第84話 退院
住めば都という言葉がある。
どんな場所であっても、住み慣れれば居心地よくなるという意味だ。
そのような状況になるのは条件があるだろうが、たいていの場合は慣れてしまうのが多いだろう。
ドレイクは、今まさにそのような状況になっていた。
病院の中庭に設置された展示品の戦闘機に乗り込んで、数日ほどは少しばかり苦しむ様子が見られたものの、それが過ぎてしまえば快適なものである。
今では、自分の端末を持ち込んでニュースを読んでいたり、動画を見て楽しむこともできるようになっていた。
「ほう、ミューシャ王国の王太子がギャリオ帝国経由でロクシン共和国に来るのか。あの中立と言いながら銀河戦争に参戦しなかった弱腰国家が何をしにくるんだかな」
そんなことを言いながら、ニュースをななめ読みしている。
それを見た作業療法士は、この日の終わりに声をかけた。
「ドレイクさん、最近調子がよさそうですね」
「確かに、以前よりかは息苦しさを感じることはなくなりましたね」
「この調子で行けば、もう少しで退院も見えてきますよ」
「それはいいことを聞きました」
そういって、ドレイクは病室に戻る。
夜。空に浮かぶ二つの月を見ながら、ドレイクは考えを巡らしていた。
「もしこのまま退院することができれば、現役復帰も夢じゃないな……」
しかし、現状と現場は違うことも知っている。
今は落ち着いた環境でゆっくりと身を置くことができるが、軍の現場では急激な変化を伴う可能性が十分に高い。
そのため、心を落ち着かける準備ができずに、変化についていけない状況も考えられる。
「退院したあとも、しばらくは治療が必要かもな……」
夜の帳にそんなことを考えるのであった。
さて、実際の所どうなっているかというと、症状自体は回復方向に向かっているのは確かだ。
そして懸念要素の一つである、実際の現場における緊急時の行動については、現在もまだ不明であると言えるだろう。
そんな中で、ドレイクにある変化がみられる。
「……今の感じ、症状に似ているな。これはメモに残しておこう」
このように、ドレイク自身が気が付き、そしてそれのメモを残すようになったのだ。
ドレイクの主観を記録し、それを客観的に見てみる。
それこそが、精神病を克服する方法の一つであるのだ。
そんなある日。この日は暴露療法は休みの日である。
そこにドレイクを診てくれている医師がやってきた。
「調子のほうはいかがですか?」
「悪くないですよ。つい先日もリラックスして戦闘機に乗れてましたし」
「いい傾向ですね。その調子で続けていけば、退院も視野に入ってくると思いますよ」
「そうですか」
ドレイクは安堵する。
入院生活が退屈であったというわけではない。ここ数週間は、ある意味で自由な時間でもあった。
好きなことをしていたと言えばそれまでだが、治療の時間が有意義な時間であったことは間違いないだろう。
「とりあえず、もう少し様子を見ましょう。薬のほうは飲めてますか?」
「えぇ、問題なく」
「なら大丈夫です。投薬は長期間の経過観察が必要です。今後も継続して薬を飲み続けてください」
そういって医師は病室をあとにする。
ドレイクはベッドに横になり、外を眺めた。
「もうすぐで、この生活ともお別れか……」
退院。それはすなわち、軍への復帰を意味する。
当然、それには病気の再発というリスクも伴う。
しかし、そのリスクが選択肢にある時点で、真の意味で治療できたとは言えないだろう。
そんなことを考えながら、次の日も暴露療法を行うのだった。
それから数週間。ドレイクの退院が決まった。
ドレイクがコックピットに乗り込んでも、気分に変化が見られないことが主な要因だ。
正面玄関には、医師と作業療法士が見送りに来ていた。
「ドレイクさん、今日までお疲れ様でした」
「今のドレイクさんなら、以前のように生活することができるでしょう」
「ありがとうございます」
「しかし、途中経過を見るためにも、しばらくは通院に来てくださいね」
「はい。分かってます」
そういってドレイクは、荷物を持って病院を後にする。
長いようで短かった数ヶ月間ではあったが、治療の観点から見れば充実した日々であったことは間違いないだろう。
ドレイクが第219巡航艦隊の旗艦に戻ろうとした時、前から誰かが走ってくるのが見えた。
ドレイクはなんとなく嫌な予感を感じる。
そしてそれは的中した。
「ドレイクさん!」
「……フクオカか」
「どうして今日退院だってこと言わなかったんですか!」
「いや、言ったら確実に迎えに来てただろ」
「当たり前じゃないですか。一応元生徒ですよ?」
「……そうだな」
そういってドレイクはフクオカの横を通る。
「ちょっと、ドレイクさん!荷物くらい持ちますよ」
「いらん。自分で持てる」
「それと、アタシがあげたゴーグルはどうしたんですか?」
「荷物の中だ。今はもういらないからな」
「えー!ちゃんと付けてくださいよー!」
「治療は済んだんだ。今更付けたところでどうにもならん」
そんな話をしながら、二人そろって旗艦に戻っていくのであった。
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