表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/157

信頼

診療室に他の人間はいなかった。現実世界に戻ってきた実感は、音の存在。空気感も異なるように思える。そして何より、目の前のアナスタシアが戻っているのだ。陽光に淡く煌めく金髪に、可憐で瑞々しく、そしてどこか物悲し気な表情。


「……え? え?」


見る見るうちに彼女の頬が紅潮してゆく。胸元の肌けたドレス、俺の上にまたがり、見下ろすような格好で座り込むアナスタシア。


(ああああいつ、マジで!)


精霊とアナスタシアの身体は連動していたのだ。ヤバいぞ。いや色んな意味でヤバいのだが、何よりこの状況を彼女に詰められたら、どう言い訳していいか分からない。


しかし俺より彼女の方がとてつもない混乱ぶりを見せていた。言語にならない言語を発しながら、慌ててベッドの脇に降り立つアナスタシア。乱れた手つきででボタンを留め直そうとするが、動揺しているのか中々上手く留められないでいる。


「あ、あの! ごめんなさい! なんか、ぼーっとしてたのだけど……」


必死に謝りながらも、何とかボタンを戻せたようである。彼女は両手で顔を覆い隠し、泣き出しそうな呻きを上げ、その場でしゃがみ込む。


「あの、アナスタシア……。俺は……」


「ごめんなさい! 何やってるんだろう、私……。ごめんなさい……」


ひたすらに謝るアナスタシア。どうやら彼女は俺に疑いを抱いていないようだ。俺が目覚める前の状況は分からない。しかしこれなら、何とかはぐらかすことができるかも。


「えーっと。俺、寝てたのか?」


「……」


時計の針は18時を示している。リリアンとの決闘が15時のことであるから、俺は3時間もの間眠りこけていたのか。


「もしかして、ずっといてくれた、とか……」


「……はいぃ」


可愛い! 俺は思わず叫び出しそうになっていた。何だ、何なんだ、何なんだこの状況は!


俺は幸せ者か……。


「あら、楽しそうにしてるじゃないニック。あたしにブチのめされた傷はもう良いのかしら?」


幸福に満ちた空間を切り裂いたのは、他でもないリリアンである。冷めた視線を投げかける彼女に、俺は思わずため息を吐いてしまった。


「随分と残念そうじゃない。あんたね、その子人妻なのよ? それに自分の立場わきまえてるんでしょうね?」


「人妻ってお前……。その言い方もどうかと思うぜ」


「で、調子はどう? 」


「えっ? 調子って……」


そういえば、リリアンに食らった腹の傷が塞がっている。痛みもないし、むしろ戦闘前より気力が回復しているような気もする。


「リリアン、てっきり戻っているかと思ったわ」


「そんなわけないでしょう、あんたを一人置いて戻るなんて。この男が変な気でも起こしたら……」


またも顔を真っ赤にして俯くアナスタシア。

おい、その反応はやめてくれ。あらぬ誤解を……。


「ニック……。あんたまさか……」


「違う! マジで違う!」


まさに修羅場である。いっそのこと、このまま過去に戻った方がマシなのではないか。


「ま、下らない話はこのへんのして。あんた本当に回復してる?」


「あ、ああ。問題ないような気がするけど……」


念のため、俺はベッドから降り立ち、軽く手足を動かしてみる。


全快である。浅い傷では無かったはずだが、今やすっかり痛みも感じない。とても数時間で治る傷では無いだろう。もしや、あの精霊が……。


「良かった、大丈夫そうね」


リリアンの表情が和らいだ。初めて見る彼女の表情である。最初の出会いからこれまで、彼女は険しい表情しか見せてこなかったものだから。


「心配してくれてたのか」


「はあ? 勘違いしないでほしいわね。うちの医療担当がヘマしてないか心配だっただけ……」


「医療担当?」


「今は外してるわ、後で礼を言っておくことね。それと……」


何やら言い淀むリリアン。


「それと……、あんたの戦闘力は認める。あれが実戦だったら、もしかするかもね」


そう言って、彼女は診療室の扉へ向かって歩き出した。俺はそんな彼女を呼び止めるように口を開く。


「いいや、完敗だ! 悔しいけど、君が味方でよかった」


一瞬、リリアンが立ち止まる。彼女はこちらを振り返らず、ぼそりと一言呟いた。


「ま、これからも頼むわよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