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取引

敵三名の捕獲に成功、まさに大戦果ともいえる結果である。サマンサが三人の治療にあたり、俺たちはその治療が終わるのを待ち続けていた。


一点気の重いことがあるとすれば、ホールデンへの報告である。昨晩の一件を思うと気軽に動けない。しかし奴の反応を確かめるためにも、今報告をしておかなければならない。


「……報告してくる」


リリアンは何も答えなかった。俺は一階の電話室へと入り、受話器を取り上げる。交換手が諜報局への接続を開始して、間もなく尋問室長のホールデンが電話口に現れた。


「ホールデン室長。報告です」


「何かあったのか?」


「襲撃です。三名の敵契約者を捕縛いたしました。現在医療班が治療中です」


「やはり、君は期待通りの成果を収めてくれるな」


「……ありがとうございます」


声の調子から、ホールデンの喜びが伝わってくる。しかし俺の心境は複雑であった。三名の契約者は治療の済み次第、諜報局へと引き渡されれるだろう。勿論彼らは秘密裁判にかけられる。いや、裁判すら開かれないかもしれない。本計画は全て隠密に済ませること、それが前提条件なのである。


俺たちは、このまま永遠に真相を手にすることができないかもしれない。



「今から諜報局員を向かわせる。本日夜には到着するだろう。尋問は、全てこちらで行う」


やはり、これでは入隊式典の時と同様である。アランやジェイソンの情報も、我々の耳には全く入ってきていない。今回の襲撃犯三名の真相も、恐らくこちらには知らされないだろう。


「式典の暗殺未遂について、何か分かったことはありませんか? アランの証言は未だ出ていないのでしょうか?」


「残念ながらな」


俺はここで、ある一つの提案を投げかけてみようと考えた。諜報局の動向を知る為、いや、ホールデンの真意を探る為の駆け引きをしようと考えたのである。


「諜報局員が到着するまでの間、こちらでも情報を引き出しておきます。既に意識を回復している者もおりますので」


「……その必要は無い。容疑者の尋問は我々の管轄だ」


やはり、思った通りの答えが返ってきた。ホールデンは局外の人間に情報を渡したくないのだろう。


「まだ敵が近くにいるやもしれません。万が一を考えて、今我々の方でも尋問を行うべきかと」


「ニック……。お前、妙な真似はするなよ?」


脅迫めいた口調で釘をさすホールデン。その背後に隠れた並々ならぬ圧力を、俺はハッキリと感じ取っていた。


「どうしてもと言うなら、お前一人でやれ。他の衛兵に情報を渡すな」


「……そういうことですか」


ホールデンは独自に事を進めようとしている。アランやジェイソンの情報も、彼が敢えて伏せている可能性が濃厚となった。今回の襲撃犯も、身柄を引き渡したが最後。あらゆる情報はホールデンが一手に握ることと為るだろう。かといって俺一人で尋問を行うなど、他のメンバーが黙っていない。


「分かりました。諜報局の到着まで監視に努めます」


俺は相手の返答を待たずに受話器を置き、二階のリビングルームへと戻っていった。サマンサの治療がだいぶ進んできたのか、意識を取り戻した敵の姿も見られる。


すると索敵班の一人が、歓喜の表情を浮かべながらこちらへやってきた。


「少女の身柄を拘束しました! 南西十五キロメートル地点の林中に潜伏していたとのことです」


索敵班の報告を聞き、俺は安堵と同時にやるせなさを感じた。恐らく多くの情報を握っているであろう彼女からも、俺たちは真相を聞き出すことが許されていないのだ。


しかしそれよりも目を引いたのは、意識を回復していたテレポート使いの絶望的な表情である。


フードを脱がされた男の顔は、予測通り二十歳前後の青年と思われるものであった。長く伸ばした銀髪に、中世的な顔立ちが特徴の美青年である。銀幕スターのプロマイドに彼の姿が混ざっていても違和感を感じないだろう。それほどに端正な顔立ちで、とても襲撃犯の一人には思えないのであった。


