未熟な感情
ひとまず駅付近まで移動した俺たちは、廃倉庫の中に身を隠すこととした。ダレンのテレポートが無ければ、今頃俺たちは死んでいただろう。彼のテレポートにより拘束具をすり抜けることが出来たのだ。その代わり俺たちの体は、身に纏っていた衣服もろともすり抜けてここまでやって来たのであった。
「着るものを探してくる。少し待っててくれ」
俺は倉庫の奥に向かい、何か衣類の代わりになるものを探し始めた。テレポートがあるとはいえ、流石に全裸でこの先を進むわけにはいかない。ユトダイン国内ならまだしも、ここはヘルト帝国の首都ヴォロフスクなのである。
誇りまみれの倉庫内を手当たり次第にかき分けていると、くたびれた労働着が何着か姿を現した。少々かび臭いが仕方ない。俺は労働着が詰め込まれた木箱を胸に抱え、二人のもとへ運び出す。
「とりあえず衣類は見つかったぞ」
シャーリーは適当なジャケットを一枚羽織るのみで、すぐさまダレンの介助へ取り掛かった。相当激しい暴行を受けたのだろう。彼の息は荒く、一人で服を着るにも苦戦している様子であった。
「……大丈夫だシャーリー、一人で着れるよ。それより君の方が早く、ちゃんと服を着なきゃ」
「いいから大人しくしてて。それと、ケガの様子を教えて」
「……多分、左足が折れてる……それと肋骨も何本か。あとは指の爪を四枚剥がされたよ」
「私たちの拠点まで戻れそう? 無理ならフットに救援要請を送るわ」
「……いや、大丈夫。いけるよ」
「戻ったらすぐに治療するよう、サマンサに要請しとく。あと少しだけ頑張ってダレン」
「……ああ、任せてくれ。急いで出発しよう。シャーリーもちゃんと服着て」
「私はこれでいい、どうせ男物のズボンなんて大きすぎて履けないわ。ニックは準備できた?」
確かに体の小さなシャーリーにとって、ぶかぶかのジャケットはボタンを詰めてしまえばワンピースのようなものである。上下とも着衣を終えていた俺は、彼女の声掛けに慌てて大きく頷いた。
「それじゃ二人とも僕につかまってくれ。空を飛んで、一気に迎賓館へ戻る」
ダレンのテレポートが発動し、俺たちは上空高く飛び上がった。あまりの高度に腹の下が委縮するような感覚を覚える。ダレンはそのままテレポートを連発し、目にも留まらぬスピードで首都中心へと移動するのであった。
「この程度の負傷なら十数分で完治するでしょう」
サマンサはそう言って、気絶したダレンの体を抱えて医務室へ入り込んだ。横目でシャーリーの姿を盗み見ると、彼女は顔を真っ青にして呆然と立ち尽くしている。額からは汗が流れ、明らかに動揺している様子が見て取れるのであった。
「大丈夫だシャーリー。外傷はひどいけど命に別状はないよ。すぐにサマンサが直してくれるさ」
「……どうしよう……たくさん能力使わせちゃったから」
そういえばダレンは、能力を乱発しすぎると呼吸困難に陥ると以前語っていた。確かにここ迎賓館へ向かう道中の後半、彼の呼吸は上がっていたようにも思える。しかし能力の使用限界を超えるほどの距離ではなかった筈だ。現に彼は生きてここまで戻って来たのだから、あとはサマンサの治療に任せれば問題ないだろう。
「大丈夫、サマンサはユトダインいちの治癒能力を持つ契約者だ。すぐに元気な姿を見せてくれるよ」
「でも……あんなに……」
彼女は両手で顔を覆い、その場に崩れて泣き出してしまった。ダレンの痛ましい姿が余程ショックだったのだろう。ここまで気丈な態度で振舞ってきた彼女であるが、きっと内心は不安で堪らなかったのだ。
「いやだ……死んだらいや……」
これ以上は何も言うまい。今俺に出来るのは、すすり泣くシャーリーに寄り添ってあげることだけだ。後はダレンの無事を祈る他ないだろう……。
やがて医務室の扉が開かれた。サマンサの宣言通り、十数分で彼女は治療を完了させたようである。不安げな表情を見せるシャーリーに向かい、サマンサは微笑みながらこう告げるのであった。
「無事治りましたよ。念のためベッドに寝かせていますが、意識も回復しています。声を掛けてあげてください」
思い返してみれば、サマンサの微笑んだ姿などこれまで目にしたことも無かった。そんな彼女の言葉を聞いてシャーリーは駆け足で医務室の中へ飛び込んで行く。
「ありがとうサマンサ。俺も少し声かけてくるよ」
そう言って彼女の横を通り過ぎようとした瞬間、彼女の両腕が俺の体をロックした。抱き着かれたような格好のまま、俺の体は医務室から引き離されてゆく。
「ちょ、何すんだ?」
するとサマンサは両腕を離し、じっと俺の顔を見詰めてくるのであった。
「ニックさん。ここは二人だけにしてあげましょう」
「え? あ、ああ。その方がいいなら。でもどうし……」
「さあ、応接間で皆さんがお待ちです。色々話し合うべきこともありますでしょう……?」




