定時報告
「もしもし?」
「もしもし、ニックです。ニック・ロビンソン」
「ああ、ニックか。状況は?」
「特段報告すべきことはありませんでした」
「王太子妃の様子は?」
「割に元気なご様子で」
「ああそうか」
「あの、その後の進展は?」
「その件でお前に伝えることがある。ランカスター王子が直々に話をしたいそうだ」
「ランカスター……、第二王子がですか?」
「ああ、近いうちに重臣会議が開かれる。日取りは決まっていないが、その際で良いそうだ」
「重臣会議? 王族もご出席されるのですか?」
「その予定だ。ランカスターは君と二人で話したいそうだがな。詳細は後日」
「分かりました」
「取り込まれるなよ?」
「……え?」
「いや、まあ良い。今後も頼む」
「……はい」
ホールデン尋問室長への定時連絡。特に話すことは無かったのだが、やはり妙な緊張感を覚えてしまう。
そしてランカスター第二王子の件だ。俺と直接話したいという話だが、一体どういうつもりなのだろうか。そもそもなぜ、ランカスター王子の希望をホールデンから聞かされる。奴が王室との個人的パイプを有しているということなのだろうか。
「ニック? そんなところで何してるの?」
振り向くと、寝巻姿のリリアンが立っていた。
迂闊だった。この宮殿に電話機は数台備え付けられているらしいのだが、俺は自室から近い電話機を使用してしまっていた。彼女の湿った髪を見るに、浴場の帰りなのだろう。
「いや、宮殿内の設備を確認してたんだ。まだ覚えられて無いもんで」
俺は咄嗟に嘘をついてしまった。しかしホールデンとの取引が隠密である以上、こうする他は無かったのである。
「そう。あんたも浴場使ったら? ロイドが働いてくれてるし」
「あ、ああ。そうするよ」
「じゃ、お休み」
「……うん」
会話は聞かれていなかったのだろう。リリアンは特に俺を疑う様子もなく、そのまま自室の方向へと去っていった。俺はほっと胸を撫でおろす。
「……ニック? どうしたの?」
今度はアナスタシアの声である。なぜこうも立て続けに……。
俺は慌てて顔を上げた。
「え、いや、その……」
彼女の髪も、リリアンと同様に濡れている。そして王太子妃の寝間着姿である。俺の理性は崩壊寸前である。
「あれ、さっきリリアンが……」
「あ、すれ違ったのね。あの子、のぼせそうだからって先に上がってたの」
「ああ、そうなんだ。へえ……」
あれ、側近衛兵って浴場まで一緒に行動するの? もしかして俺も……。
いや、そんなワケないだろう。
邪な考えが過る度、俺は自分に言い聞かせる。彼女は王太子妃。ジェームス王太子の妻である。そういえば、王太子殿下の姿をこれまで一度も目にしていない。この宮殿に暮らしているはずなのだが……。
「あのさ、そういえば旦那様とまだお会いしてないような気がするんだけど」
「ジェームスのこと? あの人は先日の一件で……。王宮で色々忙しいみたい」
先日の一件とは、きっと暗殺未遂事件のことなのだろう。俺はこれ以上深入りしないよう、話題を遮ることにした。
「ああ、なるほどね。引き留めてすまない」
「……いいえ。ニックも、ゆっくり休んでね」
「うん。ありがとう」
余計なことを言ってしまったかもしれない。去り行く彼女の後姿から、俺は何とも言えない哀愁を感じていた。俺はまだ彼女のことを何一つ分かっていないのだ。いや、アナスタシアのことだけじゃない。巨大な渦潮に巻き込まれながら、俺は何か掴まれるものがないかと藻掻き続けている。散乱したパズルのピースを、ようやく二つ、噛み合う欠片を繋ぎ合わせて喜んでいる。その先の膨大な作業を思い、俺はやりきれない思いにさいなまれるのであった。




