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要求

諜報局は単なる情報収集機関ではない。政治警察や思想警察としての権限を有する彼らは、過激団体の監視から被疑者の検挙、そして尋問までを一手に引き受ける。彼らを恐れるべきは一般市民ではない。特定の活動を行う団体、そして王都中央に身を置く政治家や官僚こそ、最も諜報局を恐れているのである。


「ホールデン室長、定時連絡は危険です。それにここ一週間、特に異変は見られません。こうして対面する際の報告だけで良いのでは?」


ホールデンはしばらく俺を見据えたのち、「そうだな」と小さく頷いた。


先の王太子妃暗殺未遂事件に関して、俺は形式的に諜報局へと呼び出されていた。もちろんホールデンの中で筋書きは決まっているのだから、俺に対して尋問する必要もない。彼が求めているのは、更なる深淵に蠢く情報なのである。俺すらも知らない情報を、俺を通じて得ようと言うわけだ。


「ニック。お前は、中央の情勢についてどこまで知っている?」


「中央……。政府や議会のことですか?」


「軍も、枢密院も、宮中も、重臣共も。全てひっくるめてだ」


「政治については、そこまで……」


もちろん現首相のマルコムや閣僚の一部、陸軍上層部のメンバーについてはある程度知っている。しかし情勢について語れと言われたら、新聞に載っている程度の情報しか分からない。


「少し、説明しておく必要があるようだな」


ホールデンは懐から一枚のメモ用紙を取り出した。そして折りたたまれた用紙を広げ、俺の前へと差し出した。


「同盟派、王統派……」


用紙に書かれた内容から、俺は知っている単語のみを口にした。

現状ユトダイン王国の政情は真っ二つに割れている。政府も議会も軍部も、この二つの派閥に別れ政争を繰り広げているのである。


同盟派とは、文字通り同盟を目指そうとする派閥である。もちろん相手は隣国のヘルト帝国だ。アナスタシア王太子妃がユトダイン王室へと嫁いだのも、同盟派中心人物の手引きによるものであった。


ヘルト帝国は世界でも随一の陸軍大国である。その軍事力を背景に、近年ヘルトはユトダイン王国への圧力を強めていた。王国内の一部地域におけるヘルト軍の駐在、港湾の軍事的使用権、そして貿易による不平等な関税率の設定要求。同盟派は、そのヘルト帝国の要求を多少でも受け入れながら、どうにかしてかの国との友好関係を築こうとする派閥であった。


対して王統派とは、そんなヘルトの圧力を撥ね付け、ユトダイン王国の完全自主独立を堅持しようとする派閥である。また彼らは正しい王室の在り方を求め、また正しい国を建設すべきだと主張する。彼らの言う正しい国とは、国民の生活が豊かであり、皆が経済的に平等で暮らせる国。そんな彼らが次世代のリーダーとして掲げるのが、ランカスター第二王子であった。


ちなみに国王や王太子は表向きに中立の立場を取っているが、実質的には同盟派寄りであると言われている。アナスタシアの受け入れも王族達の意見はほぼ一致していた。ただ一人、ランカスター第二王子を除いては……。


「そのぐらいは知っているだろうな。同盟派と王統派、例えばどちらかが王太子妃暗殺に関与していたとするならば、お前はどう思う?」


突拍子もない質問に、俺は思わず声を失ってしまった。同盟派も王統派も、どちらも国の代表たる面々が組する派閥である。しかし両者の定義は曖昧で、必ずしも固い結束力で結ばれているわけではない。そもそも同盟派、王統派という呼び名も、一体誰が言い出したのかすらも分かっていない。一説にはさる内務省職員が、報告書に同盟派、王統派の文言を記載したからとも囁かれているが、ともかく両派閥には明確な線引きが存在しないのである。


そういう意味では、どちらかの派閥の人間がアナスタシア暗殺に関わっていても不思議ではないが……。


「どちらかと言われれば、王統派の何者かが関与している可能性はありそうですが……」


「ああ。そう見るのが妥当だろうな。同盟派に彼女を殺すメリットが無い」


「しかし、とても考えられない話です。心当たりがあるのですか?」


「いいや、それを今探っている。そこでだな。電話で話した内容なのだが」


この間の電話。定時連絡で話していた、ランカスター王子との面会の話であろう。


「第二王子との、話ですか?」


「ああ。どうもランカスター王子はお前に興味をお持ちのようだ。どこから仕入れたのか。私がニックの尋問を担当していると知って、直々にこちらへ出向いて来てな。ニック・ロビンソンと会う約束を取り付けてくれないかと頼まれたのだよ」


「いったい、どうして……」


「それを知りたいのだよ。ランカスターの真意をね。彼のことだ、もちろん迂闊なことは話さないだろう。しかしどんな印象でもいいから、彼との会話を私に流してほしい」


まただ。ホールデンの要求を聞くと、何故か動悸が激しくなる。彼の発言は嘘と欺瞞に満ち溢れている。そう感じるのに、彼の要求を断るという選択肢が選べない。それは彼の立場や諜報局への恐れから来るものでは無い。彼自身の有する、何か底知れぬ闇の片鱗を感じるのだ。彼の発する一言一言から、えも言われぬ強制力を感じるのだ。


「……分かりました」


そう答えると、ホールデンは無言で頷いた。そして手元の用紙を差し出して、持っていくように促すのであった。

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