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ローカル航路エプリオン線の嗟嘆  作者: 紫 和春


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第83話 進展

 それはただの虚無であった。

 全身を流れる血液の感覚、自分の心臓が動く音。体が重力に引かれる重み。

 それらをただひたすら感じるだけである。

 ドレイクはタブレットでやることをやり終え、呆然と宙を見ていた。

 現在のドレイクは負傷兵の扱いだ。そのため書類上では、治療のために所属部署を外れている状態である。

 そうなれば、当然のことだがドレイクのできる仕事はない。やれることがあったとしても、それは軍の施設で働いている民間人に近い仕事だろう。

 そのため、仕事は事実上ないに等しい。

 それなら遊んでいればいいというものだろう。しかし残念なことに、今のドレイクには趣味のようなものはない。やることと言えば、オープンチャット式のSNSを眺めていることくらいだろう。

 そして、それらもやりすぎると返って眺める気力すら湧かなくなる。

 気まぐれにニュースを隅から隅まで読んでみるが、ニュースの更新速度もそこまで高いわけではない。

 このような理由から、ドレイクは虚無の時間を過ごすしかないのであった。


「ドレイクさん、時間ですよ」


 そういって作業療法士が声をかける。


「あぁ、もうそんな時間か……」

「だんだん時間をつぶすのが得意になってきましたね」

「そう言われても、いい気分ではないですね」

「しかし、時には何も考えずにボーッとする時間も必要ですからね」

「そんなものですかね……」


 思えば、このように無駄に時間を過ごすということはあまりして来なかったドレイク。

 何かと仕事やそれに準ずることをやってきていた。

 そう考えれば、このような時間も貴重なのだろう。

 このような感じで、ほとんどの時間を虚無の状態で過ごすドレイク。

 だんだんと、コックピットもどきでは気分を害することはなくなった。


「それでは、次のステップに移れますね」

「次のステップですか?」

「はい。そのために、特別なものを用意しました」


 そういって、その日は病室に戻る。

 翌日、ドレイクはいつもの部屋ではなく、病院の裏口のほうへと案内されていた。


「今日はこっちなんですね」

「えぇ。今日から特別なもので治療を続けていきます」


 そういって裏口から中庭のほうへと抜ける。

 するとそこには、病院には似つかわしくないものが置かれていた。


「これって……」

「はい。空軍機です」


 共和国空軍所属だったFF-54戦闘機。35年前に配備され、現在まで運用されていた戦闘機だ。今は機体の更新のため、次々と退役している。


「そのうちの一機を、静態保存という名目で本院に設置しました」

「それをたった一人の患者のために使うってことですか」

「その通りです」

「なんというか……、やってることはアホそのものですね……」

「うちの医院長が趣味でやってたりしているんですよ。ほんと、困ったものです」


 そうは言いながらも、退役した戦闘機を治療に使うとは、なかなかエキセントリックな医院長である。

 戦闘機には雨除けのための簡単なプレハブ小屋のようなものが取り付けられており、雨の日でも使えるようになっている。

 中に入ってみると、そこには戦闘機が鎮座していた。


「では、早速搭乗してみましょうか」


 そういってタラップを引き出す作業療法士。

 ドレイクは意を決して、コックピットへと乗り込む。

 つい先日まで現役だったそれは、今にでも動き出しそうだった。

 計器類はそのまま残されており、生々しさを物語っている。

 それを見たドレイクは若干のめまいを引き起こす。


「大丈夫ですか?」


 作業療法士が聞いてくる。


「えぇ……大丈夫です」


 これまでの暴露療法が効いているのだろう。

 めまい以外にはこれといった身体的症状は見られなかった。

 ドレイクは、そのままコックピットへと乗り込む。

 シートの感触が直に伝わってくる。少し固いものの、それでも段ボールよりはましな座席だ。どうやら緊急脱出装置の類いは外されているようである。

 視線を目の前の計器類に向けた。

 デジタル化が進んでもなお、物理計器は重宝されている。人間という欠陥のある物体を載せている以上、絶対というものはない。

 その計器類に、今のドレイクは苦しまれている。


「ドレイクさん、無茶は厳禁ですよ。気分が優れなかったり、異常事態が発生した時には必ず私に助けを求めてください」

「わかっていますよ」


 ドレイクは一度深呼吸をする。


「大丈夫だ……。キャノピーは閉まってないし、計器類も動いてない。そもそもこの戦闘機はエンジンを外されている。不安要素はない……」


 自分を落ち着かせるために、自己暗示のようなものをかけるドレイク。

 息を吸って、吐いて、そして再び吸い込む。


「はぁー。……よし、大丈夫だ」


 先ほどのようなめまいはなく、身体はいたって正常である。

 これなら問題はないだろう。


「とりあえず、今日のニュースでも読むか……」


 そういって、持ち込んだタブレットを開く。

 作業療法士は、その様子を見て、カルテに次のように書き残した。


『本人の状態は極めて良好。この調子で行けば、数週間で適応障害を克服する可能性あり』


 ドレイクに、希望の光が差し込み始めた。

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