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恋と愛と親愛と

やがて四台の自動車がランズベリー邸の庭へと到着した。美しい流線形が目を引く、スポーツタイプのオープンカーである。俺たちが乗ってきた車より遥かに積載スペースが狭い為、多くの荷物を置いていく必要がありそうだ。


「こちらが我が社の新作、ランズベリー・モデルJにございます。トップギア時の最高時速は194キロメートル、停止状態から時速160キロへ到達するまでに要する時間は僅か25秒。これまでレーシングカーのみに採用していたDOHCを導入し、7リッターの排気量、265馬力の馬鹿力を引き出すことに成功した、我が社の最高傑作とも言うべき製品です」


何を言っているのかサッパリ分からないが、とにかく速いのだろう。確かに最高時速190キロオーバーの高速は、一般モデルで他に類を見ないはずである。何よりランズベリーさんから発せられる異常なほどの興奮に、俺は少々引いてしまった。


「ユトダインで、いや世界で一番大きく、高速で、高価で、そして品質の良い車を目指しました。まだ発売時期は確定しておりませんが、まさか社員以外で最初に乗るお方が、アナスタシア王太子妃殿下になるとは……。これは神の思し召しに違いない。今から名称を改変して、殿下のお名前を冠したいところではありますがいや畏れ多い……」


「へえ、乗り心地も最高だな。これ俺にも一台貸してくれよ」


興奮気味に捲し立てるランズベリーをよそに、ゴードンが運転席の乗り心地を確かめていた。ランズベリーの顔から見る見る間に表情が失われて行く。しかしすぐさま笑顔を取り戻し、ゴードンを無視してもう一台の運転席のドアを開く。


「殿下、貴方が記念すべきお一人目の搭乗者です。どうぞお座りください」


「あ、あの……。私運転できないもので……」


「あっ……、そうでございますよね……」


その間に、俺たちは積み荷の検討を行っていた。まず無線機は必要ないだろうということで、積み荷から除外することが決定する。その他必需品以外の荷物、例えば姿見や化粧品、トレーニング器具やいらない衣料品などは置いていくことにした。


「化粧品はさあ……。まあいいけど」


リリアンが不服そうにボヤいている。ここ一週間と少しの付き合いで分かったことだが、彼女は割と、いや相当に女の子らしい一面を持っているらしい。今日の服装もまた特徴的なもので、釣り鐘帽子やドレスの装飾も、どこか煽情的でアヴァンギャルドな雰囲気を醸し出している。


「その服も最近の流行りなの?」


ファッションには全くと言っていいほど無関心な俺だが、ナブールで見た女性たちの服装とも異なるリリアンのドレスに、少しばかり興味をそそられる。


「ああ、これ? ギャルソンヌルックってやつよ。ルネスタンで流行ってるの」


「ギャルソン……?」


ルネスタンとはヘルト帝国の西側に位置する五大国の一員、ルネスタン共和国のことである。首都テオドナは芸術、音楽、そしてファッションの都と呼ばれており、世界の流行はルネスタンが作るとまで言われるほど、芸術文化の醸成した国であった。


「ま、どうでもいいわ。さっさと積み荷を入れ替えちゃいましょ」


力仕事は俺たちの得意とするところで、積み荷の入れ替えはあっという間に完了してしまった。いよいよ出発する頃には、時刻は午前九時を回っていた。


「ゴードン、色々と世話になった」


ロイドがゴードンの肩を叩き、感謝の意を述べる。


「大したことはしてねえよ。それよりロイド、本当に戻るつもりは無いのか?」


「お前に全てを託した。今の俺は……」


「イザベル王妃に忠誠を誓ったと」


するとロイドは首を横に振り、ゴードンの目を真っ直ぐに見据える。


「それだけじゃない。アナスタシア様の為にも、俺はここで戦い続けなければならない」


「……ったく。王妃様の時は全く理解できなかったが、今回アナスタシアの嬢ちゃんを間近で見て、ちったぁお前の気持ちも分かったよ」


「お前には、本当にすまないと思っている」


「ああ? 何の話してんだロイド? お前は俺の親父だ。あの時俺を引き取って、俺に居場所を与えてくれた瞬間からな」


「……ゴードン」


「死ぬんじゃねえぞ。嬢ちゃんの子守が済んだら戻ってきてもらうからな」


ゴードンの瞳には僅かに涙が浮かんでいた。ロイドは何も言わずに運転席へ着席する。


「お世話になりました! またどこかで!」


大きな声で、アナスタシアが別れの挨拶を告げる。ランズベリーとゴードンは手を振りながらそれに応えた。

一日足らずのナブール滞在であったが、色々なことがあったように思う。これも一つの出会いと別れ。俺はふと、能力の乱発に対する心理的な嫌悪感が湧き上がるのを感じた。


(もしこれより前に戻ったら、今の感情も無かったことになってしまうのか)


