無意味な和解
「ちょっと、急に何なのよ」
突然別室に連れ込まれ、戸惑いを隠せないリリアン。俺は大きく深呼吸して、ずっと言えなかった言葉を彼女へ告げる。
「昨日は、すまなかった。全部俺が悪い」
「……今そんなこと言われても、困る」
俯きながら呟く彼女に対し、俺は更に言葉を続けて行く。
「君に全部話す。といっても、すぐに意味なくなっちゃうんだけどね」
「意味なくなる? どういうことなの?」
ここは一から順に話した方が良いだろう。伝えたいことは山ほどある。わだかまりが少しでも解消できれば良いのだが、もし仲直りが無理だったとしても仕方がない。しかし最後に話だけでもしておかないと、俺の気が済まないのである。
「……俺は、契約者なんだ。指定した過去に戻ることが出来る能力を持っている」
呆然と俺の顔を見るリリアン。驚きと混乱で、言葉も出てこないのだろう。
「入隊式典で容疑者を特定できたのも、ホテルの襲撃を予測できたのも、全部能力のお陰だったんだ」
「……そう……なんだ」
何とか理解してくれているようなので、次はホールデンとの関係について弁明する。彼女が最も気にしていたのがこの点であった。当然の話だが、奴と繋がりがあると聞いて、良い顔をする人間はそういないだろう。その点の理解が俺には欠けていた。
「ホールデンとの関係は、本当に大したものじゃない。奴とは軽い取引を交わしていた。奴は俺の能力について深く追及しない。代わりに、俺はアナスタシア周りの情報を提供する。俺はその取引に乗ったけど、変なことは話してない。奴との電話も、お互いがお互いを探り合う駆け引きみたいなものだった。俺もアナスタシアを守る為、奴からより詳しい情報を引き出そうと考えてたから」
そこまで聞いて、リリアンは小さく頭を下げた。
「ごめんなさい」
消え入りそうな声で呟く彼女。思っていたより反応がしおらしいもので、俺の胸中は罪悪感でいっぱいになっていた。
「いや、話さなかった俺が悪い。疑われて当然の行動を見せてきた。理解してくれているだろうと、勝手に思い込んでたんだ」
するとリリアンは、今にも泣き出しそうな声で自身の思いを吐露し始めた。
「……あんたを信じたかった。アナスタシアと、仲良くしてくれたから。任務も忠誠も関係なく、一人の友人として彼女と接するあんたを見て、肩の荷が少し軽くなったような気がしたの。彼女の苦しみを一緒に背負ってくれる人が、やっと現れてくれたって」
陰謀渦巻く政争の中心にいるアナスタシアを、彼女はこれまでずっと支えてきたのだ。
アナスタシアにとってリリアンは、心から寄り添ってくれる唯一の友人だった。だからこそ、リリアンは彼女の全てを背負わなければならない。そう強く感じていたのだろう。
「そんな君の思いを、俺は裏切り続けてきた」
「ずっと疑ってたわけじゃない。あんたのことは友人だと思ってたし、本当に信頼してた。でも時々分からなくて、気持ちがぐちゃぐちゃになったりして……。ごめんなさい……」
たまに俺へと向けられる複雑な表情も、俺を信じたくて信じ切れない、苦しい感情の表れだったのだろう。俺は全く気付けなかった。いや、気付こうとしていなかったのだろう。
「他に、何か聞きたいことがあったら言ってくれ。何でも話す」
「……うん、もう大丈夫。ありがとう」
わだかまりが解けたのかは分からない。しかし、少しはお互いに分かり合えたのではないだろうか。これは彼女との関係における第一歩だ。ようやくスタートラインに立ったのである。
でも俺は……。
俺はまた、彼女を裏切るのだ……。
「これから、過去に戻る」
「……えっ?」
当然の反応であった。リリアンは言葉を失い、混乱状態に陥っているように見える。次から次へと変転する俺の話について行けないのもあるのだろう。しかし俺には、こうする以外の選択肢が見つからなかったのだ。
「フットとの口論時、それも君が加わる直前に戻る。ダレンとシャーリー、二人の契約者と共にここから姿を消すつもりだ。ダレンの手枷を外せばテレポートで容易に逃げられるだろう」
「何、言ってるのよ……」
「大丈夫、俺の能力は何度でも使えるから。一度色々確かめたいんだ。一体この国では何が起こっているのか、暗殺計画の裏には何が潜んでいるのか。彼のテレポートとシャーリーのテレパス、この二つを利用できれば、多くの情報を集めることができる」
(取引に応じて、情報を入手したところで、アナスタシアを守るのは難しい)
あの時ダレンはこう語っていた。何故ダレンはあんな発言をしたのか。彼は暗殺計画の情報を材料に、俺たちへ取引を持ち掛けた。なのに彼は、その情報の価値を自ら否定したのだ。それは取引を行う上で、切り札のカードをドブに捨てたも同然の行為であった。
