王室専属医
演習場を出た俺たちは、一直線に宮殿内の診療室へと向かっていた。
「やりすぎなんだよ……君は……」
「……あんたが弱いから……そう感じるんじゃない?」
お互いに息を切らしながら歩を進める。前回ほどのダメージは無いが、それでも訓練というにはあまりに実践的な戦闘を繰り広げていた。いや、繰り広げざるを得なかったのだ。リリアンの攻撃は、一歩間違えれば重症を負う程に強力で、一寸たりとも気が抜けないのである。
「氷を操れるんだよな? ほんとに攻守共に万能な能力だ……」
「これでもだいぶ手加減してるのよ? ま、あんたが実弾だったら正直キツいかも。あんたの強みって、妙な勘と反射神経を生かした不意打ち、ってところよね」
「ああ。対契約者の鉄則は、できるだけ相手に能力を使わせないことだからな」
リリアンに認められるのは素直に嬉しい。徐々に表情も豊かになっているし、初対面の時ほど敵意も向けられていない。当初に比べ、きっと心を開いてくれているのだろう。
そうこうしている内に診療室へとたどり着く。今回の演習ではかすり傷と、軽い打撲程度のダメージしか追っていない。しかし俺には、治療とは別にここを訪れる必要性があった。
「サマンサはいるかしら?」
診療室の扉を開いたリリアンが、中で控える数名の職員に尋ねた。すると職員らは困った様子で顔を見合わせ、一人の職員が次のように回答した。
「ええ、いることにはいますが……」
「いつもの保管室ね?」
「は、はい……」
入り口を背にして右奥に、別の部屋へと続くであろう扉が存在する。彼女は困り顔の職員らに目もくれず、その扉を勢いよく開いた。
「サマンサ、治療をお願いできる?」
彼女に続き入室した俺は、その光景に目を奪われた。壁一面に埋め込まれたガラス張りの棚に、隙間なく並べられた書籍の数々。ざっと背表紙の表記を見るに、多くは考古学系の文献と、精霊に関する資料であるらしい。
そして、部屋の奥に佇む一人の少女の姿がそこにはあった。真っ直ぐ切り揃えられた断髪に、あどけない幼顔。彼女はその小さな体で、身長の半分ほどもある書物を抱えて立っているのであった。この子が、医務担当のサマンサか……。
「……なんですか?」
書物を床に置き、冷めた調子で応じるサマンサ。
俺はつい昨日、彼女の話をアナスタシアから聞かされていた。二日前の演習で負った傷を治療してくれたのは、サマンサという名の王室専属医であると。そして、彼女が回復系の能力を持つ契約者であることも。
「なんですか? じゃないでしょ! 治療をお願いしに来たの!」
「……かすり傷じゃないですか。まあやりますけど」
そう言って彼女はこちらへ歩み寄り、何故か待ち受けるリリアンをスルーした。
「痛そうですね。すぐに治しますので」
俺の前にやってきたサマンサは、太腿の傷口に手のひらを添えた。すると、見る見るうちに傷口が塞がってゆくのである。
「す、凄いな……」
「この程度なら一瞬です。先日は少々時間がかかりましたが」
「あ、そのことでお礼をしなくちゃと思ってたんだ。ありがとう」
「……構わないですよ。随分とお疲れだったようで」
なんだ。めちゃめちゃ親切な子じゃないか。それにしてもこの部屋の書物、全て彼女の所有物なのだろうか。俺より歳の若い女の子が、これだけの書物を読んでいるとは思えないのだが……。
「ねえ、あたしは?」
「あ、リリアンさん。いたんですね」
「こいつマジで……」
どうやらリリアンとの関係は、良好とは言えないようだ。しかし憎まれ口を叩きながらも、彼女の傷もしっかりと治療してくれている。
「これで大丈夫ですかね? それじゃあ、私は忙しいので……」
先ほど床に置いた書物を拾い上げ、地べたに座りページをめくり始めるサマンサ。
「それ、精霊についての本?」
俺は好奇心を抑えきれず、彼女にそう語りかけた。これだけの書物を集めているのだから、個人的に精霊の研究でもしているのだろう。
「……そうです。興味ありますか?」
「ああ。もし良ければ、聞きたいことがあるんだけど」
「いいですよ」
「その、対価について、知っていることを教えてほしいんだ」




