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出発

人物メモ


〇王室衛兵(王室守護を主任務とする陸軍部隊。総勢約150名)


リリアン・フレッチャー

共にアナスタシア王太子妃の側近衛兵を務める仕事仲間。16歳。能力は『氷結』。氷を自由に生成し、操ることが出来る。


アラン・リッチー

同期の王室衛兵。能力は『空間転移』。対象の物質を転送することができる。アナスタシア王太子妃暗殺計画への関与が疑われ、諜報局により検挙。


ジェイソン

同期の王室衛兵。回復系の能力を持つらしい。アナスタシア王太子妃暗殺計画の主犯として、諜報局により検挙。



〇諜報局(内務省管轄の諜報機関。情報収集の他に政治警察・思想警察としての権限も有している。総勢約8000名)   


ホールデン

諜報局尋問室長。その立場を利用して、政治家や中央官僚に関わる多くの情報を収集している。次期諜報局長と目される男。アナスタシア王太子妃の周辺を探ろうと目論んでいる。契約者の能力を封じることが出来るらしいが、詳細は不明。


サム

ホールデンの側近。詳細は不明だが、一定範囲の生物の運動を、一定時間停止させることができる能力を持つ。



〇王室


アナスタシア王太子妃

元ヘルト帝国の第四皇女。17歳。ユトダイン王国との外交関係改善のため、16歳でジェームス王太子と結婚。王太子妃としてユトダイン王室へ入る。俺の契約発動のきっかけとなった人物。


ジェームス王太子

現国王の第一子。24歳。次期国王として、ユトダイン王室の管理を一手に引き受けている。調和を重んじる現実主義者であり、バランス感覚の優れた秀才型。しかし有能ながら決定力に欠ける節があり、一部から日和見主義者であると批判されている。


ランカスター第二王子

現国王の第二子。21歳。王位継承権は持たないものの、カリスマ的人気を誇る王室のスター。特に中間以下の一般庶民からは絶大なる支持を受けている。勢いのある若手政治家や革新官僚との繋がりが深く、王室内では厄介者として扱われている。



〇王太子宮殿職員


ロイド

アナスタシア王太子妃の執事。未契約者ながら、リリアンに認められる程の実力を持つ。


サマンサ

王太子宮殿の医療担当。18歳。能力は『回復』。精霊に関する研究を行っている。



〇政府関係者


マルコム・ラマナン

現内閣総理大臣。王政時代から国王を支えてきた政界の重鎮。同盟派と見られている。

保養地サリムは、ユトダイン北部に位置する王室所領の一部である。その広大な領内には王族専用の別荘がいくつも用意されており、夏には王侯貴族の避暑地として活用されていた。

しかし十月下旬の今現在、サリムの気候は王都における十二月並みであるらしい。現地にはロクな暖房設備も整っていない為、衣類は真冬用の物を用意せよと告げられた。



今回の任務は隠密である為、俺たち衛兵は民間人に扮装し、王室衛兵であることを隠して行動することとなっている。勿論目的地に着いてしまえば周囲の目を気にすることも無いのだが、問題はその移動距離であった。サリムまでの距離はおよそ400キロ。自動車を走らせても半日以上はかかるため、一度中継地点に立ち寄る必要があるのだ。


そこで、北部最大の商業都市ナブールが中継地として選ばれた。人を隠すなら人込みという訳である。王都も同様であるが、都市部の人間は他人への関心が比較的薄い傾向にある。逆に小さな町では返って怪しまれ、噂の広まる可能性が高いと判断されたのだ。


アナスタシアに随伴するメンバーは、俺たち側近衛兵と執事のロイド、そして医療担当のサマンサを始めとした宮殿職員数名。また王室衛兵より一名の戦闘員と、五名の索敵班員が同行することとなっていた。



「おい! リリアン! 久しぶりじゃねえか!」


坊主頭の大男が肩を怒らせ、大声を張り上げながらこちらへ歩み寄ってきた。筋骨隆々としたその出で立ちを見るに、軍人よりも拳闘家という表現の方が似合う男である。


「フット。相変わらず煩いわね」


「おめえの方こそ相変わらずだな。つーか、何だその妙な恰好は?」


確かにリリアンは、見慣れないデザインの服を身に纏っていた。膝頭まで見えそうな短い丈の、ゆったりとしたローウエストのワンピース。頭の形にフィットした釣り鐘型の帽子。そして薄い唇に塗られた、目の覚めるような紅色のルージュが、妙に垢抜けた印象を感じさせる。


