シャーリー
時計の針が午前一時を指し示そうとする、丁度その時であった。
「屋外広間に生体反応あり! 敵襲かもしれません!」
一人の索敵班員が声を上げた。俺たちは一斉に立ち上がり、アナスタシアを後方へと退避させる。
すると突如として、巨大な重力の圧が俺たちへ襲い掛かった。アナスタシアを含めた五人の身体が、一挙に床板へと叩き付けられる。
「重力か! 厄介なのが居やがるぜ」
予測通り、今回の襲撃はテレポート使いだけでないようだ。屋外の敵が能力を行使しているのだろうが、このままでは一方的に嬲られるだけである。
「食らいやがれ!」
フットの叫び声と同時に、外から強烈な爆発音が響き渡る。同時に俺達を圧し潰していた重力が消え去りった。身体の自由を取り戻した俺たちは、急ぎ体制を建て直す。
フットの能力は『爆発』。狙った座標に巨大な爆発を発生させる能力だ。音の大きさから、屋外広間を無差別に攻撃したのだろう。
そのままフットは玄関扉を蹴破って、屋外へと飛び出していった。
「俺たちも続くぞ!」
そう言ってフットの後を追おうとした瞬間、玄関口を塞ぐように二人の敵が現れた。一人はフードを被ったテレポート使いの男。そしてもう一人は、可憐なドレスを身に纏った幼い少女である。
「んー、見たことない人いっぱいいるねー。ぜんぶで何人かな?」
たどたどしい喋り口で、俺たちの人数を数え始めるドレスの少女。
「シャーリー、早くしてくれ」
テレポートの男が、少々焦り気味で少女を急かしている。
するとリリアンが先手を打つべく、無数の氷槍を生成し始めた。
「今度こそ逃がさないわよ」
一斉に放たれる氷槍。しかしタッチの差でテレポートが発動したようである。玄関前から二人の姿が消え去り、大量の氷槍が木扉を貫いた。
「あの少女は何だったんだ」
「あんたの言う感知系じゃないかしら。あたし達の顔を確認してた。視認した対象物を感知するタイプなのかも」
「なるほど。厄介だな……」
屋外では絶え間なく爆発音が響いている。フットが一人で重力使いと戦っているのだろう。
「加勢するわよ!」
俺とリリアンは急いで屋外へと飛び出した。アナスタシアもロイドに抱えられ、四人共に中庭へと降り立つ。敵にテレポートがいる以上、アナスタシアを別行動にさせるわけにはいかない。俺とリリアン、そしてロイドは常にアナスタシアと同じ空間にいるべきだと、先ほどの会議で取り決めを交わしていたのだ。
テレポート使いと異なり、もう一人の敵は外見を隠していないようであった。あの簡素な労働着姿の青年男性が、重力使いの契約者なのだろう。男はロイドの爆破攻撃を避けるのに必死で、ほとんど防戦一方に追い込まれている。
「二人来たぞ! 何とかしろダレン!」
重力の男が血相を変えて叫び出す。すると先ほどのテレポート使いが眼前に現れ、俺の頭上へとサーベルを振り下ろした。
こちらも即座にブレイドを引き抜き、敵の斬撃を受け止める。相手が怯んだ瞬間を狙い、側面からリリアンの援護射撃が放たれた。
「クソッ! この人数は分が悪い!」
溜らず怒鳴り声を上げるテレポート使い。重力男もイライラした様子でそれに応じる。
「シャーリー! 調整はまだ終わらねえのか!」
先ほどの少女はシャーリーと呼ばれているようだ。調整とは何を示すのか分からないが、恐らく奴らは何かを企んでいる。しかし、視界のどこにもあの少女の姿は見えない……。
「来たぞ! 調整完了だ、一気に攻める!」
テレポート男の号令と共に、重力使いの男が一気に力を開放した。先ほど同様、中庭のメンバーが悉く地面に圧し潰される。
しかしすぐさまフットが重力男の周囲を爆破した。初動の攻撃でもそうだったが、奴が爆破を避ける度に能力が解除される。どうやら奴は、一点に留まっていないと能力を行使できないらしい。
「あの重力、足止め程度の威力しか無えみてえだな」
暫く一人で戦っていたフットが、敵の分析を語り始めた。
確かに、先ほどから立ち上がれない程度の重力は掛かるものの、一定以上の圧は加わっていないように思える。
