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側近衛兵

王宮から自動車を15分ほど走らせると、コンクリート造のオフィスビルが立ち並ぶ近代的な市街が姿を現す。その中でもひときわ目を引く建物が、広大な庭園の先に佇んでいた。白を基調としたその宮殿は、別名を白鳥宮とも呼ぶらしい。


「やれやれ、無事に着きましたよ」


運転手は安心したようにため息を漏らした。しかし俺は、そんな運転手の様子にお構いなしに、目の前の壮麗な宮殿に興奮しきっていた。


ここが王太子、王太子妃の暮らす宮殿である。そして今日から、俺はこの宮殿で暮らすのだ。夢のような話である。片田舎の百姓の子が、王宮に入ることすら奇跡だというのに。


しかし遊びに来たわけではない。俺は側近衛兵として、任務を果たすためここへ来たのである。そう思い直すと、あのホールデンとの取引の記憶が、後ろめたさと共に蘇ってきた。俺は一体何をしているんだ。王室を欺く、不誠実な任務を抱えて今ここに立っているんだぞ。


俺は言い様の無い嫌悪感に襲われた。


ホールデンは国家の為だと言っていた。不安分子を監視するためだと。そうだ、これも国の為なんだ。俺はそう自分に言い聞かせることで、なんとか気持ちを保つことにした。


「では、私はこれにて。中の者が出るまで少々お待ちください」


運転手はそう言って車に乗り込み、元来た道を戻っていった。俺は扉の前に立ち、複雑な心境で出迎えを待った。


すると数分も経たぬうちに、目の前の扉が開かれた。出てきたのは俺と同い年くらいの、背の低い可愛らしい女の子である。肩まで伸ばされた、緩くウェーブのかかったブラウンの縮毛。切れ長の目に小さな口元。ひざ丈のラフなワンピースを纏ったその服装から推察するに、使用人では無いのだろう。


「あの、私はニック・ロビンソンと申します。本日より王太子妃殿下の側近衛兵として……」


「あー、あんたが新しい側近ね。話は聞いてるわよ」


声も非常に可愛らしいのだが、少々ぶっきらぼうな喋り口である。何か失礼があったのだろうか。彼女は笑顔を見せることもなく、むしろ不機嫌そうな表情でこちらを睨むのである。


「えっと、はじめまして。ニックです」


「リリアンよ。リリアン・フレッチャー。何だか頼りなさそうね、あんた」


「え、いや、そうかな……」


初対面で随分な言い様だ。確かに良く言われるが、これでも戦闘には自信がある。言い返してやろうかとも考えたが、相手がもし王族や貴族の親類だったら面倒だ。俺は気持ちをぐっと抑え、我慢することにした。


「じゃ、とりあえず案内するから着いてきて」


言われるがままに、俺は彼女の後に続いた。中央の階段を上り、二階の廊下を進んでゆく。室内の位置関係を忘れないよう、俺は注意深く周囲を見回しながら歩いた。


「凄いなあ。王宮も確かに広いけど、ここは建物が新しいんだよね。完成したのは十年前ぐらいだったっけ」


廊下の壁も天井も、汚れやくすみが少しも見当たらない。確かに王宮に比べれば規模は小さいものの、内装から調度品まですべてが新しいのだ。また設備が整っているのか、外気をの冷たさもさほど感じない。


「あんたね、上司に向かってなんて口の利き方してんのよ」


リリアンが立ち止まり、振り返って俺を睨みつける。俺は一瞬固まった。上司とはどういう意味だ。年上ということだろうか。


「……上司? え、君いくつなの?」


「十六よ。いや、年齢は関係ないでしょ! 軍人は階級が全てなんだから!」


「は? え? 軍人?」


俺は混乱状態に陥っていた。十六歳、俺と同い年の、この華奢な女の子が、まさか……。


「あー、なにか勘違いしてたみたいね。まあ無理もないわ」


「君が……もう一人の側近衛兵……なのか」


「ええ。とりあえずその口の利き方は何とかしなさい。次やったらぶっ飛ばすわよ」


「そんな……」


彼女が、俺の仕事仲間、いや上司になるのか。正直戸惑いを隠せなかった。それに、見た目に反して性格がキツすぎる。

しかしこの年で側近衛兵ということは、幼年学校は出ていないのだろう。そういえば王室衛兵には、一般公募の契約者枠が存在する。対象は契約者のみに限られるが、年齢制限は十二歳以上に引き下げられるのだ。恐らく彼女もそれで入隊したのだろう。しかし女性兵士とは珍しい。それも未成年の少女が側近衛兵とは。よほど強力な能力を有しているのだろう。


「あれ、どうしたのリリアン?」


いつの間にか、リリアンの前に一人の女性が立っていた。その姿を目にした瞬間、俺の全身に緊張が走った。


「王太子妃殿下……」


アナスタシア王太子妃。かつてヘルト皇室の至宝と謳われた絶世の美女。次期ユトダイン国王ジェームス王太子の妻にして、ユトダインとヘルトを結ぶ架け橋となる少女。そして、俺の契約発動のきっかけとなった、運命の人。


この二度目の邂逅が、一体どのような未来に続くのか。俺は緊張と興奮、そして少しの憂鬱が入り混じった感情で、彼女の姿を見つめていたのである。

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