「フラッパールックよ。ナブールは最先端の商業都市なんだから。逆にあんたのその恰好、陰で笑われるわよ」


俺も流行には疎いからか、フットの服装は何の変哲もないスーツ姿のように見える。

しかし思えばリリアンは、宮殿内でもよく目を引く恰好をしていた。そこまで注目してみていなかったのだが、意外とファッションに気を配るタイプだったのだろうか。


「服装なんざどうだっていいんだよ。それより隣の坊主、ニック・ロビンソンか?」


「あ、ああ」


「お会いできて光栄だ。本隊でも有名人だぜ、あんた」


「そ、そうなのか……」


「一戦試してえな。リリアン、広場使わせてくれねえか?」


目を光らせ、好戦的な態度を見せるフット。しかしリリアンは呆れ顔でため息をつく。


「そろそろ出発よ。馬鹿なこと言ってないで持ち場に戻って頂戴」


「チッ、つまんねえな。ニック! サリムについたら一戦だ! 忘れんなよ!」


「あ、ああ、覚えてたらな……」


随分と勢いの激しい男である。特にこちらから話を出す間もなく、彼は嵐のように去って行ってしまった。


「悪い奴じゃないのよ。ちょっとバカなだけで」


「戦闘狂いみたいな奴だな……」


「あんたの評判もあるでしょうね。まあ、適当にあしらっとけばいいわ。ちなみにガチでやり合ったら、多分あんたより強いわね」


「……なるほど。上手くあしらえるよう努力するよ」


中継地点のナブールまで距離にして約150キロメートル。到着まではおよそ六時間近くの時間を要する。移動手段として四台の自動車が用意されており、そのうち一台に俺とリリアン、ロイド、そしてアナスタシアが同乗した。


運転席にはロイド。助手席には俺が座り、後部座席にはリリアンとアナスタシアが並んでいる。積み荷が非常に多い為、後部座席の乗り心地は悪そうに見えた。


「しっかし、無線機なんて役に立つのかね。こんな馬鹿デカイもの運ばされてるけどさ」


「ユトダイン製だから、性能は最悪でしょうね。そもそも感知系の契約者がいるから必要ないのよ」


「んじゃ何のための無線機だよ」


「さあ? 計画立案者が何も分かってないんじゃない?とりあえず使えそうだから配備しておいた、みたいな」


「なるほどなあ……」


近年工業化を推し進めているとはいえ、ユトダインの基礎工業力は依然として、他国に比して低水準にある。特に精密機器の分野に関しては最も我が国の不得手とするところで、通信技術の早急な発達は軍の要請するところでもあった。


しかし銃火器や戦艦等の、純粋兵器に関する開発は他国に引けを取らない。俺が今回持ってきた試作品の自動小銃もその一つだ。重量はかなりのものだが、対契約者の戦いでも十分に威力を発揮してくれるはずである。


「リリアン? 大丈夫? 顔色が悪いわ」


不意に後方からアナスタシアの心配する声が聞こえてくる。振り返ると、確かに具合の悪そうなリリアンの姿があった。


「……大丈夫よ。何ともないわ」


「リリアン殿? 車酔いですかな?」


「……ロイド、余計なこと言わないで……うえぇ」


どうやら本当に車酔いのようだ。俺も長時間車に乗るのは初めてだから、不安ではあったが。こんなところで吐かれたら正に地獄である。


「ロイド、止めてくれるかしら?」


「承知いたしました」


ロイドが道路脇に車を止めると、四人は車外へと降り立った。既に数時間も車に揺られていた為、俺もすっかり身体が凝り固まっている。


「うえええ~」


彼女の傍に寄るのは流石に可愛そうなので、俺は少し離れた位置で景色を眺めていることにした。平原を横切る一本道に、他の車の姿は見られない。視線を遠方に移すと山脈が見えるのだが、果たしてどのあたりまで来ているのだろうか。


自分の村から出ることなく一生を終える人がいる中で、俺はこうして、見知らぬ土地の景色を見ることが出来ている。それが幸せなことなのかは分からない。王都へ出稼ぎに来る労働者も、俺のような軍人も、村を出たからと言って幸せとは限らないのだ。


しかし……。


彼女たちとの出会いは、きっとかけがえのない出来事なのだろう。

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