俺はこれまで三回の上書きを経験している。いや、もしかしたらそれ以上の過去戻りを経験しているかもしれない。その度に、俺は何かを失っているのだ。それは大切な何かかもしれない。今同じ車に乗っている三人との、かけがえの無い思い出かもしれない。しかし俺には何を失ったのかも分からない。過去に戻るとき、俺はその何かを失ってもいいと判断したのだろうか。記憶も思い出も経験も感情も、何もかも無かったことになってもいいと、そう考えたのだろうか。


精霊は契約の発動を運命だと語っていた。俺が過去戻りの能力を手に入れた理由が、少しだけ分かったような気がする。俺は本当の意味で、他人の感情に寄り添うことが出来ない。未来の俺が何を考えていたか分からないが、きっと俺なら、大した葛藤も無く過去に戻ることが出来てしまうような気がする。


俺は何のために能力を使うのか。アナスタシアを守るため、リリアンやロイド、その他みんなを守るため。本当にそうなのか。当たり前のように、俺はやり直すことに慣れてしまっているだけなのではないか。使命だの何だの、そんな高尚な理念を持ち合わせているのだろうか。


「おーい! リリアン!」


交差点で停車した俺たちに向かって、歩道から手を振る少年の姿が見えた。ゴードンの洋館に着いた時、最初に寄ってきた少年グループの一人である。リリアンの様態を心配していた少年。その少年が息を切らせながら、後部座席に座るリリアンのもとへと駆け寄って来る。


「あんた、こんな所で何してんのよ。てか何であたしの名前を……」


「間に合ってよかったぜ」


少年はリリアンの手を取り、その手のひらに指輪を握らせた。銀製品のスプーンの柄を捻じ曲げた、お手製のスプーンリングである。


「は? 何これ? どーゆーこと?」


「こんなもんしか渡せないけどさ、気持ちは本物だぜ」


「はい? 気持ち?」


照れくさそうに頭を搔いていた少年だが、不意に決心したように彼女を見据える。


「お前が好きだ!」


「は? はあ!?」


「俺も絶対に王室衛兵になるから、それまで待ってくれ!」


「え、いや、はい!?」


取り乱すリリアン。真剣な眼差しで彼女を見つめる少年。警官の手信号が進めの合図を告げ、俺たちの車にもアクセルが踏み込まれる。


名も知らぬ少年は、次第に遠ざかる俺たちの車を見つめ続けていた。リリアンは顔を赤くして、彼に貰った指輪を握りしめている。


「……ねえアナスタシア。何かチェーンみたいなの、持ってない?」


「え、ああ、ちょっと待ってね。予備のがあるわ」


アナスタシアは自身の鞄からシルバーのネックレスチェーンを取り出した。それを受け取ったリリアンは、少年から貰った指輪を通して、静かに首へぶら下げる。


その姿をミラー越しに見ていた俺は、先ほどの下らない悩みなどすっかりどうでもよくなっていた。好きという気持ち、それだけで充分ではないか。俺は好きな人に生きていてほしい。それだけで充分ではないか。


暫くの間、俺はリリアンの表情から目が離せないでいた。彼女の心情を知りたいと、心のどこかでそう感じていた。鏡越しに移る彼女の表情は嬉しげで、切なげで、儚げで美しい。知りたいと思う程分からない、そんなもどかしさに苛まれるのである。


「スピードを上げます。念のため車体にお掴まり下さい」


車は市街地を抜けていた。ロイドの合図と共に、スピードが一気に加速する。耳元を駆け抜けてゆく轟音。時速160キロの超高速で、俺たちは次の目的地へと向かうのであった。

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