重臣会議
翌日、王宮にて緊急の重臣会議が開かれることとなった。もちろん、宮殿における襲撃事件を受けての開催であることは、俺たちにも分かっていた。
リリアンによると、昨日の事件は王室及び一部の政府関係者にしか伝わっていないらしい。衛兵隊長の口ぶりから察するに、この事件は内々に葬られる可能性があると彼女は語っていた。
会議の構成メンバーは王室一同に加え、首相、元老、そして数名の政界有力者たちであった。いずれもホールデンのメモ書きに照らし合わせると、同盟派に組する面々のようである。
「まずは諜報局より、新任衛兵入隊式における王太子妃殿下暗殺未遂事件に関する追加情報をお聞かせ願いたい」
会議の進行はジェームス王太子が務めるらしい。そういえば、彼の姿を目にするのは久しぶりであった。入隊式の一件以来、ジェームスは宮殿に戻っていないのである。事件後の処理に追われているらしいが、王宮に泊まり込みで働いているのであろう彼の表情には、隠しきれない疲れの色が浮かんでいる。
「その件に関してはホールデン尋問室長に一任しておりますゆえ、彼より説明をさせて頂きます」
諜報局長はホールデンを指名した。
すると同席していたホールデンが席を立ち、堂々たる態度で次のように発言する。
「容疑者の二人は依然として、協力者の存在を語ろうとしません。あくまでジェイソン、アランの二名による犯行であると主張しております」
ホールデンの言葉に、国王は眉を顰めて見せた。そしてランカスター第二王子へと視線を移し、疑惑の目で彼を睨み付けたのである。
「ランカスター。お前はあの時、なぜ式典に出席したいと申し出た?」
「父上、私も既に成人を迎えております。王室の一員として、公の場に姿を見せると判断したまでです」
ランカスター王子は物怖じすることなく、聡明な語り口で国王に応じて見せた。しかし国王は納得していない様子である。
「お前の扇動する王統派とやらのお陰で、議会は連日大荒れだ。内閣にも奴らの勢力が浸透してきているそうじゃないか。この頃は陸軍大臣までもが王統派になびきつつあると聞くぞ」
「私が扇動するだなんて、人聞きが悪いですよ父上。彼らが勝手に私を担いでいるだけで、私は何もしておりません。それに王統派の主目的はヘルト帝国への依存方針を脱却すること、完全なる自主独立の道を歩もうというものです。彼らは王室を思うからこそ、あのような方針を掲げているのですよ。私から見れば、王室を軽視しているのは寧ろ同盟派諸君のように思えますがね?」
悠々と会議場を見渡すランカスター。同席する重臣たちは皆、彼と視線を合わせない。アナスタシアは完全に俯いており、極まりが悪そうに縮こまっている。
「ヘルト皇帝との外戚関係も、私は最初から反対しておりました。ヘルトはあわよくば我がユトダイン王室を懐柔し、完全なる支配下に置きたいと考えているハズです。それなのに何故、あなた方はヘルトとの同盟を急ぐのか。私には皆目見当もつきませんな」
彼の言わんとしている内容はすぐに把握できた。わざとらしくアナスタシアに視線を投げる、その彼の行動からも、主張の内容は明らかであった。要するにアナスタシアが邪魔だと言いたいのだろう。
すると彼女の隣に座るジェームスが、振り上げた拳を勢いよくテーブルに叩き付けた。
「ランカスター、お前は妻を侮辱するつもりか? 私の妻がスパイか何かとでも言いたいのか? 彼女は私と結婚したその瞬間から、紛れもなくユトダイン王室の一員だ」
激昂し、声を荒げるジェームス。しかしランカスターは終始落ち着いた表情で、彼をなだめるように手を振っている。
「兄さん、落ち着いて下さい。もちろんお義姉様のご入室は、大国ヘルトとの友好関係構築に一定の効果をもたらしました。その点は私も十分に理解しております。しかし同盟派の一部には、お義姉様を利用してヘルトとの条約締結を急ぐ連中が存在するのです。それも我が国に不利な条件での条約締結を。この点が問題だと申し上げているのですよ」
出席者のうち数名が、バツの悪そうな表情を浮かべていた。ランカスターは冷めた目で彼らを一瞥する。
「ランカスター王子、その辺りにしては如何でしょうか。ヘルト帝国との外交関係は非常に不安定です。勿論この場で結論を出すことはできません。今回皆様にお集まり頂きましたのは、昨日の王太子宮殿襲撃事件について、適当なる処置を決定する為に御座います。まずはアナスタシア様の安全確保が最優先課題ではありませんか?」
兄弟喧嘩に割って入ったのは、現総理大臣のマルコム・ラマナン伯爵であった。王政時代より国王に仕え、現在を含め三度の首相経験を有する、ユトダイン随一の老政治家である。
「マルコムの言う通りだな。まず、昨日の事件は秘匿するのが得策であろう。この短期間で二度もアナスタシアが狙われたと広まれば、ヘルト皇帝が黙ってはいない」
