信頼
子供……か。俺にはまだ実感できない話である。そもそも男と女では感覚も異なるのだろうが。俺の両親はいわゆる自由恋愛というやつで結婚しており、片田舎の小さな農村では珍しい出来事であったという。勿論幼馴染と結婚するケースは珍しくないし、そうしたケースは広い意味では自由恋愛に該当するのだろう。しかし厳密に見てみれば、そこには親同士の付き合い、村での立場、家の評判など、どうしても外的な圧力が多少は入らざるを得ないのだ。
人は誰しも、本当の意味で自由では有り得ない。だが普遍的な自由というものは存在してもいいだろう。好きな人と結婚する。自分の選んだ人と結婚する。少なくとも俺は、そうありたいと思っている。
「もう。リリアンは何でも大袈裟に話すんだから」
「心配なのよ。あんたは無理するから」
「二人がいれば平気よ」
不服そうな表情を浮かべるリリアン。彼女は俺を見て、ぶっきらぼうにこう言い放つ。
「……まあ、あんたが来てくれて、この子は助かってると思う。不思議と馬が合うみたいだし。何よりあんたには気を使わずに済むみたいね」
「恥ずかしいなあもう……。でも本当よニック、とても助かってる」
あれで気を使っていない方なのかと、俺もリリアン同様に心配になりそうだ。アナスタシアからは、かなり気を使われているように感じるのだが。
「私、そろそろ寝るね。二人ともごめんなさい」
「いいのよ。今日は疲れたでしょう。お休みなさい」
彼女はベッドに潜り込むと、あっと言う間にスヤスヤと眠りについてしまった。窓より差し込む微かな月明りが、部屋の輪郭をぼんやりと映し出す。薄暗い部屋の中、俺とリリアンは彼女の姿を見守り続けていた。
「あと……。あたしも感謝してるわ。任務の面だけじゃなくて、色々と……」
「え、今なんて? もう一回言ってくれる?」
「もう二度と言わないわ」
そういえば、ここ最近はリリアンも度々笑顔を見せてくれるようになっている。……ような気がする。間違いなく、親交は深められているだろう。
「あんたのこと、信じていいのよね」
月光に淡く照らされたリリアンの表情は妙に切なげで、今にも消えてしまいそうな儚さを堪えていた。彼女は祈るような瞳で俺を見つめ、いつものように目を逸らしたり、悪態をついたりもしてこない。その瞳に目を奪われて、俺は少しの間、呆然と彼女を見つめ返すことしかできないでいた。その間も彼女は、まるで俺の返事を待っているかのように、真っ直ぐに俺を見つめ続けていた。
「あ、ああ。勿論だよ」
「……そう。なら良かった」
長い夜であった。静寂の中、二人は無言で夜明けを待ち続けた。それはまるで、夢の中で前途の見えぬ旅路を進み続けているかのような、漠然とした不安と、物憂い虚無感に包まれた、どこまでも果てしない夜であった。




