全面対決
翌朝、俺はロイドと共に朝食を採っていた。軽い世間話を交わしている間に、アナスタシアとリリアンがリビングへとやってくる。
「おはよう、二人とも」
アナスタシアは眠そうに挨拶するが、リリアンは俯いたまま何も話さない。そのまま二階の中庭へ去ってしまったリリアンを、アナスタシアは心配するように見つめている。
「なんだかね、元気ないのよ。どうしたのかしら」
するとリビングの奥で寝そべっていたサマンサがむくりと起き上がり、こちらへ歩み寄ってきた。
「まー彼女も子供ですからね。ほっときゃ治りますよ」
そう言いながら、俺を横目で盗み見るサマンサ。何か見透かされているような感じがして、俺は思わず目を伏せてしまった。
「もう、サマンサはいつもそう。私は心配してるのよ?」
「殿下はお人が良すぎます。あの人、付き合い下手ですからね。何か人間関係のトラブルでもあったんじゃないですか?」
またも俺を横目で見るサマンサ。まさかこいつ、昨日の一件を知っているのか……。
「ニック、何か知ってるの?」
アナスタシアに切実な視線を向けられて、俺は思わず立ち上がっていた。皆に話すほどの事でもないし、何より俺も、未だ腹の虫がおさまらないのだ。
「知らないよ。本人に聞いてくれ」
食事もそこそこに、俺は武器の手入れに取り掛かる。昨日はリリアンのお陰で全く手に付かなかったのだ。
(ほらね、やっぱりあんたは何か隠してる)
お前に何が分かる。俺がどれだけ苦労してアナスタシアを守ろうとしていたか。いや彼女だけじゃない。お前にも、死んでほしくないんだ。
(そんなこと分かってるわよ。それでも信用できないって言ってるの)
これ以上何をしろってんだ。ナブールの戦闘で瀕死のお前を庇ったのは俺だろう。それでも信用できないって?
(あたしも感謝してるわ。任務の面だけじゃなくて、色々と……)
あの台詞は何だったんだ。俺はあの時、初めて心から信頼されたと思って嬉しかったんだぞ。
(傍から見れば不良カップルってところかしらね)
(ねえ、びっくりした?)
(あんたは何を企んでるの?)
何も企んでない。俺は俺のやり方で、ここまで戦ってきたんだ。なぜ分かってくれない。なぜ俺を責めるんだ。
(じゃあ示してよ! 信用できることを証明してよ!)
証明……、信用……。
「お? その武器もしかして、試作品の自動小銃か?」
そこにいたのはフットであった。いつの間に戻っていたのだろうか、目の前にしゃがみ込み、俺の持つ銃を物珍し気に観察している。
「……ああ」
「すげえな、どうやって手に入れたんだ?」
「別に……、貰ったんだよ」
フットには申し訳ないが、今は雑談もする気になれない。
「何だお前、やけに元気無さそうじゃねえか」
「何もないよ」
「……ははーん、なるほどね」
窓越しに中庭のリリアンを一瞥し、フットは何か悟ったような笑みを浮かべる。
「なーにやってんだよお前ら。仲良さげにやってると思えば、今度は喧嘩か?」
「仲良く思ってたのは、俺だけだったみたいだな。あいつは違ったらしい」
「そらお前、あいつと知り合って一か月も経ってねえんだから」
勿論俺と彼女の関係は出会って一週間弱程度のものだ。しかし彼女は俺を信用していなかった。俺が何かを企んでいると、これまでずっと疑いの目で見ていたのである。
「俺を信用してない。ずっと疑ってやがったんだ」
「信用ねえ。俺からすれば、あいつが珍しく心を開いてるように見えたけどな」
「それが違ったんだよ。フットはどうだ? 俺が信用できない人間に見えるか?」
「信用も何もなあ。俺はまだお前の事、何にも分かっちゃねえんだからよ。優秀な奴だとは思ってるぜ。それにまあ、悪い奴じゃねえ」
「……だよな。仕事の関係だし、確かにそんなもんか」
