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ヘルト帝国内務省警察部

 『トレチャコフ外相 意識不明の重体! ――外務省、ヘルト=ユトダイン交渉の一時中断を発表――』


 4月21日午前8時


 昨日午後3時20分ごろ、ヴォロフスク第三医療センターを訪問中のミハイル・トレチャコフ外相が病棟五階部分より落下、意識不明の重体に陥れり。氏は現在ヴォロフスク中央病院に移送され、集中治療室にて緊急手術を受けているとのこと。ヘルト-ユトダイン交渉はトレチャコフ外相の回復まで中断される見通しである。詳しい原因については現在ヴォロフスク警察が調査中。




 「どうやら警察が動いているようだな。シャーリー、トレチャコフの様子は?」


 「相変わらず読めないわね。せめて息子の居場所だけでも分かればいいんだけど……」


 「そうか。仕方ないな」


 俺とサラ、そしてダレンとシャーリーの四人は、昼下がりのヴォロフスク中心街にて、街路に面したカフェテラスのテーブルを囲みながら椅子に腰かけていた。ここは帝都の中でも比較的人通りの多い繁華街であり、道を急ぐサラリーマンやウインドウショッピングを楽しむ女学生たち――彼女らは例外なく上流階級の娘である――、今やユトダインで見ることも無くなった山高帽に、片眼鏡を掛けた老紳士など、様々な人種を見て取ることが出来るのだ。


 「どうだシャーリー、ブルガール人らしき奴は見つかったか?」


 俺たちは少し前からこのカフェテラスで、道行く人々の思考を覗き見ていた。ブルガール民族戦線の首領、パット・ウギルの情報を探る為である。しかし手掛かりは一向に見つからず、俺は内心苛立ちを募らせているのであった。


 「ううん、見つからない……」


 「そういやヘルトに到着した初日、君はあの、横断幕を掲げた奴らの思考を読んでたよな? 彼らの思考からウギルの居場所を特定できないのか?」


 「それが、あれ以降彼らの思考も読めなくなってしまったの。三人ぐらいの思考が読めてたのに、みんな対象から外れてしまった。もしかしたら口封じで……」


 まさかそんな……。いやしかし可能性は十分にあり得る。能力封じでもない限りシャーリーのテレパシーから逃れる術はないはずだ。恐らく横断幕を掲げていた奴らは捨て駒で、あの後口封じのために殺されたか、それとも意識を奪われどこか遠くに運ばれたか。


 ふと通りに目を移すと三名の警官らしき男たちが真っすぐこちらへ歩を進めてくるのが見えた。俺はハットを目深に落とし、新聞を広げて顔を隠す。この中でヘルト当局に顔が割れているのは俺だけの筈だ。ダレンもシャーリーも、勿論サラも非公式でアナスタシアの護衛にあたっている。俺の顔さえ見られなければ、きっと警官の追及も免れることだろう。


 「――そうですか、ええ、はい。それでは不審な人物を見つけましたら、すぐにお近くの交番まで」


 他のテーブルにつく客が、どうやら聴取を受けているようである。俺はなるべく平静を装いながらも、額から汗が流れるのを感じていた。


 (逃げるか?)


 (ちょっと待って。この人たち、もしかしたら……)


 (何だ?)


 (とりあえず座ってよう。最悪サラもダレンもいるし、何とかなるわ)



 警官は次々とカフェの利用客に聞き取りを行い、そしてとうとう俺たちの座る席にやって来たた。一人の警官が俺の右隣に立つ。俺はなるべく顔を見られぬよう、視力の悪いふりをして新聞紙に顔を近づけた。


 「ヴォロフスク警察です。お楽しみのところ失礼ですが、少しお時間宜しいでしょうか?」


 「何かしら?」


 サラが俺たちを代表して応対の姿勢を見せる。まあこの中で一番怪しまれない外見をしているのは彼女であろう。シャーリーは若すぎるし、ダレンは突拍子もないことを言い出しかねない。


 「先日のトレチャコフ外相の事故の件を調査しておりまして。事件の可能性もありますゆえ、不審人物の目撃情報をお尋ねして回っているのです」


 「不審人物ですか? いえ、特に見かけませんね」


 「そうですか……。そちらの、えー、新聞を読んでいらっしゃる……」


 俺は恐る恐る両手に持つ新聞紙を下ろし、右隣に立つ警官の方へ少しだけ顔を向けた。大丈夫だ。声色から察するに、警戒されている様子はない。それに疑われているならば、シャーリーがテレパシーで伝えてくれるはずである。


 「俺ですか?」


 「ええ、如何です? ご近所で怪しい人物など」


 「いやあ、見かけませんですなあ」


 「なるほど。……ちなみに皆様はどちらにお住まいで?」


 マズい、警官に住所を聞かれたときの対処法など考えてもいなかった。まさかユトダインの住所を答えるわけにもいかないし、かといってヘルトの適当な住所など答えられようもない。一体どうすれば……。


 すると警官は一枚の名刺を取り出し、俺の目の前に差し出した。思わず見上げると、男は神妙な顔つきでこちらをじっと見詰めているのであった。


 「お会いできて良かった。こちらにご連絡を、ニック・ロビンソン……」


 唖然とする俺を尻目に、警官の男は颯爽と次のテーブルへ向かい去っていった。慌てて受け取った名刺を見てみると、そこには次のような内容が記載されていたのである。




 ヘルト帝国内務省警察部長

 エフゲニー・トルセヴィッチ


 至急連絡求む




 急いで振り返ると、三名の警官は既にカフェテラスを後にしており、後ろ姿を見せながら早足で道の向こうへと去りつつあった。


 「シャーリー、奴らは……」


 「……彼ら三人はただの警官。でもニックと接触したがっていたみたい。あなたと会話してるとき、彼らはずっと不安がっていた。あなたが本当に、探しているニック・ロビンソンなのかと」


 「一体なんの為に?」


 「そこまでは知らされてないみたい。ニックを探し出して、警察部長の名刺を渡すこと。彼らはそれしか聞かされてない」


 警察部長と言えば、ヘルト帝国における警察組織のトップに位置する役職だ。エフゲニー・トルセヴィッチ。流石に知らぬ名であるが、我が国で言えば警視総監と同等の権限を持つ人物なのである。そんな男が一体何を……。

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