「これでお前らの仲間は全滅か?」


俺は自然と、テレポートの男に語りかけていた。尋問は行うなと釘を刺されていながら、彼の表情の変化に疑問を感じずにはいられなかった。


「……僕たちはどうなる?」


俺の問いには答えず、別の質問で返すテレポートの男。すると代わりにフットが立ち上がり、彼らの運命を言い渡す。


「全員死刑だろうな」


「あの子は直接手を下していない。命だけでも助けられないか?」


「王族の暗殺計画へ加担した者に例外は無い。証拠不十分であれば話は別だが、あの女は実行犯の一人だ。いやそもそも、裁判すら開かれないかもしれねえ」


「……頼む、彼女だけでも見逃してくれ」


男は額を床に擦り付け、必死の助命嘆願を行った。あまりにも悲痛なその様子に、フットも思わず顔を背ける。


「そいつは裁判長か、尋問官にでも言ってくれ。俺がどうこうできる問題じゃねえ」


しかし男は引き下がろうとせず、涙を流しながら少女の助命を訴える。


「お願いだ。もし彼女を見逃してくれるなら、知っていることを全部話す。もしだめなら……俺は何も話さない」


「そいつも俺の仕事じゃねえ。諜報局の連中に掛け合うんだな」


恐らく諜報局はまともに応じないだろう。奴らは尋問のスペシャリストだ。容疑者に主導権を握らせるようなヘマはしない。この男にも、恐らくそれが分かっているのだ。今が最後のチャンスなのである。ここで見逃してもらえなければ、死は免れない。


しかしどうしてこんなにも、彼はあの少女に拘るのか。なぜ自らの命乞いではなく、彼女の助命を訴えるのだろう。果たして彼女に特別な思い入れでもあるのだろうか。


「見苦しいぞダレン。連れだからってセコい真似すんじゃねえ。あいつも道連れだよ」


最も傷の浅かった岩男が、テレポートの彼に食って掛かる。どうやら襲撃犯同士の親交度には個人差があるようだ。


「フット。彼の提案に乗ってみないか? 諜報局に引き渡したところで、奴らは情報を共有してくれないかもしれない。また奴らに振り回されることになる」


「余計なことは考えるなニック。確かにこの不穏な情勢下で、俺たち衛兵は振り回されっぱなしだが。忘れちゃいけねえのはな、俺たちが只の兵士であり、軍人であるってことだぜ。上の命令に従う。俺たちにできるのはそれだけだ」


「上の命令って……。俺たちの上司は衛兵隊長であり、参謀本部であり、陸軍省だ。決して諜報局ではない」


「その衛兵隊長が、諜報局の権限行使を認めてるんだろうが。本計画は衛兵隊長と諜報局長、両名の協力により成り立っている。ニック、あまり政治に首を突っ込むな。ロクなことにならねえぞ」


「その前提がおかしいんだよ。アナスタシアの避難計画は、参謀総長の裁可も無しに決定されているじゃないか」


本計画はそもそも重臣会議の議場で、国王の鶴の一声により決定されたものである。政府も議会も、参謀本部もすっ飛ばして、あの議場にいる者たちだけで取り決められたのだ。緊急時を除き、本来衛兵隊長は動員の権限を持たない。ましてや諜報局に、俺たちの行動を制限する権利などありはしない。それがまかり通っている時点で、上の命令も何も、全てがメチャクチャになっているのだ。


「国王陛下が承認されている。王室衛兵にとってこれ以上の理由は必要ないだろうが。計画の正当性をあれこれ考えてもしょうがねえんだよ」


「国王とて国家の制度を無視することはできないだろ。それに、陛下が利用されている可能性も大いにあり得る。あの会議場の重臣たちも、諜報局も、本当に王室のことを考えているのか?」


「お前、その発言危ねえぞ。要注意将校の奴らみてえなこと抜かしやがって」


フットの表情が一層険しさを増す。彼にとっては上からの命令が全てであり、余計な推測は控えるべきなのだろう。勿論それは軍人として至極当然のことだし、非は俺の方にある。


しかしこれから先、俺たちはアナスタシアを守り切れるのだろうか。俺の能力が無ければ彼女はこの世にいない。リリアンを助けることも出来なかっただろう。


皆から見れば順調に進んでいる王太子妃の護衛だが、冷静に考えれば今の状況は異常そのものである。俺が居なければどうなっていた。アナスタシアは殺され、ヘルト帝国との同盟関係は瓦解する。王室の権威は地に落ち、国を根底からひっくり返す革命が発生していたかもしれない。


そうでなくとも、アナスタシアを守り切れなかった責任は全て、俺たち王室衛兵に向けられるだろう。彼女を守ることの重大性と困難さを、皆理解していないのだ。


これまで俺とフットの言い争いを聞いていたリリアンが、見かねたように立ち上がる。


「どちらの言い分も一理あるわ。でも、今回ばかりはニックの意見に賛成する」


「リリアンお前、自分が何言ってるのか分かってんのか?」


「ニックが諜報局に伝えたのは、襲撃犯三名の確保という情報だけ。あの感知系の少女を確保したことはまだ伝えてない。あたし達がこれから有利に動くためにも、今ここで敵との取引に応じるべきだと思う。正直今の体制で、この先もアナスタシアを守り切れるとは思えない。時には独断もやむを得ないと感じてるわ。あたし達は何よりも、彼女を守り抜くことを優先すべきよ」


