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ゴードン

俺はロイドの指示で一旦車を降り、壊れかけの鉄門をこじ開けた。車は中庭中央まで前進し、適当な位置で停車する。


ロイド、リリアン、アナスタシアの三名も車を降り、俺たちは目の前に聳える洋館を見上げた。


「てめえら! 何者だ!?」


突如浴びせられた怒声に、俺は注意深く身構えた。汚れた労働着を身に着けた少年が数名、こちらへと歩み寄って来る。


「おい、女がいるぞ」


「フラッパーか? よく見りゃ二人とも上玉じゃねえか」


「俺は右の茶髪だ。気の強そうなのがいい」


「そりゃ結構、左の金髪は俺が貰うぜ」


下卑たにやけ面を浮かべる少年達。その手にはナイフが握られている。


「こいつら皆殺しにしていいかしら?」


「リリアン殿、ここは私にお任せを」


そう言ってリリアンを制止したロイドは、一人少年たちの方へと歩み出した。


「おいジジイ。てめえにゃ用はねえんだよ。どかねえと刺すぞ」


手元のナイフをちらつかせながら恫喝する少年。するとロイドは、普段からは想像もできない威圧感を発して、少年たちを睨み付けた。


「ゴードンはいるか? 客人が来たと伝えてくれ」


「は? てめえ何軽々しくボスの名前出してんだよ」


威勢よく返す少年であるが、ロイドの圧に動揺していることが分かる。


「いいか、後で痛い目見たくねえなら言うことを聞け。ゴードンはいるのか? いるならロイドが来たと伝えろ」


その姿はまさに裏社会の人間そのものであった。尋常ならざる殺気。ゴロツキ少年を一瞬で黙らせる脅迫。一体この人は何者なんだ……。


「……お前ら。このジジイ共を監視しとけ。ただしボスが来るまで余計な手出しはするなよ」


震えた声で取り巻きへ命令すると、リーダー格の少年は洋館の仲へと消えていった。


「てめえジジイ! あんま調子乗ってんじゃねえぞ!」


残された少年のうち一人が声を荒げる。すると他の少年も勢いづいて声を上げ始めた。


「男は殺して、女は売り飛ばすか?」


「見るからに上流の女だろ。いっぺん回してからにしようぜ」


「そりゃいいな」


全く、こちらが大人しいのを良いことに言いたい放題だ。流石の俺も手が出かけたが、ロイドに宥められる。今ここで彼らに手を出してはいけない。ギャングの人間はメンツを第一に考える。こちらから先に手を出せば、戦闘員の協力は見込めなくなるのである。


「おい、ボスが来たぞ!」


洋館の奥から大柄な中年男性が現れた。白一色のド派手なズートスーツに身を包み、つば広のハットを目深に被っている。


「ロイド! 久しぶりじゃないか!」


「ゴードン、少し痩せたか?」


「俺も多忙なんだよ。おいてめえら! 何やってんだ!?」


ゴードンの怒声に怯む少年達。リーダー格の少年が恐る恐る状況を説明する。


「その、急にこいつらが入ってきたもんで……。何か企んでねえか問い詰めてたんだ……」


「まさかボスの知り合いとは……」


「知り合いなんつー関係じゃねえよ。ロイドは、俺の親父みてえなもんだ」


少年達も勿論であるが、我々三人の驚きも計り知れないものであった。俺たち三人は顔を見合わせて、互いの感情を共有しようとする。


「そっちの三人まで何驚いてやがんだ? もしかして、ロイドから何も聞いてねえのか?」


「あ、ああ……」


「ロイド・キングストン。こいつは俺たちキングストンファミリーの創始者だよ」


驚きのあまり言葉が出てこない。このゴードンと言う男の言うことが本当なら、ロイドはかつてギャング集団のボスの座に就いていたということになる。ギャングと旧知の仲どころか、その親玉であったとは……。


