執事
「どうぞ上がって」
アナスタシアに勧められるがまま、俺たちは彼女の部屋へ上がりこんだ。
ゴシック調の内装は実に圧巻だが、何より目を引くのはタンスや姿見、ドレッサーなど調度品の数々であった。素人の俺にも分かる。全てにおいて繊細で複雑な装飾がふんだんに施されたそれらは、工芸品どころか芸術品と言うべき代物なのであろう。何気なく棚に飾られた宝石も、壁に掛けられた絵画も、市場に出回ればとてつもない金額で取引されるに違いない。これが王族の暮らしかと、俺はただ圧倒されるばかりであった。
「凄いな……。椅子もテーブルも、手が込んでるなんてレベルじゃないよ」
「ありがとう。この部屋の家具はね、全部私の両親が用意してくれたものなの。きっと私の為だけじゃないのでしょうけど……」
「え、それってどういう……」
にこりと笑う彼女の表情は、何故か少し悲しげに見える。するとリリアンが怪訝な面持ちで俺を睨みつけた。
「ちょっと、なに馴れ馴れしく話してんのよ。相手が誰だか分かってるでしょうね」
いや、そもそもお前の態度がな。と言いたいところであったが、反論すると本当にぶっ飛ばされそうなので、俺は大人しく従うことにする。
「失礼をお許しください、王太子妃殿下」
「いいのリリアン。私がそうして欲しいんだから。ニックさんも、私のことはアナスタシアって呼んで頂戴」
「え、いや、それは……」
流石に王室の人間を呼び捨ては、いくら本人の希望でも気が引ける。しかし先ほど、無意識に慣れ親しんだ口調で語りかけてしまったのは事実だ。彼女にはどうしてか親しみやすい魅力がある。
「……そ、まあ本人が望んでるならね。それじゃあニック、これからはそう呼びなさい」
こいつ、さっきから言ってることメチャクチャだろう。と言いたいところだがやはり、リリアンには逆らわないのが得策だ。
「ま、お喋りはこのへんにして、仕事の話に入るわよ。まずは仕事仲間を一人紹介するわね」
「仕事仲間?」
「あんたの後ろにいるわよ」
呆れ気味にため息をつくリリアン。後ろを振り返ると、目の前に男の姿が現れた。
「うおお!」
思わず声を上げてしまった。口ひげを蓄えたその男は、皺の刻まれた顔に満面の笑みを堪えている。全身スーツで身を固め、白髪交じりの黒髪をオールバックで撫でつけた、いかにも紳士らしい出で立ちの中年男性であった。
「ロイドの気配に気付かないなんてまだまだね。一遍指導してもらったほうがいいんじゃないの?」
リリアンの嘲笑は鼻につくがこの男、全く気配を察知できなかった。よく見ると額から右瞼にかけて、刀傷のような跡が見て取れる。どうやら只者では無いらしい。
「リリアンお嬢様も、初めは気付きませんでしたからねえ。懐かしい限りです。確かお嬢様がいらっしゃったのは昨年の秋。あの初々しいご様子が……」
「いいからその話は! ったく、どうして年寄りはこう昔話が好きなんだか。あとそのお嬢様っての、いい加減やめてくれないかしら」
その話は後程詳しく聞かせてもらおうと、俺は固く胸に誓った。
「ニック殿、ご紹介が遅れまして申し訳ございません。私はロイドと申します。僭越ながらアナスタシア様の執事を務め申し上げております。以後お見知りおきを」
「あ、執事の方なんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
なるほど、確かに立ち振る舞いも執事らしい。しかし出会い頭の彼の動き、ただの執事ではないように思えるのだが。
「ロイドはその辺の執事とは違うわよ。戦闘能力は私と互角、いや、私の方が少し上かしら。ともかく彼、めちゃめちゃ強いから」
「ってことは、契約者なのか?」
仮にも側近衛兵を務めているリリアンと互角程度ということは、相当な実力者と見ていいだろう。
「いいえ、私は契約者ではございません。只少し、格闘の心得がありますもので」
するとロイドは俺と同じ類なのだろうか。しかし驚いた。まさか俺以外にも、未契約者で戦闘特化の人間が存在するとは。とはいえ俺は既に未契約ではないのだが。
「アナスタシアの護衛はあたしとロイド、そしてあんたを入れた三人体制でやっていくから。護衛任務は外出時がメインになるけど、お互い上手く連携取れるようにしとかなきゃいけないわね。この後広場で訓練するわよ」
「ああ、了解だ」
「承知仕りました」
戦闘要員が俺の他に二人もいるのは心強い。俺も足を引っ張らぬよう気合を入れなければ。
俺たち三人の会話を黙って聞いていたアナスタシアは、不安げな表情を見せながら、小さく一言呟いた。
「みんな、ありがとう……」




