逃走
「お前、その発言危ねえぞ。要注意将校の奴らみてえなこと抜かしやがって」
フットの表情が険しさを増し、鋭い目付きで俺を睨む。彼にとっては独断行動などもっての外、俺の意見を聞き入れるつもりなど毛頭ないのだろう……。
『ダレンを解放せよ』
突如脳裏に現れた光景に、俺は能力の発動を確信した。未来の俺が戻ってきた。手帳のページを破ったものに、走り書きでメッセージが記されている。文字による伝達は前々から試してみようと思っていた手法であるが、実際この手は使えることが証明された。
そして用紙と共に映し出された鍵であるが、これは能力封じの手錠の鍵であろう。後ろにはリリアンの姿がぼんやりと見える。どうやら未来の俺は、彼女に能力のことを伝えたらしい。
「大体お前は学校上がりだから、変に理屈っぽいんだよ。けど俺たちは士官学校生でも軍官僚でもねえ。衛兵は精鋭揃いの特殊部隊だが、あくまでも一兵卒ってことを忘れるな」
「分かったよフット。俺が悪かった。ここで言い争ってもしょうがないしな」
俺はフットへ謝罪の意を述べながら右手を差し出した。
「随分と聞き分けがいいじゃねえか。何か気持ち悪いな」
そうボヤきながらも、差し出された俺の手を握るフット。その瞬間、俺は即座に能力封じの手錠を取り出し、流れるような動作でフットの右手首へ嵌め込んだ。
「おい、何のつも……ぐっ……」
フットが動き出す前に、俺は強烈なボディブローを彼の左脇腹に叩き込む。肝臓に入った手ごたえを感じた俺は、そのまま右フックを顔面にお見舞いした。
グシャリと頬骨の砕ける音が聞こえ、フットの身体が仰向けに倒れた。勿論まだ意識はあるだろうが、片方でも手錠に触れている限り能力は使えない。
俺は急いでダレンの元へしゃがみ込み、素早く両手首の拘束を解除した。
「ニック! 何考えてんの!?」
リリアンが席を立つと同時に、俺は数発の銃弾を彼女へ浴びせる。
「ダレン、少し待て。彼女が攻撃してきたら俺ごと飛べ」
彼にそう耳打ちし、一旦テレポートを制止する。そして弾倉が空になるまでピストルを撃ち続け、更に背中のショットガンへ持ち替えようと手を掛けた。
「お願い! やめて!」
氷壁で俺の銃撃を防いでいたリリアンが、弾切れの隙をついて氷槍攻撃を仕掛けてくる。
「今だ、飛べ」
ダレンは俺のジャケットの襟首を掴み、一瞬の内にリビングから飛び出した。気付いた時には屋外に立っており、また次の瞬間には数百メートルもの距離を移動している。あっと言う間に別荘は遠ざかり、やがてその姿も見えなくなった。
「……ごめんな、リリアン」
あのリビングルームにいたのは、フットとリリアンの他に索敵班員一名、サマンサ、そして他二名の襲撃者であった。俺がフットを殴り倒し、リリアンと戦闘を繰り広げるさまを、少なくとも複数名の人間が目撃している。これで俺は、完全に反逆者へと成り下がってしまったのだ。
「ダレン、シャーリーの位置は分かるか?」
「大体の位置は分かるよ。今向かってる」
彼女の確保連絡が来たのはつい先ほど、索敵班もそこまで移動できていないはず。念のため、迎撃には注意すべきだろう。
「索敵班員が待ち受けていると思った方が良い。下手したら四人いるかもしれないぜ」
「なるほどね。でも僕と君が居れば勝てるでしょ?」
「……まあ、相手は戦闘員じゃないから」
先程とは打って変わって冷静な様子のダレン。あの涙の助命嘆願は全て演技だったのだろうか。未来の俺はこいつを信じることに決めたらしいが、まさか出し抜かれたわけではあるまいな……。
「あ、敵だ。ごめん君にとっては味方か」
「いいよ、今は敵みたいなもんだ」
索敵班員二名が、少女を抱えて別荘方面へ走っている。すると二名はこちらの姿に気付き、ライフルを手に取り迎撃の構えを見せた。
「背後に回るよー」
「了解」
ダレンの予告通り、次の瞬間には敵の背後へ回っていた。俺は一人目の班員をショットガンの銃床で殴りつけ、もう一名の手元からライフルを奪い取る。その隙に、ダレンが少女の救出に成功した。
彼女を抱え、こちらを振り向くダレン。何故か訪れる奇妙な間が、一瞬の静寂を生み出した。俺の額から冷汗が流れ落ちる。もしかしてこいつ、俺を置いて逃げる気じゃないだろうな……。
するとダレンは、瞬間移動で俺の元へと戻って来た。こいつのテレポートが無ければ逃亡の難易度が格段に上がる。というより、わざわざこいつらを助けた意味が無くなるのだ。この逃避行、かなり心臓に悪い。
「上手くいったよ。行こう」
再び襟首を掴み、テレポートを再開するダレン。この猫を掴むような運び方も何とかしてほしいものだ。
「焦ったぜ。置いてかれると思ったわ」
「ハハハ、ちょっと驚かそうかなとは思ったけど。流石に命の恩人だから止めといたよね」
「いや驚いたよね。なにあの間? 死ぬほどゾッとしたわ」
少し会話して分かったがこの男、かなり変わっている。妙に調子が軽いと言うか、緊張感が無いと言うか。こちらまで気が抜けてしまうような、不思議な脱力感のある男である。
ダレンの右腕に抱えられた少女は、どうやら意識を失っているらしい。目立った外傷は見られない為、恐らく気絶されられているのだろう。
「ニックさん、どこに行きたいか言ってね。僕たち全面協力するんで」
「信じていいのか? お前のその感じ、なんか信用できないんだよな」
「それよく言われるのよ。結構約束守る方なんだけどなー、嘘もあんまりつかないし」
……まあ、この手のタイプ相手に深く考えても仕方ないだろう。何も考えてない可能性の方が高い。
「王都に行きたいんだが、遠いよな」
「一日で行くのはムリかな。市街地入ったらテレポート使いにくいしね、バレちゃうから」
「時間が掛かってもいいから、最終的には王都に辿り着きたい」
「おっけー。中継地は適当に決めちゃうね」
国賊、逆賊、反逆者。俺にこれから降り注ぐ試練は、並大抵のものでは無いはずだ。既に衛兵は除隊処分、それどころか指名手配されているかもしれない。今頃リリアンやアナスタシアは何をしているのだろうか。俺に憤慨しているか、それとも落胆しているか。
「いやー、やっぱ能力連発はキツいんだよねー。今日はもってケープランドまでかな。あ、そう言えばニックさんは能力持ってないんだっけ? ないっぽかったよね?」
これから降り注ぐ試練は、並大抵のものでは無いはずなのだが、この男のせいで並大抵なのではと思えてきてしまう。
少しの不安と曖昧な自信を持って、俺は新たな戦いへと突入するのであった。




