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息子

 「もしもし、ニックです。ニック・ロビンソン……」


 ヴォロフスク中心街よりやや西に位置する商店街。人通りはさほど多いわけでもないが、帰宅途中の会社員や子連れの夫人がまばらに見える。俺は小さな商店の前に設置された公衆電話の受話器を手に、恐る恐る名乗りを上げたのであった。


 「どこから掛けている?」


 受話器の向こう側から、ドスの効いた低い声でそう尋ねられる。恐らく警察部長ご本人が応じてくれたのであろう。


 「公衆電話です。迎賓館から数キロは離れてます」


 「流石は元ユトダインの王室衛兵だな。申し遅れた、警察部長のトルセヴィッチだ」


 「……一体何をお考えで?」


 「単刀直入に言わせてもらおう。トレチャコフの件からは手を引け」


 「……何の話でしょうか?」


 まさか、既にトレチャコフを襲撃したのが俺たちだとバレているのか。当然その可能性は十分にありえる。新聞報道が真実とは限らないことなど、百も承知であったはずだ。しかし……。


 「しらばっくれても無駄だよ。既に君たちが第三医療センターへ赴いていたことは把握済みだ。我々の調査能力を侮るな」


 「……それで、わざわざ俺に電話させた理由は何ですか? 逮捕しようと思えば簡単にできたのに」


 「君はユトダインの英雄だ。逮捕などしてみろ、国際問題に発展する」


 「……あなたがどこまでご存じか分かりませんが。ユトダイン王妃の暗殺は国際問題に発展しないとお考えでしょうか?」


 するとトルセヴィッチはため息を漏らし、次のように切り出すのであった。


 「そこまで掴んでいたか。では、何も隠す必要もないだろうな……」


 「は?」


 「おととし貴国で発生したアナスタシア大公女暗殺未遂事件。あれにトレチャコフが関与していることは、我々内務省警察部も極めて事実に近い情報であると判断している。しかし証拠を掴めなかった。それから我々は一年半にわたりトレチャコフをマークしてきたが……」


 「一年半前の言い訳なんて興味ねえよ。てめえらは奴をここまで野放しにしてきた。で、今何が起こってる? 奴はまたしてもアナスタシアの暗殺を企ててるじゃねえか? 優秀な警察部長様ならもう知ってんだろ。ブルガール民族戦線とやらを利用して、奴がアナスタシアの暗殺を企んでることぐらいよ!」


 俺は思わず怒鳴り声を上げていた。店先を清掃していた商店の店主らしき老婆が、驚いたように目を丸くしてこちらを見詰めている。俺は慌てて平静を取り戻し、受話器に向かってこう続けるのであった。


 「あんたの目的は何だ?」


 「だから今話そうと思ってたのに、君が興奮するものだから……。まあ良い。我々は現時点で

、トレチャコフを検挙することはできない。君の言う通り我々は機を逸した。もしここでトレチャコフの暗殺計画関与が発覚したらどうなる? ユトダイン交渉の担当者である外務大臣が、裏ではユトダイン王妃を殺そうとしていた。その事実を知った君たちのリーダーは、何を考えるだろうか……」


 確かにあのランカスターのことだ。奴なら何をしでかしてもおかしくないだろう。ヘルトとユトダインの関係は益々悪化し、そのまま戦争に突入、なんてシナリオも十分に考え得る。


 「だったら何だ? このままトレチャコフを野放しにするってのか? アナスタシアが殺されれば、もっと大変なことになるぞ」


 「当然彼の好きにさせるつもりはない。そこで君に、協力を仰ぎたいと思ってね」


 「協力だと?」


 「トレチャコフ家の長男、イゴール・トレチャコフの居場所を教えよう。その代わり公爵の暗殺計画関与は世に出すな。彼との接触も今後一切禁ずる。……どうだ、悪くない条件だろう?」


 「何のために?」


 「戦争回避の為だ。できればトレチャコフの暗殺関与は隠蔽したい。しかし君の言う通り、彼をこのまま野放しにしておけばアナスタシア王妃の身が危ない。ではどうするべきか。……トレチャコフの弱みを握るのだよ。彼の弱みは息子の存在だ。行方不明と世間に公表しておきながら、その実息子は長きに渡り精神病棟へぶち込まれていた。そして今……」


 「……今、その息子はどこにいるんだ?」


 「ヴォロフスク郊外の、トレチャコフ家の所有する別邸に移送されている。別邸とは聞こえが良いが、その内実はブルガール民族戦線のアジトってところだな。ちなみにそこは腹心のパット・ウギルが管理している」



 トレチャコフの息子にパット・ウギル。もしこの警察部長の証言が真実なら、今すぐにでもその別邸を訪れるべきであろうが。



 「責任は全部俺たちに押し付けて、厄介者を吊るし上げようってか。……いいぜ、乗ってやる」


 「その答えを待っていたよ。それでは、彼らの居場所を教えよう……」

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