9話 反撃開始
「なに? 王国を覆う大結界だと?」
ロジエルは豪華な装飾のあしらわれたガラス製のコップを机に叩きつける。
その衝撃にコップは砕け散り、中の液体が飛び散るが、それをまるで気にせずにロジエルは騎士団長に詰め寄る。
「は、はい、この目で確認いたしました」
「……破壊は試みたんだろうな?」
「は、はい、ですが、飛竜の攻撃を易々と防いだ結界です、流石の私達でも破壊する事はできませんでした」
「…………」
ロジエルは奥歯を噛み締め、苛立ちを顕にするも、騎士団長に当たることもできないので、舌打ちをして先程まで座っていた椅子に座り直す。
「そんな大規模な魔術、有り得るはずがない……まさか、カリスト王家に続く秘宝かなにかか……?」
カリスト王国は今でこそ小国だが、数百年前は大陸一位の大帝国だった。
そのため、その時代に集めた秘宝が国庫に眠っていてもおかしくはない。
「まぁ、いい、いずれは使えなくなるはずだ」
いくら強力な魔道具だとしても、王国全土を覆うほどの大結界を長時間貼り続けることが出来るはずがない。
もしそれが可能な魔道具があるのであれば、王国が戦争を行っている時に使用されているだろう。
つまり、それがなされていないと言うことは、王国はその魔道具を長時間使用できないという事に他ならない。
「だが妙だな、そんなことをすれば我が国以外からも避難が集まるのは明白なはず、ならば何故そんな事を……?」
ロジエルは嫌な予感を感じながらも、勘違いだと思うことにし、その思考を振り払う。
「いや、やつは愚かな王であった、なれば何も感がずに行った乱心に違いない……いやはや、計画がこうも順調に進んでいるとかえって警戒心が増すというものだな」
そう言いながらロジエルは笑みを浮かべ、新しく出された飲み物に手を付ける。
「……ふん、何度飲んでもこの不味さは慣れぬな」
そう言い、迫る頭痛と吐き気に耐えながらもなお笑みを浮かべ、窓外に堂々とそびえ立つ巨木を眺める。
「くくく、あと少し、あと少しでセレス様を……!」
ロジエルはそう呟きながら、恍惚とした表情を浮かべた。
この時のロジエルはまだ知らなかった。
あの大結界こそ、ロジエルの計画を根本から破壊してしまうものだということを。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……では、改めて説明させてもらおうか」
俺はそう言ってゆっくりと立ち上がる。
さっきまでとは明らかに空気が違う。
俺が何かを口にする前から反論が飛んできそうだった先ほどとは違い、今は全員が俺の言葉を待っている。
「まず、私がこの鎖国に踏み切った原因から話そう」
ちらりとカブランを見るが、流石にポーカーフェイスを貫いている。
「その原因とは……セレス教皇国からの我が国への駐屯軍常駐の打診だ」
俺のその言葉に会議室は一瞬にしてざわめきに包まれた。
この会議室にいるということは、総じてある程度の実力がある者たちという事であり、そんな者たちならば、この言葉の意味は十分理解できるはずだ。
「そして、それを受け入れないのであれば、飛竜の討伐を停止する……と、そう脅されていたのだ。そしてその結果は……分かるな?」
俺の言葉に数人が息を飲む。
飛竜が我が国に襲来すれば、我が国の軍事力では完璧に対処する事はできない。
「それが分かっていてカブランは私にセレス教皇国との交渉を打診してきたのだろう?」
「……はい、もちろん」
カブランはそのポーカーフェイスを崩すこと無く返答を行う。
しかし、その返答は先程までの雄弁な語りからは想像もつかないほどに疑念に塗れたものになっていた。
「ならば、結界を貼ったことにより、その危険は無くなった、それで全て解決だろう?」
俺がそう言うと、カブランは好機とばかりに口元を釣り上げた。
「陛下、それは些か楽観的すぎるかと」
「ほぅ?」
「確かにあの大結界は素晴らしいものだと思います、どういう手段を使ったのか分かりませんが、飛竜を防げる程の防御力の結界を王国全土を覆うほどの範囲で展開するなどまさに神業…………ですが、それ程までに強力なもの、長期間は使い続けることは難しいのでは?」
「あぁ、その通りだ」
「……は?」
俺があっさりと肯定したことで、勝ち誇った笑みを浮かべていたカブランの表情が固まった。
「普通の結界魔術なら、な」
「…………普通の?」
「あぁ。そもそも結界魔術というものは、展開している間、常に魔力を消費し続ける、範囲が広ければ広いほど、強度が高ければ高いほど、その消費量は増えていく」
俺の説明に、何人かの貴族が頷く。
魔術に詳しくない者でも、これくらいは常識として知っていることだ。
「仮に私自身があの規模の結界を直接維持しようとしたなら……そうだな。数秒持てば上出来だろう」
「やはり!」
カブランが勢いよく立ち上がる。
「だから、私は維持していない」
「…………はい?」
「正確には、私の魔力で維持する必要がない」
会議室が静まり返る。
俺はその反応に満足しながら、懐から一枚の透明な板を取り出した。
見た目だけなら、薄いガラス板にしか見えない。
「これが、現在王国全土を覆っている大結界を生み出している新たな魔術……結界板だ」




