政略結婚
「側近衛兵って、案外暇な仕事なのな」
噴水前のベンチに腰掛けるリリアンを見かけた俺は、何気なく彼女の隣に腰かけた。清々しい程の秋晴れで、ほのかに冷たいそよ風の心地良い、そんな昼下がりであった。
宮殿に入ってから、既に二日が経過していた。
護衛任務では主にロイド、リリアン、俺の交代制でアナスタシア側近を務める為、個々の負担が非常に軽いのである。またそもそもロイドは執事であり、まる一日彼女の世話をしているのだから、俺たち側近衛兵が主だった雑務を担う機会も少ないのだ。
交代の時間になったらアナスタシアに挨拶し、基本的には隣室で待機する。用があれば彼女の方から伝えてくれるのだが、ここ二日は平穏な時間が流れていた。
一つ意外なことがあるとすれば、アナスタシアが非常にお喋り好きだったということ。通常彼女のプライバシーを考慮して、護衛任務中は隣室で待機するのだが。
実際に護衛に付くと待機の時間は非常に少なく、任務時間の多くは彼女との会話に占められているのだ。
「暗殺未遂があってから、宮殿外に出ることが無いもの。普段はもっと忙しいのよ? 彼女にも公務があるから」
ため息をつくリリアン。そういえば彼女は、あの暗殺未遂に関して非常に責任を感じているように見えた。あからさまに表情を曇らせる彼女を見て、俺は居た堪れない気持ちになる。
「二人は仲いいよな。年も近いし、彼女も嬉しいんじゃないか」
「だといいんだけど。あの子にも立場があるから、そう誰とでも仲良くなれるわけじゃないもの」
他の王族につく側近衛兵も同様なのだろうか。いや、そうとは考えられない。近年王室の権威が減退しているとはいえ、国王は国家元首であり、ユトダイン王国の主権者であり、陸海軍の大元帥である。そのことに変わりはないのだ。
「そうだよな。彼女も大変だろう……」
「大変なんてもんじゃ……。生まれ故郷を離れて、好きでもない相手との結婚を強いられるのよ? あたしたちと同じ年頃で。それに王室を取り巻く状況は日増しに悪化している。政争、謀略、駆け引きに騙し合い。同じ王室にだって、ランカスターみたいな輩がいるんだから。とてもじゃないけど、バラ色の結婚生活なんかとは程遠いわよ」
「……ああ。そう、だよな」
革命の危機、とまではいかないが、庶民の不満は日に日に高まりつつある。しかし問題は議会や中央省庁、軍部にまで、王室の在り方を疑問視する声が上がっている点にあるのだ。若手議員や革新官僚、一部将校が国家改革を標榜し、ランカスター第二王子を担ぎ上げている。
陸軍幼年学校時代、教官が度々口にしていた話がある。いわゆる『要注意将校』の存在だ。国家改造を目指す若手将校たちがグループを結成し、擾乱やクーデターを企んでいるというのである。彼らは自らを『王統派』と称し、正しい王政を取り戻すと息巻いているらしい。これらは陸軍関係者には良く知られた話であった。、
「あの子は純粋で、とても優しい子なのよ。だから苦しんでるのも分かる」
「でも、そんな姿見せないよな」
「無理してるのよ」
そう言って立ち上がるリリアン。綿シャツにヒッコリーのオーバーオール、頭部にキャスケットを乗せた彼女の姿は、女性労働者に扮した映画女優の様にちぐはぐで、それがまた可愛らしい。
「何見てんのよ。あんた暇でしょ? あたしの訓練に付き合いなさい」
「やりますか。今度はお手柔らかに頼むぜ」
ふんと鼻を鳴らし、彼女は悠々と演習場へ向かうのであった。