国王はそう語り、同意を求めるようにジェームス王太子の方を向いた。
「そうですね。それでは宮殿の警備を固めましょう。王室衛兵を動員して……」
「いいや、このまま王都にいて、また暗殺未遂でも発生すれば流石に隠しきれないだろう。状況を鑑みるに、アナスタシアを狙う人間は一人じゃない」
ジェームスの提案は即座に跳ねのけられた。確かに事件を隠すなら、王都に留まるのは得策じゃない。まず人口が多い。そして新聞や雑誌の記者も、王室のスキャンダルを狙って日夜活動を展開している。暗殺未遂なんて、そう何度も隠し切れるものじゃない。
しかしそれはユトダイン側の都合である。本当にアナスタシアの身を案ずるなら、事件を公に発表すべきではなかろうか。二度も暗殺未遂が発生したとなれば、彼女はすぐにヘルト帝国へと戻されるだろう。それが彼女にとって最も安全な道であり、最も幸せな道かもしれない。
だがそんな判断は下らないだろう。ヘルトとの外交関係、そしてユトダイン王室の権威が掛かっているのである。加えてこの会議場に集うのは同盟派のメンバーである。マルコム首相含め、ほぼ全員が……。
「ここは、保養地サリムに一時身を隠しては如何でしょうか。あの周辺は民間人も殆どおりませぬゆえ」
マルコムの提案に、一同は各々頷いた。ランカスターは無言で、微動だにせずマルコムを見据えている。
「ならば私も共に参ります」
身を乗り出すジェームス。しかし国王は首を縦に振らない。
「お前は公務があるだろう。次期国王が雲隠れしてどうするのだ」
国王の言葉に、ジェームスは思わず口を閉ざしてしまった。確かにアナスタシアが避難するとして、その行動は誰にも知られてはならないのである。暗殺者からも、そしてマスメディアの目からも、彼女の行動を秘匿しなければならない。ジェームス王太子が同行すれば、彼も同様に隠れて動かねばならなくなる。勿論彼には公務があるのだから、同行すればそれも投げ出すことになる。当然、周囲の政治家や世間は疑念の目を向けることになるだろう。
「ええ、アナスタシア様の避難は隠密に行うべきでしょう。表向きは、ご病気のため宮殿にて養成中、とでも発表するか。また念のため影武者も用意すべきかと。王太子殿下には、苦しい提案かと存じますが……」
マルコムの案に、国王も満足げに頷いた。やはり国王はマルコムを大変信頼しているように見える。
「それがいい。側近衛兵に加えて、王室衛兵の最精鋭も随行させよう。何があっても必ずアナスタシアを守れるように。そして且つ、全ての行動を隠密のうちに処理できるようにな。他に異論は無いか?」
ありません、と各々返答する出席者一同。ランカスターもゆったりと頷き、次のように口を開いた。
「私も賛成ですね。幸いにも王太子妃を救いし英雄、ニック・ロビンソンもいることですから。心配はないでしょう」
自分の名を呼ばれ、俺の脳裏には先刻の会話が蘇ってきた。
重臣会議前の待機中、俺は別室に呼び出されていた。ホールデンは入隊式の件と言って俺を連れ出したのだが、部屋に待ち受けていたのはランカスター第二王子だったのである。そこで初めて、俺はランカスターと言葉を交わしたのだった。
「君は、何に忠誠を誓う?」
そう聞かれた俺は、「王室に」と答えた。するとランカスターはこちらを見据え、
「国王は国家である。君もそう思うか?」
と再び尋ねた。
「それは、統治権の所在を問う質問でしょうか?」
「その通りだ。君の意見を聞かせてほしい」
「私は、憲法学者ではありませんので……。どちらの立場を取ることもできません。只命令のままに王室を守る。それだけを考えております」
数分にも満たない、僅かな時間の中での対談であった。
ランカスターの真意は分かりかねた。だが、彼が現状の国家の在り方に疑問を抱いていることだけは理解できた。彼は一体、俺と何を話したかったのだろうか……。
「他に異論もないようだな。それでは本日の会議を終了する。詳細はマルコム、お前と衛兵隊長とで内密のうちに取り決めよ。それと当然のことではあるが、機密漏洩は許されんぞ。特にランカスター、お前には見張りが必要だな」
すると尋問室長ホールデンが、ごく自然な流れで左手を上げた。
「国王陛下。王子の付き人でしたら、私の信頼できる部下をお使いいただければと」
「うむ、そうだな。諜報局に任せよう」
鶴の一声で、ランカスターの監視は諜報局が一任することになった。ホールデンからすれば願っても無い出来事だろう。切り出すタイミングも完璧であった。
「それでは王子、この後共に諜報局まで御同行願えますでしょうか?」
「ああ、問題ない」
その時のランカスターの表情が、どこか満足気に見えたのは気のせいであろうか。そんな俺の疑問をよそにして、二人は先に席を立ち、会議室を後にしたのであった。




