ロイドの過去
「アナスタシア。あんなことする必要無かったわよ。大事なペンダントじゃなかったの?」
リリアンが憤慨しながらアナスタシアへと詰め寄っている。しかしゴードンに緘口を約束させるのに、アナスタシアの行動は適切だったようにも思える。ロイドの旧友であることも鑑みれば、ゴードンが約束を反故にするとも考えにくい。
「うん、母に貰ったものだけど。他に渡せそうなものが無かったから……」
「ロイドも、色々説明してもらいたい所ね」
「リリアン殿、申し訳ございません。特に隠していたわけでは無かったのですが……」
ロイドはそう前置きして、自らの過去を簡単に語り始めた。
ロイド・キングストンは、ここナブール六番街の出身であった。両親の記憶は無く、物心ついた頃には既に、兄と二人で暮らしていたという。当時より六番街は絶望的な貧民街で、物乞いだけではとても生きていけるような環境ではなかった。二人は窃盗等の犯罪行為にも手を染めながら、何とかして幼少期を生き抜いていたのである。
「やがて私達は、この街で生き抜く術を確立していきました。金の稼ぎ方を覚え、食うに困ることも次第に無くなっていきました」
ところが、軌道に乗り始めた二人の生活は、突如として終わりを告げることとなった。
「私が18になる頃のことです。帰宅途中の路地で、私達はとある少年とすれ違いました。ところがその少年がすれ違いざまに身体をぶつけてきたので、私は直ぐに、彼がスリを仕掛けたのだと気づいたのです。兄も同様に勘付きまして、そのまま駆け出そうとする少年をひっ捕らえてしまいました。その時です。抵抗しようとした少年が刃物を取り出し、兄の腹部に突き立てたのです」
ロイドの兄はその場で倒れ込み、出血多量で亡くなってしまった。しかしロイドは警察に頼らなかった。少年を突き出して、殺人の罪に問うことをしなかったのである。
「兄と私は、薬の密売で生計を立てていたのです。そして後に知ったことなのですが、少年の母親は私達の顧客でした。彼女は重度のモルヒネ中毒者でした。私達の売り捌いていた薬物のせいで、少年の母親は壊れていってしまったのです」
「もしかして、その少年ってのは……」
「ええ。その少年こそ、先ほどのゴードンなのです。キングストンファミリーは、私の罪償いのために結成された集団でした。ファミリーと名乗ってはいますが、その内実は孤児院のようなものです。六番街の孤児を引き受け、彼らに居場所を与えるのが私の役割でした。薬の密売からも足を洗い、私は拳闘で身を立てることにしました。ファイトマネーは全てメンバーへ分け与え、彼らが真っ当な道を歩めるよう支援してきたのです」
ロイドの戦闘能力の高さは、この拳闘士時代の経験から来ていたのか。孤児を賄えるくらいだから、相当の腕だったのだろう。
「そんな過去があったなんて……。でも、どうしてそこから、王室の執事になったんだ?」
「現王妃イザベル様との出会いが、私の運命を大きく変えました。その頃には年長者のゴードンも立派に成長しておりまして、彼に全てを任せられると信じて、私は六番街を後にしたのです」
イザベル王妃。ユトダインの母とも呼ばれる彼女は、その大らかで慈悲深い性格から、多くのユトダイン国民に慕われてきた存在である。
「なるほどね。あんたがイザベル様の執事をやってたことは知ってるけど、まさかそんな人生を歩んでいたなんてね。もっと早く話してくれればよかったのに」
リリアンが不満げに嘯くと、ロイドは丁寧に頭を下げた。
「リリアン殿の御耳に入れるほどのことでも無いと思いまして、これまで伏せてきた次第に御座います」
「まあ、話しにくい内容ではあるわよね。いいわよ、そこまで気にしてないから」
すると、これまで大人しく口を閉ざしていたフットが不意に立ち上がる。
「そろそろ作戦会議に移らねえか? ただ敵を待つだけじゃ心元ねえからよ」
「そうね。フットには詳しい話もしてなかったし、出来るだけ準備しておきましょう」
こうして、俺たちは敵の情報を再確認することにした。少なくとも敵はテレポートの男の他に、感知系能力者がいる可能性が高い。更に上書きの光景を考慮すると、テレポート以外の戦闘要員が存在する可能性も捨てきれない。
俺にリリアン、ロイド、そしてフットの四名と、他五名の索敵班。このメンバーでいかに戦うべきか、俺たちは真剣に討議を重ねていった。