「あれ以上の威力は出せないってことか」
「ああ。それに加えて奴は移動しながら能力を使うことが出来ない。俺の爆破のような、範囲攻撃にはめっぽう弱いと見た」
土煙に紛れて、敵二名はこの場から一旦退避したようである。
「逃げたかしら?」
「いや、油断はできない」
先ほど二人の話していた『調整』という単語が引っかかる。あの少女に何かを頼っているようであったが、果たして……。
「……えっ?」
鈍い衝撃音と共に、リリアンの身体が崩れ落ちた。彼女の身体から切り離された右腕が、原型を留めぬほどに叩き潰されている。
「キャアアアアア!」
アナスタシアの悲鳴が響き渡る。
リリアンの立っていた地点の石畳が円形状に窪んでいた。恐らくあの重力使いの攻撃だ。奴はリリアンの立ち位置をピンポイントで狙ってきたのだ。先ほどまでの重力攻撃と異なり、人体を潰すほどの威力を有していることが分かる。
状況を察した俺は、急いでリリアンを抱きかかえた。
「ロイド! アナスタシアを頼む! みんな立ち止まるな!」
一目散に駆け出した俺の背後で、再び衝撃音が響き渡る。振り返ると先ほど同様、粉々に砕けた石畳と円形の窪みが見て取れる。アレを食らったら終わりだ。リリアンは右腕だけで済んだが、全身に食らえば命は無かっただろう。彼女は間一髪で避けたのか、それとも敵が座標を外したのだろうか。
「クソッ! どこに隠れてやがる!」
フットが取り乱した様子で能力を乱発する。辺り一面に爆破音が響き渡り、無数の瓦礫が宙を舞った。
「感知班! 敵の位置は分からないのか!?」
「少なくとも敷地内には見当たりません!」
となると敵は、ある程度離れた地点から能力を行使しているのか。
「これじゃ埒が明かねえぞ!」
フットの言う通りだ。この人数で敷地外の敵を探すのは無理がある。更にテレポートがいる以上、例え敵の位置を突き止めても意味がない。
こうなったら、一度過去に戻ってやり直すか……。
(過去にもどるって、どういうこと?)
突如聞こえてきた少女の声に、俺は慌てて辺りを見回した。先ほどまで絶え間なく続いていた重力攻撃がピタリと止んでいる。しかし、少女の姿はどこにも見えない。
(ふーん。面白い能力もってるんだねー)
まただ。声の主はシャーリーと呼ばれる少女だろう。まるで脳に直接響いてくるような声である。
(だいじょうぶだよ、だれにも言わないから。またあそぼうねー)
まさか、俺の心を読んでいるのか。あの少女は感知系の契約者であるのは間違いないだろうが、他人の心まで覗ける能力など、これまで一度も聞いたことが無い。
「おい、攻撃が止まったぞ。どうなってんだ……」
呆然と立ち尽くすフット。すると洋館の入り口から、ゴードンの姿が現れた。
「周辺に展開させておいたメンバーから、襲撃者らしき三人の姿を発見したと報告が入った。どうやら逃げてったみたいだぜ」
そう語るゴードンを見て、ロイドが驚いたように口を開く。
「ゴードン、協力してくれていたのか……」
「周囲に被害が及ばないよう、メンバーを配置してただけだ。あんな戦闘に巻き込まれるのは御免だからな」
「……ありがとう」
固い握手を交わすロイドとゴードン。
ひとまず危機は去ったようである。
あの少女の声が気になるところだが、今はそんなことに思考を割いている余裕はない。俺の腕の中で、片腕を失い苦しむリリアンを何とかしなければ。
「サマンサは? 医療班はどこにいる?」
「只今呼びに行っております。しばしお待ちを」
索敵班の一人がそう答えた。俺は自らの衣服を利用して、彼女の止血を試みる。辛うじて意識はあるようで、彼女は苦しげにうめき声を漏らした。
「……アナスタシアは?」
「心配するな。今は喋らない方がいい。もうすぐ医療班が到着するから、それまで頑張ってくれ」
俺の言葉を聞いたリリアンは、安心したように瞼を閉じた。
だが依然として呼吸は荒い。早くサマンサの治療を受けさせないと。