そこで俺はこう考えた。あの時彼は、可能性に期待したのではないだろうか。俺とリリアンのどちらでもいい。どちらかが、王室衛兵から離反する可能性に。
真意のほどは分からない。ただ彼の発言は明らかに、彼の目的と矛盾するものであった。俺はそこに可能性を見出したのだ。彼らを利用できる可能性、そして、アナスタシア暗殺計画の真相に近づける可能性を。
「でも、それじゃあニックが反逆者になってしまう。捕まったらどうなるか分からないわ……」
「死にやしないさ。能力が使える限り、俺は不死身みたいなもんだからな」
「だったらあたしも一緒に行く。戻らなくたって、今二人でやればいいよ!」
彼女の必死の訴えに、危うく決意が揺らぎかける。しかしリリアンを巻き込むわけにはいかないのだ。
過去戻りの地点をフットとの口論時に指定するのは、俺に明確な動機があると思わせるためである。ダレンの取引に応じようとする俺の姿を、周囲の人間にある程度見せておかなければならない。フットは止めようとしたが、俺が強行手段に打って出た。という一連の流れが必要なのである。
その上で、リリアンが口論に参加した後だと不味い。先程そうだったように、彼女は俺の主張に同意するからである。そうなると後々、彼女に共犯の疑いが掛けられるかもしれない。彼女は絶対に傍観者でなければならないのだ。
全てにおいて、俺の独断行動であると思わせる必要がある。彼女らに疑いの目を向けさせてはならない。俺は逃亡生活に入るからいいとして、リリアンやフットは部隊を離れるわけにはいかないのだ。彼女らは、完全に無関係でなくてはならない。
「いや、俺一人の方が都合がいい。それに君まで一緒についてきたら、アナスタシアが一人になっちまうだろう。君以外に、誰が側で守ってやれるんだ」
「それは……」
「分かってほしい。俺も君も、アナスタシアを守るという決意は同じはずだ」
すると彼女は俯いて、小さく次のように呟いた。
「少し違うよ」
「……え?」
違うとは一体どういう意味なのだろうか。少し戸惑いながら見ていると、彼女はこう続けた。
「何で、今話したの……」
「何でって? どの話のことだよ?」
「謝ってくれたことも、全部打ち明けてくれたことも。あたしは、全部忘れるのに……」
彼女の瞳から涙が零れた。弱々しく発せられる掠れ声に、胸を刺されるような息苦しさを感じる。
「それは、俺のエゴだ。これから暫く会えなくなるし、今しか話すタイミングが無かった。もちろん過去に戻れば、今この時間は無かったことになる。俺も記憶は引き継げない。だから本当に無かったことになってしまう。でも、今どうしても話しておきたかった……」
「……そう」
彼女は椅子に腰かけて、そのままテーブルに突っ伏した。両腕に顔を埋め、ぐったりと動かなくなるリリアン。
その間に、俺は懐から手帳を取り出した。白紙のページを破り取り、その上に万年筆を走らせる。
『ダレンを解放せよ』
これまで試したことが無かったが、過去へ戻る直前の光景を引き継げるのなら、メモ書き程度の情報も伝えることが出来る筈である。念のため、ポケットから取り出した手錠の鍵も用紙の上に添えておく。
これからまた全て忘れてしまうのだ。フットの思いも、リリアンとの和解も。俺はリリアンと仲直りしないまま、フットと口論を交わした末に、襲撃犯を解放して共に逃走する。
全ては真相を突き止めるため、アナスタシアを守るため……。
「そろそろ行くよ」
静かに起き上がるリリアン。物憂げな表情でこちらを見ると、袖口で目元を拭い、ゆっくりと俺の側へ歩み寄る。
「戻る直前の光景だけ、引き継げるんだ」
俺はメモ書きをひらひらと動かして見せる。
「そうなの。んじゃ、あたしの姿も入れておいて」
「え? ああ、いいけど……」
リリアンと正面に向き合いながら、俺は眼前に用紙をかざした。傍から見れば、何とも奇妙な恰好に見えるだろう。
「ねえニック。最後に一つだけいい?」
「いいよ、何でもどうぞ」
俺は一旦メモ用紙を下ろし、正面に立つリリアンへと視点を戻した。気まずそうに、苦笑いを浮かべた彼女の姿が目に入る。
「あのね、ニックのこと好きよ」
「……えっ?」
「返答は聞きたくないから、絶対に言わないで。もう行っていいよ」
「……あ、ああ」
精一杯の声を振り絞ったつもりだが、喉が閉まって掠れ声しか出てこない。心臓の鼓動が聞こえるほど高鳴り、頭に血が上るのを感じる。
(流石に、戻りたくないな……)
しかしいつまでも留まっているわけにもいかない。俺は震える手で再びメモをかざし、走り書きされた文字をしかと見据えた。未だ動揺収まらぬ状態ではあるが、仕方がない。
(さあ、戻ってくれ)
視界がぼんやりと暗くなり、やがて意識が遠のいてゆく。
果たして、過去の俺はどう動くのか……。