先ほどの少年達は顔面蒼白で、脂汗を垂らしながら直立していた。



「こいつらに失礼は無かったか?」


ゴードンの台詞に縮み上がる少年達。その表情は恐怖に覆われている。知らなかったとはいえ、自分たちの所属している集団の元トップに喧嘩を売ってしまったのだ。


「……特に、何もなかったわよ」


彼らの様子を察したのだろうか、リリアンは何気ない態度を装ってそう答えた。少年たちは胸を撫で下ろし、緊張が解けたかのように苦笑いを浮かべる。


「なら良かったぜ。どうしようもねえ悪ガキ共だが、一応ファミリーの一員だもんでな。それでロイド、一体何の要件だ?」


「一晩部屋を貸してほしい。それと、兵隊を少しばかり」


「……そこの嬢ちゃん、王太子妃だな? 他にもお仲間が隠れているようだが」


じろりと周囲を見回すゴードン。すると茂みの陰から、別動隊のフットと五名の王室衛兵が姿を現した。


「良く気付いたな。別にお前を狙ってたワケじゃねえんだ。こいつらが突然進路を変更したんでな、念の為様子を伺っていた」


フットらには計画変更の旨を伝えていなかった。後で詳細を説明しに向かおうと考えていたが、どうやらその手間が省けそうである。


「どうやら相当切羽詰まってるみてえだな、ロイド。概ね王太子妃の嬢ちゃんが狙われてるってところか?」


「ああ、理解が早くて助かる。どうか手を貸してくれないか?」


「……場所は貸す。だが兵隊は貸せない。全面協力したいのは山々だが、こっちにも事情があってな」


「分かった。無理を言ってすまない」


とりあえず、今晩の襲撃に備えることは出来そうだ。戦闘員が確保できないのは残念だが、フットも含めた俺たち衛兵で対処する他ない。


「アンタには返し切れねえほどの義理があるからな。どうだ、この後一杯やらねえか?」


「いや、誘いは嬉しいのだが。夜に備えなければならない」


「そうか……」


悲し気な表情を見せ、落胆するゴードン。その様子を見るに、本当にロイドを慕っていることが分かる。


「なあロイド。もう一度戻って来る気はねえのか?」


「……」


ゴードンの問いかけに、ロイドは無言で首を横に振る。


「分かった、とりあえず中に入れ。色々聞かなきゃならねえこともあるしな」


俺たちはゴードンの後に続いて、薄暗い洋館の中へと歩を進めた。


内部の様子は割合に綺麗であった。一階部分は酒場として使われていたのであろう。広いホールに備え付けのカウンター、そして古びた丸テーブルが点々と設置されている。

勿論電気もガスも通っていないのだろうが、アルコールランプに照らされた屋内はそれなりに清掃が行き届いているように見える。内装や調度品には時代を感じさせる趣があり、往時の喧騒が聞こえてくるようにも思えるのだ。


「何にもねえが、適当に座ってくれ」


ゴードンに促されるがまま、俺たちは各テーブルを前にそれぞれ腰を下ろした。


「お前らに貸せるのはこの広間だ。玄関と直に繋がっているから、敵の襲撃には注意してくれ。本当はもっと内部に匿ってやりたいところだが、ファミリーのメンバーを危険に晒したくないもんでな」


「十分だよゴードン。それで、報酬の件なんだが」


「アンタから金なんて受け取れねえよ。場所を貸すだけだ、まあ戦闘で損害が出たら、後々相談させてもらうっつーことで」


するとアナスタシアが突然立ち上がり、ゴードンの手元に自身のペンダントを差し出した。


「現物で申し訳ありませんが、こちらを報酬代わりに受け取って下さい」


「嬢ちゃん……、こいつはもしかして……」


「8カラットのダイヤモンドです。品質も保証できます」


「おいおい……、これ一つで豪邸が建てられるぜ……」


ゴードンが驚くのも当然である。俺も宝石の相場に詳しくはないが、0.1カラットのダイヤですら庶民の手に届く代物ではない。ましてや8カラットのダイヤなど、一体どれほどの価格で取引されるものなのであろうか……。


「私の問題で、他人である貴方にタダで迷惑をお掛けするわけには参りません。危険を承知でご協力いただけること、誠に感謝いたします」


深々と首を垂れるアナスタシアの姿に、流石のゴードンも戸惑いを隠せないようである。


「お、おい。俺は場所しか貸さねえんだぜ? んなもん協力のうちに入らねえだろう……」


「私の気持ちです。どうか受け取ってください」


「……お、おう」


躊躇いながらも、彼女の手からペンダントを受け取るゴードン。


「それと、これは私達からのお願いなのですが……。今回私達の行動は全て隠密に済ませなければなりません。私がここを訪れたこと、ここで起こった全ての出来事を、秘密にしていただきたいのです。そのネックレスも、出来れば足がつかないように取引していただきたく……」


「ああ、承知した。闇ルートならいくつも持ってるから安心してくれ。アンタらがワケありだっつーことも端から分かってるよ。誰にも話さねえし、上手く処理してやる」


「本当に、ありがとうございます」


ゴードンはペンダントを握りしめ、彼女の様子をニヤつきながら眺めていた。そして席を立ち、彼女を見据えてこう言い放つ。


「嬢ちゃん、アンタ見かけによらず肝が据わってんな。気に入ったぜ」


キョトンとした表情を見せるアナスタシア。ゴードンはそのまま階段の方へと進んで行く。


「何かあったら二階の事務室まで来な。場所はロイドが知ってるだろう」


取り合えず、敵を迎え撃つ体制は整えることが出来た。後は神経を研ぎ澄ませ、気たるべき襲撃を待ち受けるのみである。勿論、正面玄関より堂々と入って来るようなことは無いだろう。恐らく敵はテレポートで、どこからともなく現れるはずである。

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