対価
人口約3500万人と言われるユトダイン王国民のうち、政府発表の契約者数は凡そ1200名ほど。通常契約発生時には国への申告が義務付けられているのだが、未申告の者も多いと聞く。それも含めて、少なくとも2000名の契約者が王国には存在するというのが定説となっている。
「うち428名を対象にした聞き取り調査に、私も参画したことがあります。焦点は『契約以降の身体的、精神的、或いは環境的変化』についてです」
サマンサの語り口は冷静で理知的で、まさしく学者を思わせる話しぶりであった。
「そこで、何かわかったことは?」
「契約の発動は幼少期に集中されるため、たとえ変化があったとしても認識できないことが多いのでしょう。しかしその中でも、精神的な変化を訴える者が多かったと記憶しています」
「精神的な変化……」
俺にも何かあっただろうかと思い返してみたが、特別精神が変化したといった実感はない。もちろん契約者となってからさほど経っていないのもあるのだが。
「正しく言えば、何かに執着するようになった、という証言が多かったのです。それも契約発動直後からという訳ではなく、少年期に入ってから、成人してから、或いは中年以降、時期は様々でした。ただ一貫して、何かに執着するようになったと語るのです。例えば争い、出世競争、人命救助や奉仕活動など社会的なものから趣味の範囲まで、対象は様々です」
「契約者じゃなくても、そういう人は多いんじゃない? それがどうやって対価に結びつくんだ?」
「その使命感に実績が伴っている点。能力の性質に関係なく、彼らは使命感に駆られるかのように没頭します。それが社会的地位に結びつかないものであってもです。事実、軍人でも民間人でも、能力を利用して高い地位に就く契約者は少ないのです」
なるほど。確かに人間の心理を考えれば、能力を利用して強大な権力を手にすることも可能なはずだ。能力を悪用することだって容易だろう。しかし、実は契約者の犯罪発生率は、一般人のそれとさほど変わらないのである。
「絶対とは言い切れませんが、彼らが契約により、何らかの制限を受けている可能性は考えられます。それが意識的なものか無意識的なものかに関わらず。若しくは本質的に何かを抱えた人間に、契約が訪れるのか……」
そういえばアナスタシアの精霊は、運命がどうとか語っていた。精霊はその人間の運命に引き寄せられると。
「ありがとう、時間を取らせて申し訳ない。それにしても、こんなに小さいのに凄いんだな」
「……? 小さいとは、私のことでしょうか?」
不思議そうな表情を見せるサマンサ。するとリリアンが笑いを堪えながら俺の肩を叩く。
「くくく……。サマンサはあんたより年上よ」
年上だと? どう見ても十二、三歳の少女にしか見えないのだが……。
「ああ、そういうことですか。今年で18になります。よく勘違いされますのでお気になさらず」
声色から察するに、少しムッとした様子である。もともと表情の変化が無いものだから怒りの度合いが測り辛いのだ。俺は恐る恐る彼女へ弁明する。
「ご、ごめんなさい。悪気はなくて……」
「気にしてませんよ。それより精霊について、他に気になることがあったらいつでも来てください」
「あ、ああ。ありがとう……」
俺が気にするほど怒っていないのだろうか。彼女の発言はむしろ好意的なものであった。
できれば俺の契約に関する話をしたいところなのだが、未だに他人へ打ち明ける気になれない。しかし俺の持つ情報は、彼女にとっても貴重な証言となり得るだろう。いずれはリリアンやアナスタシアにも明かすべき時が来るはずである。
対価とは何なのか。俺は何を支払っているのか。執着、使命感……。それとも、物理的ないしは身体的な何かを、俺は失い続けているのだろうか。