彼女が賛同してくれるとは思ってもみなかったので、俺は少し驚いた。しかし何が何でもアナスタシアを守り抜くべきというのは、実に彼女らしい意見である。


「上が信用できないのは俺も同感だ。だがな、諜報局だって出来る限りのことはしているはずじゃねえか? アナスタシア様が暗殺されて喜ぶ奴がいるとも思えねえしな。命令された条件下で任務を遂行する、俺たちがすべきことはそれだけだろう」


「昨晩、ニックとホールデンのやり取りを聞いて感じたことがあるの。ニックは電話で援軍を要請していた。でも、恐らく断られたのよね。この避難計画は外に漏れてはならないから、これ以上兵士の動員は出来ないのよ。勿論諜報局とて彼女の暗殺は望んでいないでしょう。でも同時に作戦の限界も理解してるはず。最悪の場合、彼女が殺されることも想定に入れているんじゃないかしら」


「つまり上の連中は、殿下が暗殺されても構わないと考えている。って言いてえのか?」


「暗殺されることより、暗殺計画の存在が世に広まることを恐れている。と見るべきね」


フットは相変わらず、俺たちの意見を受け入れられない様子であった。しかしここは何としても、襲撃犯から情報を引き出したい。


「ダレンと言ったか? もう少し話を聞きたいな」


「おいニック!」


「聞くだけだ。それから考えてもいいだろう」


神妙な目付きで俺を睨むフット。俺は構わずに質問を始めた。


「仲間は他にもいるのか?」


「……いるとは思うが、詳しくは分からない」


「詳しく分からないというのは、どういう意味だ?」


「僕たちは雇われの身だ。シャーリーとは元々一緒だが、そこの二人は昨日顔を合わせたばかり。計画ごとに、複数名の契約者と組まされるんだ」


やはり、襲撃犯にはバックが存在するようだ。しかし一枚岩のグループではないらしい。これは全く想定していなかった情報である。


「雇い主の名は?」


「……君たちも知ってる人間だ。彼女を、シャーリーを見逃してくれるなら話す」


「フット、やはり彼の取引に応じよう」


俺はフットにそう訴えた。しかし依然として、彼は首を横に振る。


「認められねえ。違反行為に加担するのは御免だぜ。こいつが俺たちを出し抜こうとしている可能性だってある」


「そんなつもりはない! ただ、僕の大切な存在を守りたいだけなんだ」


「お前も俺たちの大切な存在を殺そうとした。どの口が言ってやがんだ?」


確かに、その点に関しては言い逃れようも無い。この男はアナスタシアを殺そうとした。あの少女もそれに加担した。情に訴えられたところで、助けてやる義理は無い。


すると男は続けてこう語る。


「……それに二人の予測は正しい。王太子妃を取り巻く情勢は、君たちが考えているより遥かに複雑で、どうしようも無いところまで来ている。正直このまま行けば、王太子妃はいつか必ず殺される」


「ハッタリだ。耳を貸すんじゃねえ」


「君たちは本当に王太子妃を守りたいのか? それは難しいよ。正直僕との取引に応じて、情報を手に入れたとしても難しい。国家と戦うぐらいの覚悟が必要だ。そうでなければ彼女を守ることは出来ないだろう。そうまでしても守りたいという思いがあるなら、僕との取引に応じるべきだ。これが彼女を守る最後のチャンスだと思った方が良い」


ダレンの話に、ウソ偽りがあるとは思えなかった。この取引は彼自身にとって何のメリットもない。こちらが乗ったと見せかけて、情報を引き出した上で約束を反故にすることも出来てしまうのだ。その可能性まで考えているかどうかは分からないが、彼の発言は、恐らく俺へ向けたものではないだろうか。


『国家と戦うぐらいの覚悟が必要だ』


もしそれが本当なら、少女を見逃したところで状況は変わらない。


『これが彼女を守る最後のチャンスだと思った方が良い』


テレパスの少女に、テレポートの青年。暗殺計画の背後を知る二人……。



「もしこいつの口車に乗るってんなら、いくらお前らでも容赦は出来ねえ。この場で組み伏せて、衛兵隊長に報告させてもらうぜ」


戦闘の構えを見せるフット。流石のリリアンも、怯えた表情を一瞬見せる。


「……分かったよ、フット。君の言う通りにする。すまなかった」


俺は両手を上げ、戦うつもりの無いことをアピールした。フットは安堵したように構えを崩し、大きくため息をつく。


「アナスタシア様を守りたい気持ちは痛いほど伝わったよ。けどな、何も自分の立場を危うくしなくたって……。俺たちで力を合わせて、これまで通り頑張っていけばいいじゃねえか。俺だってな……、冗談でも、お前らを突き出すなんて……」


「……本当に、悪かった」


フットの切実な思いが伝わるようであった。彼の言動も、俺たちのことを思ってこそのものだったのだ。


「リリアン、少し頭を冷やそう」


「……えっ?」


戸惑いを見せるリリアンの腕を強引に掴み、俺は別室へと彼女を連れ込んだ。

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