テレポート
『リリリリリリ――』
警告を告げるベルの音。俺は飛び起き、枕元のピストルを握りしめる。すぐさま廊下へ躍り出ると、同時にリリアンも部屋から飛び出してきた。俺たちは無言で頷き、共にアナスタシアの寝室へと向かう。
彼女の寝室へ飛び込むと、そこにはアナスタシアを庇うロイドの姿があった。そして彼と対峙する、謎の青年……。黒のローブを身に纏い、フードで顔を覆い隠している為、その人相は確認することができない。
「侵入者です!」
ロイドが叫ぶが早いか、男の足元から氷柱が現れる。男は瞬時に身を躱し、俺たち二人に標的を定める。
その隙をつき、ロイドがアナスタシアを抱えて窓の外へと飛び出した。軽く舌打ちをするフードの男。しかし追いかける様子は見せず、腰にぶら下げたサーベルの刀身を抜き出した。
「こいつ、テレポートだ」
「みたいね」
どうやらリリアンも気付いたようだ。男がリリアンの攻撃を躱した際、彼は体勢を全く崩さなかった。瞬間的に彼の姿が消え、そして再び現れたのである。
ピストルの引き金を引き、俺は数発の弾丸を彼めがけて発射した。弾の軌道は男の頭部を捉えていた。しかし標的には命中せず、部屋の壁に銃痕が刻まれる。室内から男の姿が消えていた。やはり彼は自由に空間を移動できるのだ。しばしの静寂。男は攻撃の機会を伺っているのだろうか。
「……来るぞ」
「……ええ」
次の瞬間、背後に男の気配が現れた。咄嗟に身体を仰け反らせ、俺は続けざまに数発の弾丸を発射する。しかしそこに男の姿は無い。
遅れてやってきた激痛に視線を落とすと、脇腹から血が滴っていた。一瞬の内に刺されたのだ。幸いなことに、傷はまだ浅いようである。
「部屋の外に逃げられると厄介ね」
「アウトレンジで削るつもりだな。対応できないことも無いが、狭い部屋だと厳しいな……」
「ニック、少し動かないでいて」
そう言って彼女は俺の身体を引き寄せた。すると俺たちの周囲を取り囲むように、無数の氷槍が生成されてゆく。氷槍の先端は全方位を隈なくカバーしている。そして、槍は一斉に放たれた。
無限に生成され、矢継ぎ早に放たれ続ける氷の槍。その貫通力は絶大で、既に周囲の壁や天井は蜂の巣状態であった。窓ガラスが弾け飛び、木製の調度品は最早その原型をとどめていない。
「ギャアッ!!」
廊下の方から男の悲鳴が響いてきた。リリアンは攻撃を停止させ、崩壊しかけた寝室の扉を勢いよく蹴破る。俺も続いて廊下へと飛び出し、声の方角に視線を向けた。
「……ちくしょう……なんて能力だよ」
男は何本かの槍に身体を貫かれ、壁に手を着きよろめいていた。既に立っているだけで限界のようである。
「ニック! 仕留め損ねた!」
彼女が言い終わらぬうちに、俺は止めを刺すべく連続で発砲していた。しかし遅かった。標的の姿は消え去り、弾がむなしく空を切る。
「逃げた……のか」
「ええ。流石にあの傷では戦えないでしょうから」
暫く経ち、ロイドがアナスタシアを連れて戻ってきた。彼女は気丈に振舞って見せてはいるものの、その表情から酷く怯えていることが分かる。
「侵入者は?」
ロイドの質問に、リリアンは表情を曇らせた。
「恐らく逃げたわ。ごめんなさい。仕留められなかった……」
「いや、俺が悪い。完全に足手まといだった」
彼女が謝る必要などない。奴を撃退できたのも全てリリアンのお陰だ。俺は、全く太刀打ちできなかった。
「お二人で倒し切れなかったとは、相当の実力者と見るべきですな。何よりあの能力は厄介です」
ロイドも右肩に傷を負っているらしい。俺たちが来るまで、一人で奴を相手していたということか。それもアナスタシアを守りながら……。
「問題は、なぜアナスタシアの居場所が分かったかよ。寝室の位置を外部の人間が特定できるわけがない」
「まさか宮殿内に内通者が……」
「考えたくも無いわね」
ホールデンの話を信じるとすれば、可能性は十分にあり得る。政府にアナスタシア暗殺計画の関係者がいるのなら、王室内にいたっておかしくはないはずだ。
「とにかく、あたしは衛兵隊長に連絡してくる。ロイドとニックは彼女をお願い。まだ何が起こるか分からないわ」
リリアンは急いで電話機の方向へと走り出した。アナスタシアは依然怯えた表情で、木端微塵に弾け飛んだ自らの寝室を見つめている。
「大丈夫だ。何があっても俺が守るから」
俺は確信を持ってそう彼女に告げた。そうだ、絶対に守る。俺には上書きの能力があるのだ。何度だってやり直せる。絶対に、彼女を死なせない。




