、国民の反ヘルト感情を煽るのに充分すぎる役割を果たしていた。『今こそユトダイン政府は毅然たる態度で帝国に挑むべし』。社説欄はヘルト拡大主義を非難する言説で溢れかえり、中には現内閣の即時解散を要求するといった、極めて過激な主張まで見て取れる。
ヘルトとユトダイン、二つの国家と国境を接するリトラス王国は、これまで対ヘルト包囲網形成の為に手を取り合う我が国の同盟国であった。そのリトラス王国が解体され、遂にヘルト帝国の植民地と化したのである。我が国は延長されたヘルトとの国境線を守備する為、陸軍師団増設の必要に迫られることとなったのだ。
この一大ニュースに対し、国民以上に危機感を募らせていたのがユトダイン王室である。
「王室が公式声明を発表。……我が王国とヘルト帝国は現在種々の問題を抱えつつあるものの、ユトダイン王室は国家の垣根を超えヘルト皇帝と友好なる関係を保持し、両国の繁栄と大いなる協力関係に貢献する所存である。だってよ? ちなみにニックの話はどの新聞雑誌を見ても出てこないね。あれから三日目だってのに」
壊れかけのソファーの上で、ユトダイン・タイムスの紙面をめくるダレン。そんな彼の話に耳を傾けながら、俺は三流雑誌のゴシップ欄を注意深く見渡していた。
「どの媒体を当たっても、王室衛兵に関する記事は載ってないみたいだな。ほとんどがリトラスの併合に関する記事で埋め尽くされてる」
サリムの別荘から逃げ出して二日が経過した。現在俺たちは王都の貧民街に身を寄せている。ダレンとシャーリーが王都の拠点にしていたという廃墟の一角で、三人での共同生活を始めようとしていたのである。
「おっはよ~! ふたりとも元気ないね! 今日はなにしてあそぶ!?」
勢いよく共同スペースの扉を開けるシャーリー。
彼女と初めて直接話したのは、サリムから逃走した日の夜のことであった。意外にも快活で、人好きのする印象の少女であることに、俺は少し驚いていた。
「おはようシャーリー。そうだな、今日は……」
「またボードゲームしよう!」
ここ二日、俺はほとんど彼女の御守りをしているようなものだった。王都に到着したのは昨日の夜。一晩明けて、今日から調査を開始していこうと思っていたんだが。
「リットンの調査、そろそろ始めた方がいいんじゃない?」
ダレンは新聞を折りたたみ、シャーリーに向かっておいでのポーズを取る。彼女はそれを見て、ダレンの懐に飛び込んだ。
「本当に、協力してくれるのか?」
「この間説明したじゃん。僕たちは全面的に協力するよ」
一昨日、王都を目指す俺たちは中継地点のケープタウンで一夜を明かしていた。
ダレンとシャーリーは無宿者であり、暗殺家業を営みながら各地を転々としているようで、彼らは各都市に隠れ家を有していた。ケープタウンの廃工場も、そんなアジトの一つであった。
「カール・リットン伯爵。彼が暗殺計画の中心人物で、本当に間違いないんだな?」
俺はその時、初めて事態の重さに気付かされたのであった。
カール・リットン枢密院議長。彼は現首相マルコムと並ぶ政界の重鎮であり、また同盟派の主要メンバーでもあった。
国王の諮問機関である枢密院。その議長は権限こそ少ないものの、重臣として政界に多大な影響力を有する者が選ばれる。リットンも例外ではなく、アナスタシアの避難計画を決定した重臣会議にも、彼は姿を現していた。
そして、続けて語られた暗殺計画の詳細は、俺に更なる衝撃を与えることとなった。
「リットン枢密院議長の他に、計画へ関与している思われるメンバーは次の通りだね。外務大臣のトレヴァー・サザーランド男爵、陸軍軍事参議官のラルフ・ジョーンズ大将。そして、ユトダイン筆頭貴族のチャーリー・ダンバース公爵」
暗殺計画関係者として、国家の中枢を担う大貴族の名が次々と挙がったのである。また驚くべきことに、彼らは全て同盟派の中核と見られてきた人物であった。これまで王統派の関与を疑っていた俺は、全く考えてもいなかった同盟派の計画関与に思わず身震いを覚えたのである。
「リットン枢密院議長は裏社会のパイプを用いて、ヤクザ者や無宿人の契約者を雇っていた。僕とシャーリーもその一人だ。高い報酬と引き換えに、アナスタシア王太子妃を暗殺せよと依頼されていた」
しかし二人は、雇い主のリットン伯爵に疑念を抱いていた。そこで彼の真意を確かめようとした。
「リットンは、僕たちの前には決して姿を現さなかった。でも僕とシャーリーが暗殺計画の中心に抜擢されたとき、一度だけ彼と会う機会があったんだ。もちろん彼は、シャーリーが思考を覗けることなんて知らなかった」
彼女は視認した相手の思考を読み取ることが出来る。一度でも相手の顔を確認してしまえば、その適用範囲は周囲十五キロメートルにも及ぶのだ。そんな彼女にとって、リットンの思考を監視することなど容易い作業であった。
結果として、同盟派の重鎮複数名が計画に関与していること。そしてダレンら実行者は捨て駒であることが判明したのである。
彼らがアナスタシアを積極的に狙っていなかったのも、次のような理由によるものであった。
「王太子妃の暗殺が成功した暁に、僕たちは始末される手筈になっていた。だから君たち護衛を積極的に狙ってたんだ」
少なくとも二人は、アナスタシアを殺すつもりは無かったらしい。サリム別荘での襲撃が終わったら、どこかへ身を隠す予定だったと言うのである。
「ほんと、仕事相手は選ばなきゃダメだって学んだよ。いずれにせよ僕たちの運命は破滅に向かっていた。そこにわざわざ君が加わってくれたんだ。むしろこちらからお願いして、協力させてほしいぐらいだね」
以上が、一昨日夜の会話の大まかな概要である。この話を踏まえたうえで、俺はまず暗殺計画関係者の調査に乗り出そうと考えた。その為には勿論、二人の協力が必要不可欠である。
俺は目の前の二人へ視線を戻した。ダレンの膝上にちょこんと座るシャーリー。まずは彼女のテレパスで、出来る限りの情報を集めてもらう必要がある。
「いいよ~。どんなことが知りたい?」
「君は、リットンの顔を一度見ているんだよな」
「うん、ここからでも読めるよ。今は王宮内の枢密院庁舎にいるみたい」
「すげえな。そりゃ俺たちの行動を先読みできたわけだ……。まずは中央の勢力関係、そして計画関係者の詳しい情報を知りたい。トレヴァー・サザーランド外務大臣、ラルフ・ジョーンズ大軍事参議官、あとは筆頭貴族のチャーリー・ダンバース公爵か。特に彼らの情報が欲しいところだな」
すると彼女に代わって、ダレンが次のように語る。
「リットン以外の三人の調査は時間が掛かる。まだシャーリーが視認できてないからね」
「大丈夫だ、出来る限りの範囲内で構わない。恐らく諜報局は俺たちを探してるだろうから、派手な動きは控えた方がいい」
「まあ、テレポート使えば何とかなるさ。ニックはどうするの?」
「俺は……。ピリアス騎士会に接触しようと思う」