リリアンに対して、色々と期待しすぎていたのかもしれない。友人のような関係が築けていると勘違いしていたのだ。だがあくまでも、俺と彼女は上司と部下の関係にある。お互いに責務を果たせればそれでいいのだろう。最初からそのつもりで接していればよかった。
「何か勘違いしてねえか? そら俺とお前は同じ王室衛兵の一員ではあるけどよ、だからって仲良くなっちゃいけねえ訳じゃねえ」
「いや、それぐらいのが良かったんだろう。彼女を友達だと思ったのが間違いだった」
「はぁ……。これだからガキ同士はめんどくせえ。いいか? 俺が言いたいのはな、お前ら二人はまだ何も分かり合っちゃいないってことだ。一方的に自分の理想を押し付けるな。お前らの間に何があったかは分からねえし聞く気もねえが、どうして信用されてないと言い切れる? お前はあいつの何を知ってるんだ?」
「彼女だって、俺のことを分かってない」
「そうやって過剰な期待を相手に掛けるから、裏切られたと思い込むんだよ。そりゃ何でも受け入れてくれるアナスタシア様のようなお方もいるが、そんな人間は一握りだ。『俺のことを理解してくれているはず、俺のことを信用してくれてるはず、これだけ君の為を思って行動してるんだから』って、どうせそう思ってんだろ? んなもん人によりけりだ。リリアンには、何か思うところがあったんじゃねえの?」
「俺が何でも話せばいいのか? 説明が足らなかったと」
事実そうだったのかもしれない。
ロイドやアナスタシアは、何も聞かずに俺の言うことを信じてくれていた。それは当たり前のことでは無かった。彼らの寛容さに俺が甘えていただけなのかもしれない。
「その辺はお前次第だろ。俺なんかはあいつと合わねえし、あいつもそこまで俺に心を開いてねえからな。お互いに、今の相応の関係でもいいと思ってるだろうよ。けどお前はどうだ?」
「そりゃ仲良くしたいさ」
「んならお前が大人になってやりゃいいんだよ。つーか、そもそもあいつはバリア張るタイプだから。こんな短期間で打ち解けてるお前が珍しいんだぜ?」
「……分かった、少し頭冷やすよ。ありがとう」
「任務に支障が出なけりゃそれでいいさ」
呑気に去ってゆくフット。俺は再び武器に目線を戻し、彼女について思いを巡らせた。
フットの言う通り、俺は彼女のことを何一つ理解していない。時々、何を考えているのか分からなくなる時がある。ふとした瞬間に見せる表情や言動。俺に気を許しているような気もするし、そうでない気もする。ずっと近くにいるから、そんな風に思うのだろうか。フットの様に相応の関係で留まっていれば、こんなに悩むことも無かったのかもしれない。
(あんたのこと、信じていいのよね)
宮殿出発の前日、切な瞳で俺を見詰めていたリリアン。あの時の彼女の表情が俺の脳裏に蘇ってきた。
俺はあの時、自信を持って言葉を返すことが出来なかった。隠し事をしている後ろめたさもあった。それ以上に、彼女から感じられる切実な思いが、俺に返答を躊躇わせた。
(じゃあ示してよ! 信用できることを証明してよ!)
あんなに取り乱した彼女を見たのは初めてだった。過剰な期待を相手に掛けるから、裏切られたと思い込む。彼女もそうだったのだろうか。俺を信じたいと、そう切実に思っていたのだろうか。
能力のことはいずれ話すつもりだった。話さなければならないと思っていた。ホールデンとの関係も、どうにか考えなければならないと思っていた。しかし、何かと理由をつけ、それを後回しにしてきたのである。信じてくれているから、問題ないだろうと……。
「南方面の索敵班より緊急電! ここより1.5キロメートル地点にて三名の生体反応ありとのこと!」
静寂を破るように、部屋中に索敵班員の伝令が響き渡る。
まさかこのタイミングで敵襲か? 俺は急いで装備を整え、リビングへと飛び出した。




