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サラ

「やってくれたなニック。いや、お前の判断は間違っちゃねえが……。外務大臣が重症とあれば、ヘルトがどう動くか分かったもんじゃねえ」


 フットは頭を抱えながらため息をついた。本件は既にユトダイン外交団へ伝達済みであるという。外交団の回答によると、現状は本国外務省への報告を避けてくれるそうだ。


 「トレチャコフ外務大臣の身辺調査には、ユトダイン外交団のメンバーも全面的に関わっている。何とかしねえと国家の存亡に関わるぞ」


 「分かってるよフット、最悪俺の過去戻りで然るべき時に戻ればいい。それより今俺たちがすべきことは……」


 「トレチャコフの悪行を世に広めること、だろう? だが一体どうやって……」


 「ブルガール民族戦線だ。奴らと接触し仲間に引き入れる」


 「……また飛んでもねえ話だな。奴らはトレチャコフの命令で、アナスタシア様の命を狙ってるんだろ?」



 俺は今一度周囲を見渡し、アナスタシアの姿が無いことを確認した。これから語る作戦は、とてもじゃないが彼女へ聞かせることなどできない。


 「先日、ゲルオギー・ドズゴフスキーと直接話してきた。……アナスタシアの実の父親だ。ドズゴフスキーはブルガール人であり、トレチャコフの政敵でもある。彼はトレチャコフを引きずり下ろす為なら何でもする覚悟だ」


 すると驚いた表情を見せたのはリリアンであった。


 「ニック、いつの間にそんなこと……」


 「アナスタシアがいる場では話せなかったんだ。……ドズゴフスキーは資金援助を確約してくれた。その資金を用いて、ブルガール民族戦線の連中を懐柔する」


 「……危険すぎるわ」


 「奴らの頭領パット・ウギルは金で動く。大金を積めばいい」


 「本当にそのブルガール人は味方してくれるの?」


 「そればっかりは、賭けになる」


 リリアンは一呼吸おいて、俺の目を真っすぐに見据えてこう語る。


 「今後一切の諜報活動にあたしを連れていくこと。いい?」


 「……それは状況次第じゃないか?」


 「戦闘に使える契約者がダレン一人じゃ、万が一に対応できない。今回の件で分かったでしょ?」


 確かにそうであった。トレチャコフによりダレンの能力を封じられた俺たちは、催眠ガスによりあっという間に捉えられてしまったのだ。間一髪で逃げ出せたから良いものの、あのまま拘束され続けていたら俺たちは、一体どうなっていたか分からない。


 「しかしそれじゃあ、アナスタシアの護衛はどうする?」


 パット・ウギルを探し出すにはまた別行動が必要である。もちろんリリアン着いて来てくれるなら百人力であるが、するとアナスタシアの護衛が手薄になるのではないか。実際、リリアン一人で並みの王室衛兵数十人分の戦闘力を有しているのだ。いくら百名あまりの王室衛兵が護衛についているとはいえ、彼女をアナスタシアの傍から離すことは出来るだけ避けたいところである。


 フットも俺の意見に同調するように頷き、リリアンに対して諭すように意見した。

 

 「ニックの言う通り、リリアンはなるべく王妃様の傍から離れるべきじゃねえ。あんまし認めたかねえが、こん中で一番強えのはお前だからな」


 「だったらどうするの? ブルガール民族戦線との接触は更に危険を伴うわ。フットだってアナスタシアの傍を離れるわけにはいかないし、じゃあ他に誰がニック達と行動できるかしら? 正直、他の衛兵じゃ心許ないわよ!」


 語気を強めるリリアン。そんな彼女を宥めるように、フットは複雑そうな面持ちでこう語るのであった。


 「安心しろリリアン、一人増援を呼んである。さっきヴォロフスク駅に着いたらしいから、もうじきここに来るんじゃねえか……」


 「は? 増援?」


 するとタイミングよく談話室の扉が開き、一人の女性が姿を現した。ショートカットの黒髪で、面長に小さな口元とすっきりした鼻筋が特徴の、知的な印象を抱かせる女性である。田舎娘のような野暮ったいワンピースにくたびれたジャケットを羽織り、丸眼鏡を掛けた彼女の姿に、俺は何とも言えぬ既視感を覚えるのであった。


 「ちょうど良かったぜ、サラ。お前の話をしようとしてたところだ」


 フットが彼女の名を呼んだ時、俺の脳裏にはあの忌まわしき記憶が蘇えるのであった。そうだ。一昨年のクーデター時、俺は諜報局付近のビルにてこの女性と対峙していたのだ。あの時とはまるで恰好が違うものだから、直ぐに気付けなかった……。


 「君は、イザベル様の側近の……」


 「サラ・ヘンダーソンです。衛兵隊長より極秘の指令を仰せつかり参上しました」


 「驚いたな……」


 彼女はイザベル元王妃の側近衛兵であり、クーデター時に俺たちを真っ先に襲ったかつての敵である。俺と同じく銃器を用いて戦うタイプの衛兵であったが、ダレンのテレポートによる猛攻を物ともしなかった相当の手練れだ。


 「俺から衛兵隊長に頼み込んでおいた、強力な助っ人が必要だってな。こいつならニックの支援に適任だろう」


 フットの言葉に合わせて彼女は小さく頭を下げた。するとリリアンが立ちあがり、サラに向けて気まずそうに語り掛けるのであった。


 「サラ、あの時はごめんなさい」


 クーデターの折、俺たちはサラと現国王の側近アレックス・ミッドフォードの猛攻の前に屈しかけていた。その時駆け付けてくれたリリアンによって、サラは一瞬のうちに気絶させられてしまったのである。ピストルの暴発により右手の指を失った彼女であったが、後にサマンサの治療で元通りに治ったのだろう。今目の前にいる彼女の右手にはしっかりと五本の指が付いていることが確認できる。


 「あ、リリアン……。あの……大丈夫ですよ……」


 リリアンの声を聞いた途端、みるみるうちにサラの表情が青ざめていった。どうやらあの夜の戦闘が相当トラウマになっているらしい。後にリリアンから聞いたのだが、ピストルの暴発は彼女の氷結能力によるものだったという。銃口を氷で塞ぎ、サラが引き金を引いた瞬間に暴発するよう仕向けたのだ。


 「あたしが言うのもあれだけど……。サラ、本当に大丈夫?」


 「ま、任せてください! あれから痛みに耐える訓練を積んできたので!」


 「どんな訓練よそれ……」


 多少不安の残るところではあるが、彼女とて側近衛兵の一人である。王室衛兵の中でも有数の実力者でなければ務まらぬ、王国で最も戦闘に長けた兵士の肩書を持つ女性なのだ。


 「改めて、ニック・ロビンソンだ。よろしく」


 「ええニックさん、よろしくお願いします。それで、私は一体何をすれば宜しいのでしょうか?」


 「……早速で悪いが、俺と行動を共にしてほしい。詳しくは、ダレンとシャーリーが戻ってから話そう」




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