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衝動

 サラ・ヘンダーソン。ユトダイン王国の先代王妃であり、国家の母と呼ばれたイザベル元王妃の側近衛兵。そもそも王室衛兵の歴史はたった五十年余りに過ぎず、サラは現職王妃の側近衛兵としては史上二人目の人物でもあった。ちなみに三人目は、現王妃アナスタシアの側近を務めるフットということになる。

 有り体に言ってしまえばサラは、年長者であり強力な能力を有するフットを差し置いて側近衛兵に任じられた、エリート中のエリートなのである。まあそれを言うなら、15.6歳で側近衛兵に選ばれた俺やリリアンも同様になってしまうのだが。


 「サラ、行動を開始する前に君の情報を知っておきたい。特に能力に関して……」


 恐らく彼女は契約者である。しかしながら、彼女の能力に関してはフットもリリアンも認識していなかったのだ。驚異的な反応速度を有するという情報以外、サラに関する情報を持ち得ていなかったのである。これは彼女の護衛対象であるイザベル元王妃に原因があった。イザベルは王妃時代より持病の悪化に苦しんでおり、公式の場に姿を現すことが少なかった。すると当然側近衛兵もイザベルの介護に付きっ切りとなり、戦闘を交える機会も滅多になかったのである。



 「遅滞です。私の能力……」


 「遅滞?」


 「能力を発動すると、体感速度が最大で、通常の千分の一ほどになるんです。周囲の動きがスローモーションに見えるんですね。それで、私は遅滞と呼んでいます」


 「……なるほど。だからあの時、ダレンの攻撃も俺の銃撃も避けられたのか」


 彼女が自動小銃による銃撃から逃れた時、俺はせめて数発ぐらい当たっているものと思い込んでいた。しかし彼女は無傷であった。ダレンの不意打ちだって、そうそう躱せるものじゃない。


 「流石にマシンガンの銃撃を回避するのはキツイですよ。私自身の動きも緩慢になるので。当然至近距離で発砲されたらアウトです。反応は出来ても体が追いつきません」



 「案外使いにくい能力なのか?」


 「ええ、特に銃火器の発展目覚ましい昨今では。その為他人の動きには敏感にならざるを得ません。相手の動きを出来るだけ早く察知すること、私にとってこれは大前提となります」


 完全に護衛特化の能力とも言えるだろう。任務の際だって、能力を発動させ続けてさえいれば周囲の動きが全てスローモーションに見えるのだ。突如凶漢が現れようとも難なく対処できるはずである。しかし戦場には向いていないだろう。銃弾が雨あられのように降り注げば、たとえその全てを見切れていたとしても避けることが出来ないのである。


 「……それに、私にとって護衛任務は地獄そのものです。例えば体感速度を百分の一にまで下げたとしましょう。すると現実の一秒が、私にとっては百秒の時間に感じられるのです。当然私の体も百分の一の速度で動きます。しかしイザベル様を護衛するには、その状態を数時間にわたり持続しなければならないのです」


 その状態で二時間護衛を続ければ、単純計算で25日間もの時間を過ごす感覚となるわけだ。到底俺には耐えられないだろう……。


 「イザベル様が公式行事に姿を現さなかったのは、もちろんご病気の為でもあります。しかしそれだけではありません。イザベル様は、私の負担を減らすために……」


 感極まった様子で涙を流すサラ。俺はその様子を見守りながら、それでいて尚残酷な決意を既に固めていた。


 彼女は王室衛兵である。アナスタシアを守る為に死力を尽くすことだって、彼女の務めなのだ。俺も数多くの地獄を味わってきた。万が一となれば、サラの能力だってフルに活用する。実際、彼女の能力は使える……。


 「大丈夫だよサラ。数時間も君に能力を使わせる機会なんて、そうそう訪れない」


 「……いえ、すみません。そこに関しては遠慮なさらないでください。これは任務ですから」


 しかしイザベル元王妃とはそこまで慈悲に溢れた聖人なのであろうか。確か執事のロイドも、イザベル元王妃を信奉するかのような台詞を口にしていた。


 「なあ、そういえばロイドは元気か? 今はイザベル元王妃の執事をやっていると聞いたが」


 「ああ、ロイドさんですね。勿論ですよ。イザベル様のことを一番良く分かっているのはロイドさんですからね。戻って来てくれて有難い限りです」


 「……その、ロイドは一体、イザベル様とどういう関係なんだ?」


 「え? どういう関係と言われましても。ロイドさんは私が側近になる遥か前から、イザベル様の執事を務めていらっしゃいましたから。詳しくは存じておりません」


 「そうか……」


 ロイドは謎多き人物で、俺は割と長い時間を共に過ごしたのにも関わらず、結局彼については良く分からないことばかりなのであった。ただ王室付の執事になったのはイザベルとの出会いがきっかけらしい。そのことは本人の口から聞いていたので、試しに尋ねてみたのであったが……。



 「ともかく本題に入ろう。俺たちの目標はただ一つ。ブルガール民族戦線の首領パット・ウギルと接触し、金の力でこちら側の陣営に呼び寄せることだ」



 歴史を変える。時代を変える。過去を、そして未来を。もう二度と、あのような悲惨な戦争は……。


 (……あのような、悲惨な戦争?)



 まるでどこかの未来で、本当に戦争を経験してきたかのような口ぶりじゃないか。初めて能力を会得した直後に見た、あの廃墟と化した王都の光景が、俺にこのような感覚を抱かせたのか?


 それとも……。


 (キミは、これまで八十三回の過去戻りを経験してる)


 俺の知らない俺が、幾十回もの悲惨な未来を経験してきたのだ。一体誰が死んだ? うちペナルティは二回。ジョシュアの他に、誰の存在が消えたのだ? アナスタシアは何回死んだ? リリアンは? ダレンとシャーリーは、そもそも仲間になったのか? もしこの先能力を使ったら。もしこの先能力を行使して、全てを巻き戻さねばならなくなったとしたら。少なくとも俺は一度、契約発動直後まで時間を巻き戻している。それも、わざわざ廃墟と化した王都の光景のみ残してまで……。


 嫌だ、失いたくない。もうこれ以上仲間も、記憶も……。


 「ニック、大丈夫?」


 またシャーリーか。こいつはテレパスで俺の思考も、何もかも覗けちまう。それで俺を分かった気になって、勝手に俺の気持ちを理解した気になって……やがる……。


 「……ああ、大丈夫だ。今の発言は忘れてくれ」


 「発言? 何の?」


 「いや、心の声ってやつだよ。少し取り乱してた」


 「……ニック。わたし、何も聞いてないよ。これからね、仲間には、能力はなるべく使わないようにしようと思って」


 不安げな表情で俺を見詰めるシャーリー。……そうか。それなら良い。


 「トレチャコフの思考は読めるか?」


 「……今は読めないわ。でも恐らく死んでない。また自分自身に能力封じを掛けたのかも」


 今頃第三病棟付近は大騒ぎだろう。きっと、トレチャコフの重体が世間に知れ渡るのも時間の問題だ。


 「帝都ヴォロフスクを徹底的に洗う。パット・ウギルの居場所を特定し、ブルガール民族戦線の実態を、トレチャコフの野望を世に暴く。シャーリー、頼んだぞ」


 「……うん」


 控えめに頷く彼女をよそに、俺は固い決意を胸に滾らせていた。ここで全てを解決する。アナスタシアの命を狙う連中を根絶やしにするのだ。トレチャコフを筆頭に、薄汚いヘルトの蛆虫共を、二度と表舞台に立てないよう葬り去らなければ……。

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