8話 飛竜
「ふん、遂に反発してきたか」
セレス教皇国の中心部にそびえる大神殿、その最奥にある一室で、一人の男が吐き捨てるようにそう呟いた。
男の手に握られた一枚の報告書は、先日カリスト王国へ駐屯軍の常駐を要求しに行った神官によるものだ。
その内容はあまりいいものとは言えない。
「ユリウスと言ったか、生き延びたという報告を受けたときにはなかなかに有能な者なのかと思ったが、どうやら私の勘違いだったようだな」
カリスト王国にとって今回の要求は極めて受け入れ難いものだったと言うことは理解していた、だが、それにしても彼らがその要求を拒否することなどできないはずだった。
飛竜討伐を請け負っているという件もあるが、それ以前に両国の国力にはあまりにも大きな差がある。
カリスト王国がどれほど不満を抱こうとも、最後にはこちらの要求を呑むと男はそう考えていた。
「それを、よりにもよって追い返されるとはな、カブラン何をやっているんだ」
男は手にしていた報告書を机の上へ放り投げる。
「ふん、カリスト王め、まさかそんな事も理解できないような愚か者だったとは、これは少し痛い目を見てもらうしかないな……おい、誰かいるか」
「はい、教皇様」
男の、セレス教皇国における最高権力者である教皇ロジエルの呼びかけに応じ、背後に控えていた神官が前に出た。
「騎士団長に伝えろ…………」
「……はっ、かしこまりました」
話を聞いた神官の表情が一瞬曇るが、すぐさま頭を下げ、部屋を出る。
飛竜討伐の停止、ロジエルが神官伝言を頼んだのはその事についてだ。
飛竜討伐を停止すればカリスト王国は必ず甚大な被害を受ける、そうなればいくら強がろうと我らを頼らざるを得なくなる。
なんなら、以前よりも我々に強く依存しなければいけなくなるだろう。
しかし、この作戦には少々懸念点がある。
それは、カリスト王国が各国にとって重要な貿易拠点であるということだ。
日々様々な国から商人などが往来し、その場に王国の国民だけがいるということの方が珍しい。
そんな場所で飛竜による被害が発生すれば、当然ながら巻き込まれるのはカリスト王国の民だけではない。
他国の商人が襲われれば、その国から抗議が来る可能性もある。
そのため、ロジエルが目をつけたのが、祖霊祭だ。
この日ならば王国の国民以外は自国に帰るため、比較的外交問題にはなりにくい。
飛竜によって荒らされた地を我らの支援によって復興することができれば、影響力も増すだろう。
ロジエルは今後産まれるであろう利益を思い、ほくそ笑むのであった。
そして、祖霊祭当日。
カリスト王国とセレス教皇国の国境付近に位置する山岳地帯にて。
「放て!」
騎士の号令と同時に、巨大な檻の扉が一斉に開かれた。
「ギャアアアアアッ!!」
耳をつんざくような咆哮と共に飛び出したのは、十数頭もの飛竜だった。
この日のために捕獲され、数日に渡ってまともな餌を与えられていなかった飛竜たちは、檻から解き放たれるや否や、狂ったように翼を羽ばたかせる。
そして山の向こうに存在するカリスト王国へと向かって、一斉に飛び去っていった。
「…………」
それを見送る騎士たちの表情は決して明るくない。
彼らとて、これから何が起きるのか理解している。
飛竜たちが向かった先には村があり、そこへ飛竜が向かうということはどういう事なのか、これまで飛竜を討伐してきた騎士たちは嫌という程に体感してきた。
だが、これは教皇直々の命令だ、逆らうという選択肢など最初から存在しなかった。
「予定通りだ、ここから二刻ほど待つ」
「はっ」
「その後、聖騎士団を出発させる。飛竜による襲撃を知り、急ぎ救援へ向かった……そういうことになっている」
今回の作戦は単純だった。
まず、祖霊祭に合わせて飛竜をカリスト王国へ向かわせる。
そして十分に被害が広がったところで、セレス教皇国の聖騎士団が救援を名目に越境する。
「これで少しは身の程を理解してくれればいいがな」
騎士団長はそう呟き、遠ざかっていく飛竜たちを見つめる。
飛竜は順調にカリスト王国へ向かっていた……はずだった。
だが、それからしばらくしても飛竜による悲鳴も、煙も上がらない。
「……妙だな」
騎士団長が眉をひそめる。
その直後、先行していた斥候が馬を飛ばして戻ってきた。
「団長! 大変です!」
「どうした」
「飛竜が……王国へ入れておりません!」
「何?」
「巨大な透明な壁のようなものがあり、それに阻まれているようです!」
騎士団長は耳を疑った。
巨大な壁、そんなもの見たことも聞いたこともない。
だが、問題が起こっている以上、それを解決しなくては行けないため、団長は自らその場へ向かった。
すると、そこには報告通り、謎の透明な壁が作られていた。
「……なんだ、これは」
見上げれば、飛竜たちが空中でその壁に弾かれている。
「まさか……王国全土を覆う結界だと……?」




