交差する感情
「何かいい感じになってんじゃん。どしたの」
にやにやと笑みを浮かべて、俺をからかうアナスタシア。
「……うるさいな、いいだろ別に」
「あれ、怒った? 悪いなんて言ってないよ~」
「で、何の用だ?」
彼女の出現条件はこうである。俺と実際のアナスタシアが触れた際に、どちらかが会いたいと強く望む事。俺は精霊の事なんてこれっぽっちも考えていなかったので、今回会いに来たのは彼女の方であった。
「いやー、ね。対価の報告しとかなきゃって」
来たか。対価の報告はこれで二度目である。前回は問題なしと告げられたが今回はどうだ。能力はさほど使っていない筈だから、そこまで変わるとも思えないが……。
「君、ちょっと支払い悪くなってるね。別に不味くはないけど」
「マジかよ……。今んとこ大して能力使ってないぜ?」
「ちょーっとだけだから。ま、色々見直してみてよ」
色々見直せと言われても……。俺がどんな対価を支払っているのか教えてくれないのだから、見直しようが無いのである。
「あー、頑張って考えてみるよ」
「んじゃまた! お邪魔しちゃって悪いね~。たまには君の方からも会いに来てくれると嬉しいなー」
相変わらず勝手な女である。いつの間にか精霊のアナスタシアは消えており、彼女の髪色も元の金髪に戻っていた。
「……ニック?」
彼女はキョトンとした顔で俺を見詰めていた。あの女……。前回もそうだったが、突然戻るからこうなるのだ。精霊の発現中は時間が停止する。アナスタシアからすれば、前を向いていた俺が次の瞬間、何の動きも見せずに振り返っているのだ。そりゃ驚いて当然である。
「あー、いや、すまない。行こうぜ」
すぐさま彼女の手を離し、俺は平静を装って階段を下りていく。
二階のリビングに戻ると、リリアンとロイド、そしてサマンサら宮殿職員が食事を採っていた。フットら王室衛兵組は、一人の索敵班員を除いて姿が見えない。
「あれ、フットたちはどうしたんだ?」
「他の索敵班員四名は、四方一キロメートル地点に展開中です。敵の侵入を探知次第、私に情報を送る手筈となっております。フットさんは……、何故か先ほど外出すると言って、今のところ戻っておりません。何やら調べたいことがあると仰っていたのですが……」
「そうか。彼の事だ、何か考えがあるんだろう」
俺とアナスタシアも席に着き、持ち合わせの携帯食料を食すことにした。食料品に関しては、明日以降付近の王室御用牧農場、及び加工場から輸送されることになっている。今夜はレーションで我慢する他ない。
「ロイド、リリアン。今夜の護衛について少し話そう」
この別荘には寝室がひとつしかない。又どの部屋にいようとも寝室まで近い為、細かい取り決めの必要もないだろう。宮殿職員も含めて、俺たちは殆ど全員同じ部屋で寝食を共にすることとなるのである。
「……」
何故か無言で食事を採り続けるリリアン。するとロイドが代わりにこう答える。
「宮殿の時と同じく、三人の交代制でいきましょう。この狭さならブザーを鳴らす必要も無いですし、何より索敵班の方々が敵の侵入を監視してくれています。基本的には、敵の感知は彼らにお任せしてしまいましょう」
「ええ、お任せください。敵の感知は我々索敵班の専門でありますので」
彼らの存在は非常に心強い。ゴードンの洋館襲撃時も、彼らのお陰で体制を整えることが出来たのだから。
しかしリリアンの様子が妙である。いつもなら積極的に舵を取りたがる彼女だが、今回は特に会話へ入ろうともせず、一人で黙々とレーションを口に運んでいる。
もしかしたら長時間の車移動で疲れているのかもしれない。車酔いも激しいみたいだし、きっと無理をしていたのだろう。
「先にシャワー浴びてくるわ。後はよろしく」
そっけない態度で席を立つリリアン。その様子を見てアナスタシアも不安に感じたのか、ロイドにこう尋ねる。
「リリアン、疲れてるのかな?」
「アナスタシア様がご心配なさらずとも。彼女は軍人です、私よりはるかに強いお方ですから」
「……うん、そっか。そうだよね。余計な心配しちゃ失礼ね」
食事を終えたアナスタシアは、宮殿職員らと共にリビングの清掃を始めていた。俺も手伝おうかと声を掛けたが、人では足りているので大丈夫だと言う。まあ、俺が手伝ったところで足手まといにしかならないだろう。
手持無沙汰になった俺は、取り敢えず手入れでもしようと考え、アナスタシアの室内へお邪魔した。荷運びの際、俺は彼女の寝室に武器を置いていたのである。
そして自動小銃やショットガンの入った武器ケースを見つけ、手に取ろうとしたその時であった。
「……え?」
目線の先に、下着姿のリリアンが立っていたのである。
今まで気付いていなかったのだが、この別荘は寝室と浴室が一体化していたのだ。こうして見ると両室はカーテンで仕切られている。しかし荷運びの段階で俺は、全く気にも留めていなかった。
彼女は慌てた様子で浴室のカーテンを閉め、俺も急いで寝室を飛び出した。
(やっちまった……)
動悸が収まらない。予定通り武器の手入れをしようと試みたが、暫くの間、俺は何も手に付かないでいた。
やがてリリアンが寝室から姿を現した。そして彼女は、鋭い目付きで俺を睨みつけた。
「……ごめん」
「……」
リリアンは何も語らない。ただ真っ直ぐに俺を見据え、眉間に皺を寄せて立っている。
「あの……、武器の手入れをしようと思ってさ」
「……」
一体何なんだ!? どういう感情なんだ!? 怖すぎるんですよ。いや俺が悪いんですけれどね、こう無言で睨まれ続けると……。
「マジでわざとじゃないんだって。浴室があそこにあるなんて知らなかったんだ。いやほんとに」
顔が熱い。現在俺の顔は真っ赤にのぼせ上っているのだろう。それでも何とか弁解する為に、身振り手振りを交えながら、俺は慌てふためいて状況を説明することしかできなかった。
「ばーか。下着ぐらい見られたって、何ともないわよ」
「……え?」
俺はあっけにとられてしまった。頭がぐちゃぐちゃに混乱して、何も返す言葉が思い浮かばない。
「ねえ、びっくりした?」
「……え? びっくり? ……した、かも」
「そう……」
そのまま彼女は席に着き、残していたレーションを食べ始める。
いや、びっくりするわそりゃ。マジで何なんだよ。何だあの表情は……。
俺を試すような冷たい瞳。しかし冷たいだけじゃない、何かを探ろうとするような鋭い眼光。彼女の考えていることが、俺には全く分からない……。




